vol.2
登校してすぐ、教室の前で播磨が女子と話をしてるのを見た。最近モテ過ぎだろ。知らん顔して教室に入ったら、隣の席の佐原さんが僕を手招きした。
「きよら、何か知ってる? 播磨くん、三池さんと話してるんだけどさ」
「三池さんなら、播磨に……」
告白したと言いかけて口をつぐむ。個人情報を勝手に垂れ流すところだった。でも佐原さんには伝わってしまって、
「ああ、告白したんだ。ヤバいね、モリリン」
前の席の森川さんが半泣きの顔をしてて、
「どうしよ。もう付き合ってるのかな。こんなことなら、先に告白すれば良かった」と顔を両手で覆った。
「早い者勝ちだからね、播磨は」
佐原さんが意味深な目でこっちを見る。鞄から教科書を取り出して、僕もそろそろ誰かを見つけなきゃと思う。僕に彼女が出来たら播磨も諦めて、普通に女子と向き合う筈なのだ。
その日の放課後、うちの店のスタッフルームで賀茂先輩に女の子を紹介してとお願いしてみた。同じ学年じゃない方が良さそうに思えて、
「出来れば三年か、もしくは一年の子がいいんだけど」と言うと、彼女はいいよと綺麗な顔で微笑んだ。
「でも三年生は無理かもね。みんな受験でそれどころじゃないから」
「賀茂先輩は忙しくないんですか?」
「私は推薦が決まったの。だからここでバイト始めたんだ。そうね、一年生の後輩がいるから誰かに当たってみるわね」
お願いしますと頭を下げる。
「でもきよらくんに彼女いないって不思議。私の友達にも人気あるのに」
「いやいや。中学の時には何人かいたんですけど、結局友達の延長みたいで恋愛とは違う感じというか。高校入ってからはもう、パッタリ無くなって」
「ああ、俊作くんがいたからでしょ。あの子って勢いがあるよね。きよらくん一直線」
明るく笑って腕を僕に伸ばす。本当に可愛いな。高宮くんが羨ましい。
店に戻るともう播磨が座ってて、ナポリタンを食べながら僕を指先で呼んだ。
「あのさ、俺諦めることにしたから」
そう言って照れたように笑った。
「きよらのこと。なるべく友達として見るよう努力する。今まで、気色悪い思いさせて悪かったよ」
「ああ、そうなんだ……」
なんだろ。急にモヤモヤしてきた。傷つけたことに対する罪悪感だろうか。
「この数日、色々考えてたんだよ。付き合うのが無理なら、親友っていうポジションもアリだなと思ってさ。そしたら気兼ねなくずっとそばにいられるし、別れることもきっとない。教室で近くにいたり、ここの常連でいられる。二人で遊びに行くことも出来るし、ひょっとしたら旅行にもってね」
「播磨……」
前の椅子に座って、彼の顔をまっすぐ見つめる。
「そんなに僕が好きなの?」
「おまえな……。そういうストレートな言い方やめろよな」
顔を真っ赤にして、ナポリタンを口に入れた。ここまで本気で想ってもらえてたとは、全く気づいてなかった。
「それで。今度一緒に映画観に行かね? みつるに誘われたんだよ。四人で遊ぼうって」
「えっ、みつるって高宮くん?」
何その呼び方。急に仲良くなり過ぎだろ。
「沙優里ちゃんのシフト、おまえなら調整出来るだろ? ちょうど今、好きな映画やってるから、早めに行きたいんだよな」
客が来たので立ち上がり、わかったと播磨に言ってカウンターに行く。あの二人と映画って楽しみ過ぎる。僕と播磨がペアになるのは致し方ないけど、このメンバーで集まれることがとても嬉しかった。
そして当日、僕は気合を入れてオシャレし、待ち合わせの場所へ一番乗りした。
次に播磨がやって来て、僕を見て顔を真っ赤にした。
「ちょ……。これヤバいだろ。本当弾ける時は、底がないな」
「そう? これはね、休日のプリンセスがテーマでさ。ほらローマの休日って映画あるじゃん。あんな感じでお忍びで下界へ出たお姫様をイメージして……」
「待て。これみつるに見せる為、だろ?」
「へ?」
何の話かわからずフリーズしてたら高宮くんと賀茂先輩がやって来て、僕の格好を見て目を丸くした。
「……俊作くんが可愛い子をナンパしてると思ってたら、きよらくんだったの?」
「ヤバ……これもう女子で仕上がってるよな」
