第一章 3

 こんな生活がいつまでも続くはずがない。

 コウヤは揺れる有楽町線の電車のなかで、先程の母の目を思い浮かべた。

 PCの画面を見つめるガラス玉のような瞳。魔にとり憑つかれたように、ひたすら数字を追い求めた先に、幸福とよべるものはあるのだろうか。

 おおきなもうけがでた夜は、ひとり晩酌をしながら決まって同じ昔話を自慢気に語る母。

 光の教団からの脱出劇。自ら味わった悲惨な株価の暴落と、仮想通貨の急激な高騰。それが母の人生のハイライトだった。

 それでいいのだろうか。

 仮に、もう一度人生の大穴に落ちることがあれば、きっと母は完全に壊れてしまうだろう。そのときに、母を助けるのは自分の役目だ。

 そうあるべきだ、だが……。


 ジーンズのポケットのなかで、スマートフォンが短く振動した。画面にはショウからのメッセージ『おーい。もうみんな集合してるぞ。先にいってるからコウヤも早くこいよ。今日は絶対に最後までいくつもりだ。バックアップよろしく』末尾にはグッドマークの絵文字がみっつついている。

 田中翔太朗たなかしょうたろうはコウヤの高校からの腐れ縁。元サッカー部エースのバカで女好きな、いまどきめずらしい肉食系男子だ。おまけに仲間内の予想を大きく裏切り、四流大学に滑りこんだ努力家。勉強なんかろくにしてなかったくせに、サッカー部を引退した夏から猛勉強をして、見事大学受験をパスした。なぜそんなに必死になるのかコウヤが聞くと、返ってきた言葉はいたってシンプルだった。『女子大生とつきあいたいから』そんな理由で入った大学だから、当然勉強に身が入るわけもなく、こうしてコウヤとつるんでいる。

 コウヤは『了解』と短く返事を打って地下鉄をおりた。

 

 池袋の駅構内は相変わらず多くの人でごったた返していた。ねっとりとした熱気のこもる、副都心の巨大ターミナルを、急ぎ足で行き交う人々。その光景をコウヤは立ち止まって、ぼんやりと眺めた。

 皆なにかの目的に向かって必死に歩いているように見える。ほんとうは自分もそのなかに入って、もがきながら日々を生きるべきだ。その理由も明確にある。それなのに、それなのに、だ。


 現状はこんなものだ。バイトもろくに続かず、自分の食いぶちもろくに稼げない、なさけないただのフリーター。おまけに、今日は高校時代の友人を、目当ての姫と一緒にラブホテルまでアテンドする高貴な役目まで仰せつかっている。

 コウヤは深くため息をついて、駅の東口へ向かい走りだした。




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