vol.3
それから数日後、僕は播磨と一緒に高宮くんの家にお邪魔した。ラグの上であぐらを組むと、高宮くんはこないだとのギャップと言って楽しそうに笑った。
「俊作はどうなの? コスプレしたきよらと今みたいに素でいるのと、どっちがいい?」
「比べたらコスプレって思うけど、でも別に普段のきよらで充分っていうか。こいつ元々、中性的だし」
「うん。わかるよ。俺も蓮にはそういう感じなんだ。男ってわかってるのに、男として見てないんだよね」
「ストレートに聞くけどさ」
僕は体を乗り出す。
「島咲くんと寝た? 違和感はなかった? また付き合いたいって思う?」
「きよら、いっぺんに聞き過ぎ」
播磨に頭をこつんと叩かれる。高宮くんはいいよと笑って、
「寝たし、違和感はなかった。出来ればまた付き合いたいと思うけど、それが無理なのもわかってる」
「どうして無理なの?」
「蓮が嫌がる。お互い元々ノーマルなのに、魔がさした関係だって俺が言ったから」
あんなこと言わなきゃ良かった。
そう言って高宮くんは少し涙ぐんだ。
「沙優里には申し訳ないけど、彼女と寝る度に蓮を思い出すんだ。あいつとのセックスが、ものすごく良かったから。沙優里はあんまり喜んでくれなくて、何が悪かったのかって毎回反省してさ」
言葉を失って僕は播磨を見つめる。童貞が聞くには刺激が強過ぎる。播磨も赤い顔で僕を見て、俺まだ経験ないからなと呟く。
「結局、未来に先がない相手とは続かない。どこかでお互い、そういう頭があるんだよ。男同士で恋愛するのは無意味っていうか。付き合った先を思うとこれ以上踏み込めない。俺たちはそんな感じ。でも」
高宮くんは言葉を切って僕と播磨を見た。
「きよらと俊作は俺たちと違うよな。ノーマルってとこは一緒だけど、未来に先がありそう」
「未来って播磨と結婚? それは法律的にもないよ」
僕が手を横に振ると、俺はアリだよとまた赤くなる。
「きよらとは一生そばにいたい。だから親友になろうとしてもがいてる」
「そういう形の愛もアリだよな。おっと。こっぱずかしいこと言わすなよ」
高宮くんが茶化す。相変わらず播磨は熱くて、その熱が心地良くなりそうなのが怖い。
帰り道、駅前のファストフード店で放心してたら、
「きよらって名前の由来、ママさんから聞いたよ」と播磨が笑って、
「出生届に清って書いて、ふりがなを間違えたんだってな。清らかって意味だと思ってたらきよらって書いちゃって、ああこの方がいいなとそのまま出したって」
「そう。いいかげんなんだよ、うちの母親」
「そうかな。俺はそういうママさんのファンだし、店長もいい意味でイかれてて好きだよ」
笑ってポテトをつまみ、播磨は僕を見る。
「だからきよらさえ良ければ養子に入って、一緒に店を手伝えたらって思ってるんだ」
「何それ。ひょっとして……」
ヤバい。こんなとこで僕、プロポーズされてる?