驚く二人に微笑んで、僕はフレアスカートを軽く持ち上げくるりと回った。短めの白いコートの中はフリル少なめのブラウスと、腰に巻いた茶色のサッシュベルトとベージュの少し長め丈のフレアスカート、そしてヒール高めのパンプス、という上品な服装。いつも仲間とコスプレする時は、アニメ系の格好になりがちだけど、個人の時はテーマを決めてその姿になりきるのがとても楽しい。
「男の部分がカケラも見つからないわね。すっごく可愛い」
「ホント、どこかのアイドルみたいだ。久しぶりにここまで可愛い子を見たよ」
二人とも褒めてくれて、テンションがグングン上がる。
「みつる、それは失礼。沙優里ちゃんのが可愛いだろ」
播磨が怖い目をして僕を見る。叱られるかなと思ったら、
「でも俺にとってはやっぱり、一番可愛く見えるけど……」と言ってから急に照れだした。
「わあ、何言ってんだ、俺。今のは無しで」
「ありがと播磨。嬉しいよ」
くそー。播磨の奴。思わずきゅんとしちゃったじゃないか。テンション高いまま彼と手を繋ぎ、出発と言って映画館に向かう。
賀茂先輩と一緒にいるせいか、いつもより視線を多く感じる。映画館に着いてチケットを渡し、男二人にポップコーンを買いに行ってもらって、僕と賀茂先輩は中へ。コスプレの時は、何も言わなくても女子ポジションになるのが愉快だと思う。
席に座ってすぐ、賀茂先輩がこっちを見た。
「今から私も、きよらって呼んでいい? この格好じゃ、くん付けしづらくて」
「うん、ぜひ。僕も沙優里ちゃんって呼んでいいかな」
「いいよ。なんかもう普通に、女の子といるみたい」
そう言って賀茂先輩はクスクス笑った。僕のコスプレがインパクトあり過ぎて、先輩の私服には触れなかったけど、ピンクのセーターとフリルスカートがもうモデルのように似合っている。
「沙優里ちゃんも本当に綺麗。やっぱり素材の良さには敵わないなあ」
「ねえ、君たち高校生?」
ふいに後ろから声が聞こえた。振り返るとひゃあとか、レベル高っと叫んでる二人組がいた。
「二人で来たの? 終わったら一緒にお茶でも……」
「二人じゃねーよ」
頭の上の方から播磨の声がして、すぐにポップコーンを渡された。彼は高宮くんを先に通して賀茂先輩の横に座らせ、僕の隣にちゃっかり座る。そして、目が離せねえなとため息をついた。
映画は面白かったけど、隣の播磨がつまんなそうにしてて、そっちの方が気になった。終わってランチの場所を探してる時に、
「播磨、疲れてる?」と聞いてみた。すぐに首を横に振って、
「自分のバカさ加減に呆れてるだけ。きよらとは親友になるとか言っといて、やってること彼氏気取りだなって」
「え、そんなことないよ」
僕は播磨の背中を軽く押して、彼氏ってあんな感じだと思うなと高宮くんたちの姿を見せた。二人はひとつの携帯電話の画面を見ながら、ほとんど顔をくっつけて笑い合っていた。
「仲良しだよね。なんか今頃だけど、お似合い」
「……みつるのことは、本当にただの友達?」
「もちろんそうだよ。憧れの存在ではあるけど、恋愛対象にはならないよ」
ふうんと言って播磨は空を仰ぐ。その横顔がとても綺麗で、少し胸が高鳴った。
あれ。なんだ今の。
「じゃあさ、播磨。今日はダブルデートってことにすれば? 僕もさっき手を繋いじゃったし、そういう遊びにすればいいんじゃない?」
「えっ、いいの?」
播磨はまた赤くなった。変なこと言っちゃったかなと思ってたら、夢みたいと嬉しそうに僕の手を繋ぐ。なんか可愛い。
振り返った賀茂先輩が、
「そうだ。忙しくて忘れてたけど、みんなで写真撮ろうよ」
そう言ってすぐ、近くの人に声をかけた。
四人で並んで撮ってもらった後、自分たちでも何枚か自撮りする。それからランチの場所へと歩きだし、僕は播磨の腕につかまる。
すごく優しい目で、彼は僕を見つめた。また背が伸びたのか、ヒールを履いてる僕の頭がちょうど播磨の肩ぐらいだなと思ってたら、急に耳元に顔を近づけた。
「……何?」
思わず離れる。播磨は内緒話しようと思っただけと言ったけど、今の雰囲気は絶対そんなんじゃない。
