女装男子の僕と一生離れない彼
千花
vol.1
その頃の高宮くんといえば、同じ中学で知らない人はいないってくらい人気の人だった。野球部のエースピッチャーで、このあたりの地域では負け知らず。スカウトもたくさん来ていて、どの高校に行くんだろうとみんなの話題になっていた。でも彼は中三の夏に肩を壊し、あっさりと野球を辞めた。
元々成績の良かった彼は偏差値の高い高校に合格し、スポーツだけでなく勉強も出来ると一目置かれる存在になった。彼に憧れる女子は多数いたけど、幼なじみの塩ノ谷さんがガッチリとガードしていて、割り込めない雰囲気があった。
高校ではサッカー部に所属して、野球ほどではないけどかなり活躍していたようだった。なのにサッカーは一年で辞め、塩ノ谷さんではない彼女と放課後を過ごすようになった。この頃はもう中学時代の活躍を知らない人も多く、平凡な男子高生の一人というポジションに成り下がっていた。僕も少しずつ興味を失い、高宮くんのことを忘れ始めた頃に、またビッグニュースが校内を走った。
「きよら、聞いたか? 賀茂先輩、彼氏が出来たんだってよ」
友達の花田が真っ赤な顔で走ってきて、
「しかも相手は俺らと同じ二年。七組の高宮っておまえ知ってる?」
「えっ!」
驚いて立ち上がり、椅子がバーンと大きな音をたてて後ろに倒れた。教室にいた多数の生徒が振り返って、きよらちゃーんと失笑する。でもそんなの気にしてられない。
「高宮くんは同中だよ。そっか、やっぱりすごい」
賀茂先輩は、この高校で一番可愛いと評判の人だ。今年の文化祭でもミスに選ばれて、ティアラを被った写真が高校のSNSに出回っていた。
「高宮くんはね、すっごいんだよ」
ここぞとばかりに彼の伝説を熱く語り、気づけば近くの席の子がみんな、僕の周りに集まっていた。
「そうそう。賀茂先輩も同中なんだけど、確か野球部のマネージャーしてたよ」
「なるほど。昔からの知り合いってヤツか」
花田は訳知り顔であごに手を当てる。
「賀茂先輩って確か、他校の人と付き合ってたよね」
佐原さんが隣の子に指をさす。指された森川さんも、
「そうそう。中学から付き合ってて、野球の強豪校の人だっけ?」
そう言って僕に人差し指を向け、続きを話せと迫った。
「うん。その人も知ってるよ。でも一度もレギュラーになれなかったって噂だけど」
あ、今のは悪口っぽかったかな。
「強豪校は層が厚いから」
言い訳のように付け足したけど、みんなそんなことはどうでもいいようで、またすぐ元の話に戻った。
「高宮くん、今までノーマークだったわ。てことは、イケメンじゃないってことだよね」
佐原さんと森川さんが楽しそうに笑う。女子の話って基本的に棘があるよね。
「今から見に行っちゃう?」
「何を見るって?」
のんびりした口調で播磨がやって来た。背が伸びたせいか、最近変えた髪型がいい感じだからか、女子から急にモテ始めていい気になってる勘違い野郎だ。
「あ、播磨くん知ってる? あの賀茂先輩の新しい彼氏」
森川さんがさりげなく腕をつかみ、上目遣いで彼を見る。ふうん。森川さんも播磨を狙ってるのか。
「知らね。あんま興味ないや」
そう言ってちらりと僕を見る。賀茂先輩と聞いて、僕との繋がりを思い出したんだろう。実は彼女は最近、うちの両親が経営している喫茶店でバイトを始めたのだ。先輩に口止めされてるから、周りにはあまり知られてない。でも播磨はうちの常連客で、賀茂先輩とも普通に仲良しなのだった。
「きよら、三番テーブル」