「あ、バレた?」
にひひと笑って夢だよ夢と天井を仰いだ。
「こんなに人を好きになれるんだなって自分でも呆れるくらい、俺はおまえが好きなの。親友でも彼氏でも夫でも何でもいい。ずっとそばにさえいられれば」
……なんて奴。悔しいけど、鳥肌が立つほど感動してしまった。
「みつるにはきっと、こういうビジョンが浮かばないんだろうな。同じような立場だけど、相手を想うより自分の方が先になってて。普通に女と結婚した方がいいって、一般的な幸せと比べちゃってるんだよ」
「僕もそうだよ。女の子と付き合いたいし、普通に結婚したいもん」
「うん。わかってる」
可愛い笑顔で僕を見て、
「だから形にはこだわらないって。島咲くんって奴もよく知らねーけど、おまえやみつると同じ価値観なんだと思う。でもそれは少し、残念に見える。自分の一番欲しい物を違う何かで代用してる気がする。だからずっと辛くて苦しいんだよ」
「僕、沙優里ちゃんに女の子を紹介してもらうの」
言った途端、胸が苦しくなった。何だ、これ。
「とりあえず女の子と一度、寝てみたいんだ。そしたら何かが解決する気がして」
「きよらの中にも少し、俺が侵入してるんだな」
嬉しそうに笑って、播磨は僕の頭をポンポンした。
「じゃあその前に一度、襲ってみるか」
そう言って僕に軽くキスした。
僕のファーストキスはこんな風に播磨に奪われて、二度目のキスは期末テストが終わってからみんなと行ったカラオケで、最初のキスより素早く防ぎようのないタイミングで奪われた。
驚いて周りを見たけど、みんなカラオケに夢中で気づいてない。播磨を睨んで、こういうの止めろよと強めに言ってみる。ごめんと謝りながらニヤニヤしてて、
「やわらかい、マジで」と感動している。
「バカ播磨」
「そういうけどおまえ、沙優里ちゃんに紹介してもらった女の子を断ったらしいじゃん」
「……あれはほら、好みの問題っていうか」
賀茂先輩の後輩だからてっきり清楚な子が来ると思ってたのに、バレー部でショートカットの男の子っぽい子で、これなら播磨と変わらないじゃんとつい思ってしまった。
「わかってるって。もうだいぶ俺様が侵入してる頃だしな」
ニヤニヤ笑いが気持ち悪くて、僕は席を離れる。そしてタンバリンを持ってわざと暴れてやった。ひとしきりみんなが笑って、花田に渡されたマイクで一緒に歌う。
落ち着いて播磨を見ると、わざとらしく森川さんと密着して話してるし、なんかもういいやって思う。
次の日、まだムカついてたので、賀茂先輩との待ち合わせにコスプレして出掛けた。今回は冬の妖精がテーマで、白いベレー帽とニットのワンピースで、可愛さアピール高めのファッション。
イブの前日のせいか街は賑わっていて、賀茂先輩といるのでよくナンパされた。避難するようにカフェに入って、甘いココアを飲んでる時に、
「明日、みつるくんとデートするんだけど。ちょっと困ってることがあって」と暗い表情を浮かべた。
「ここだけの話にしてね。みつるくん、爽やかなタイプに見えるけど野獣っていうか。あの時に毎回、すごく工夫してくるの。エスっぽかったり、逆に甘えてきたり。でも途中から激しくなってちょっと……痛いっていうか」
「痛い?」
女の子とこういう話をするのが初めてで、すごくドキドキした。
「……奥の方を突いてくるんだけど、それが強過ぎて痛いの。なかなか言えなくて困ってるんだ。きよらなら、傷つかない上手い言い方出来るんじゃないかなと思って」
「んー、そういうのって難しいよ。下手くそって言われてるのと同じだもん」
経験ないなりに想像してみた。テクニックをバカにすると、プライドの高い男ほどかなりへこむ筈だ。
「わかんないけど多分、小さい方なんだと思う。みつるくん大きいから、サイズ的に合わないんだろうなってこの頃思ってて……」
「小さい……」
このワード、かなりヤバい。想像してたら勃ちそうになった。
「こういうのって言いづらいでしょ? それ考えると明日が憂鬱で。付き合ってまだ日が浅いのに、デートの度にエッチするのも辛いのよ。体だけなのかなって思っちゃうし」
「そういうの全部、素直に言えばいいと思うよ。高宮くんが多少傷ついても、このまま我慢して付き合うより良くない?」
そうねと言って指で唇を触っている。話題のせいかちょっとエッチに見えて、自己嫌悪に浸る。
「でも嫌われたくないの。私、みつるくんのこと、すごく好きだから。中学の時から憧れてたし、他には何の不満もないの。優しくて明るくて、一緒にいると満たされるっていうか」