こいつ、意外に手が早そうだ。とりあえずシャツの裾をつかむと、そういうのも好きと言って笑った。変に振り回されてムッとする。
ランチの後で少し街を散歩して、播磨との距離感に慣れてきた頃、高宮くんがきよらと僕を呼んだ。店の前のベンチに並んで座り、彼は真面目な顔つきで僕を見る。
「あのさ。……もしかして、蓮と友達だったりする?」
「蓮って、島咲くんのこと?」
そうと頷いて、切なそうに目を伏せる。この二人に接点があることを不思議に思ってすぐ、
「ああ、同じ七組だったね。まあ友達というよりコスプレ仲間って感じかな。最近はもう全然やってないけど」
「そっか。うん……」
何か聞きたそうなくせに、高宮くんは黙ってしまった。
「ひよっとして、カレンを知ってるの?」
グループ内での島咲くんの呼び方をした途端、彼の肩が跳ね上がった。
「や、もういい。ごめんね」
立ち上がった高宮くんの腕を持ち、
「あのさ。なんか抱えてるなら、吐き出した方が楽になるよ」と言ってみた。
「僕はそういう時、なるべく言葉にしてる。思いこみだけってことも多いし、誤解したりされたりするのヤだから」
「……そうだよな」
高宮くんはまた座って、ずっと気になってるんだと泣きそうな顔をした。
「実は沙優里の前に少しだけ付き合ってた。忘れようと思ってるのに、何かの拍子で出てきて苦しいんだ」
「まだ好きなんだね」
普通の顔を作ってたけど、内心は驚いて心臓がバクバクしてた。まさかあの高宮くんが。男と付き合うってことは……ホモってこと?
「ううん。好きになっても仕方ないだろ。俺たち、同性なんだから」
「うん。そうだよね」
頷いてからハッとする。彼女が近くにいるのに、何を告白させてるんだ僕は。
周りを見て賀茂先輩がいないことを確かめ、
「高宮くん、この話はまた今度にしようか。今じゃタイミングが悪いよ」と腕を触った。
「そうだな。悪い」
お互い目が覚めたみたいな顔して、共犯者めいた笑みを浮かべる。あーあ。高宮くんも播磨と同じなんだ。それですぐに仲良くなったんだろうな。
それから二人で店に戻り、会計をしていた賀茂先輩に近づく。播磨は先輩の荷物を持ってあげてて、なかなか男前な奴だ。
「疲れたからお茶しようぜ」
播磨が近づいて、僕の手を当然みたいな顔で繋いだ。賀茂先輩は急にごめんなさいと謝って、
「もうすぐ家に親戚が来るの。私だけ先に帰ってもいいかな?」
僕たちが頷くと高宮くんが片手を上げ、
「じゃあ俺は送っていくから、ここで解散にしようか。俊作はきよら姫をちゃんと守れよ」
「わかった。じゃあまた」
二人に手を振って播磨と顔を見合わせる。まだ五時になったばかりだし、このあと特に用事もない。
「きよらの行きたいとこ、付いて行くよ」
「そう? じゃあせっかくだし、手芸用品の店に行きたい」
一瞬ヤな顔になったけど、気にせず播磨の手を引っ張った。そしてそこで山ほど買い物をして、付き合ってもらったお礼にアイスを奢ってあげた。
「今日はホント楽しかったなあ」
しみじみと播磨が言うので、良かったねと頭をポンポンする。
「こんなんでおまえのこと、諦められんのかな」
その話は避けたかったので、そうそうと話を変えて、
「高宮くんから何か、相談受けてるだろ?」
「相談って?」
目を丸くして僕を見つめ、
「色々あったってことは聞いたけど、詳細は何も知らないよ。俺の話を聞きたがるから、相手は男なのかって勘ぐってるけど。きよらは何か聞いた?」
「うん。今度相談に乗るって約束したよ」
高宮くんの暗い顔を思い出して、少し心が沈む。そういえば島咲くんも前に、辛そうな顔をしてたっけ。ああ、そうだ。あれは高宮くんと賀茂先輩を見たからってことか。てことは島咲くんもまだ高宮くんを……。
「きよら」
耳元で播磨が囁いて、うわっと飛び退く。
「人の話、聞いてなかったろ。みつるの相談乗る時、俺も一緒にいていいか?」
「え。それは僕に聞かれてもね。高宮くんがいいなら、僕は構わないけどさ」
ああびっくりした。播磨ってホント、顔を近づけ過ぎなんだよ。
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