そうなんだ。賀茂先輩、気の毒だな。
「でも僕なら丁寧に言葉にするよ。言わないといつまで経っても伝わらないもん。それが無理なら、痛いってことを少し態度に示したら? それなら言葉より、マイルドに伝わると思うし」
「……伝えないと変わらない?」
「うん。そう思う」
ココアを飲んで、僕は心の中でため息をつく。偉そうなこと言ってるけど、播磨に僕は何も伝えていない。同性なのに気になるとか、試してみたい気持ちがあることを、彼に伝えるべきか迷っている……。
「ありがとう。出来そうなら試してみる」
「うん。僕は経験ないから、想像するしかないんだけど。女の子が気持ち良さそうにしてくれると、それが自信になると思うんだ。高宮くんもそういう沙優里ちゃんが見たいから、何度も野獣になるんじゃない? ただしたいって訳じゃなくて、次こそ上手くやりたいんだと思うけど」
「……そっか。そうなんだ」
いつもみたいに明るいオーラを放って、賀茂先輩は笑った。こんなに美人の彼女がいるのに、島咲くんを想ってる高宮くんは底無しのバカだと、つい思ってしまった。
モヤモヤした気分のまま賀茂先輩と別れ、僕は駅のホームに立っていた。女の子の話は、男から聞くよりも刺激的でエロい。帰ったらすぐにAVでも見て、ひとりエッチしようとか思ってたら誰かに肩を叩かれた。
振り返ると見知らぬ男が笑ってて、
「彼女ひとり? これから家に帰るの?」と話しかけられた。怖いと思って無視し、ホームから逃げ出す。目つきがイかれてて、一目見ただけでヤバい人だと直感した。すぐに女子トイレに入ると追ってきたのか、彼女どうしたのと大きな声を出された。個室に入って播磨に電話を掛け、今すぐ迎えに来てと頼み込んだ。本当は父が一番いいけど、店を抜けさせる訳にはいかないし。
しばらくして声が止んだ。でも絶対にまだ近くにいそうで、そのまま待機しようと決めた。二十分ぐらい経った頃、ようやく播磨からの着信があって、駅のトイレの場所を聞かれた。少しして表から名前を呼ばれ、僕がドアを開けると――。
目の前に、さっきの男が笑顔で立っていた。
ギャーと大声で叫んだ後、腰が抜けてしゃがみこむ。声に気づいたのか駅員がやって来て男を確保してる間に、播磨は僕の腕をつかんで大丈夫かと尋ねた。頷く僕を立たせて抱きとめ、逃げるように駅を出る。それからタクシーに乗って、店の近くで降りた。でもまっすぐ帰るのが嫌で、近くの公園に播磨を連れて行く。
ベンチに座った僕に缶コーヒーを渡して、播磨は隣に座った。
「きよら。その格好で夜、一人で歩くなよ。わかってないようだから言うけど、おまえはとても目立つんだ。その分、変な奴にも引っかかる」
「ごめんなさい」
涙が勝手に溢れだした。まだ体も震えてて、さっきの男の顔が頭から離れない。
「いや、怒ってるんじゃないよ」
僕の肩をぎゅっと抱いて、播磨は俯いた。
「心配なんだ。おまえを失うことが怖い」
「播磨……」
彼の背中に腕を回してもたれる。温かさが心地良くて、何となく目を閉じた。
「好きだよ、きよら」
あごを持ち上げて、彼は僕にキスした。前みたいに軽いのじゃなくて、舌が中に入ったエロい奴。思わず口を離すと、
「俺じゃ嫌か?」と尋ねられた。
「今はそんな気分になれないよ」
ムッとして立ち上がる。
「助けてくれたことには感謝してる。でも僕の気持ちも考えてよ。あの男に乱暴されてたかもしんないのに」
「ごめん。つい我慢出来なくて……」
播磨も立って深々と頭を下げた。
「俺、そろそろ限界かもな。こんな状況なのに、抱きついてきたきよらにムラムラするなんて」
はあっとため息をついて、もう離れた方がいいのかなと頭を抱えた。
「親友とか言いつつキスしたり、いい気になり過ぎてた。こんなんじゃさっきの男と変わらねーな」
「離れるって何? そんなの困る」
播磨の腕をつかんで揺さぶる。
「その気にさせといて突っぱねるなんて、余計にひどいよ。僕だって悩んでるんだから。播磨のこと前より気になってるし、女の子と付き合う気にもなれないし」
「え……?」
ああ、もう。
「おまえがしょっちゅうキスしてくるから。それ以上のことも考えるだろってこと」
帰ると言って背中を向ける。つい色々と口走ってしまった。もしかして、今のはもう告白に近いんじゃなかろうか。
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