父にナポリタンの皿を渡され、テーブルに運ぶ。そこには案の定、播磨が座っていて意味深な目で僕を見上げた。
「沙優里ちゃん、今日は休み?」
「うん」
沙優里ちゃんとは賀茂先輩のことだ。僕が黙って見下ろしてると、何だよと播磨が聞いた。
「さっきは興味ないとか言ってたのに。やっぱ興味あるじゃん」
「そりゃね。ただみんなに知り合いってバレたくないだけ」
澄ました顔でフォークを持つ。平日の夕方は客足が遅く、まだ店には播磨しかいない。前の椅子に座って、なんとなく店内を眺める元は普通の喫茶店だったうちの店、数年前に名の知れた建築家さんにリフォームしてもらい、昭和のクラシックな雰囲気を活かしつつ少し奇抜で、オシャレな店へと大変身した。同じ椅子は一つもなく、布張りの柄はサイケで派手。なので普通なら客層を選びそうなのに、両親の人柄のせいか近所のおばちゃん達もたくさん訪れる庶民的な店だ。
「それにしても飽きないね、ナポリタン」
「喫茶店といえばナポリタンだろ。あ、そういえば。今日隣のクラスの三池に告白されたよ」
スパゲティを食べながら、さりげなさを装って話す。絶対この話をしに来たくせに。しかも話題が唐突なんだよ。
「三池さん、知ってるよ。可愛い子だよね」
「沙優里ちゃんには負けるだろ」
「失礼な奴だな。また付き合うくせに」
「それはおまえの返答次第」
僕の顔を見て真顔で話す。口の周りにケチャップが付いてて、思わずにやける。
「何がおかしいんだよ」
「違うって」
ナフキンで口を拭いてあげると、さっと顔を赤くした。毎度のことなのに、いつも照れるのが面白い。
「なんで僕なの?」
「……言わせんなよ、バカ」
播磨はとても不思議な奴だ。高一から何度か僕に告白してきて、振られる度に彼女を作る。僕が口を開いた途端、客がやって来たので立ち上がり、そのままいらっしゃいませと声を掛けた。播磨の舌打ちが後ろから聞こえたけど、気にせずカウンターに向かった。
次の日、視聴覚室に向かう廊下で高宮くんとすれ違った。
「きよら」
律儀に手を上げて僕に声を掛けてくれた。嬉しくて手を振ってると後ろから頭をはたかれた。そんなことするのはやっぱり播磨で、
「よそ見すんな、あぶねー」と注意してくる。
「うっさいな。大丈夫だよ」
「もしかして、今のが高宮くん?」
突然森川さんに腕をつかまれた。僕が頷くと、かっこいいねと高い声を出し、隣の佐原さんと何やら騒ぎ始めた。
教室に入り、隣に座った播磨が、
「さっきの高宮って奴が、おまえの初恋相手なんだよな」と普通の音量で話すので驚いた。
「何言ってんの? そんな訳ないだろ」
すぐに周りを見たけど、誰も聞いてなかったようだ。ホッとして座り直し、変なこと言うなら席変わるよと脅す。
「だって嫉妬するじゃーん。きよら、赤い顔してんだもん」
「そりゃそうだよ。あの高宮くんなんだから」
「俺が好きっつっても普通の顔してるくせに」
「おまえのは半分冗談だろーが」
あ、まずい。播磨の目が吊り上がった。
「花田、席代わろうぜ」
そう言って後ろの席へ移動してしまった。代わりにきた花田が、面倒だから播磨怒らせんなよと耳打ちする。
「仕方ないじゃん」
くすぐったくて離れると、後ろからまた、
「花田、きよらにくっつくな」と怖い声を出す。こいつ、本気で面倒くさい。
授業が終わって昼休み、購買のパンを買ってたら後ろから名前を呼ばれた。
振り返ると島咲くんがいて、何買ったのと尋ねられる。彼はたまに集まってコスプレして遊ぶ仲間の一人で、僕と同じく女装が得意な可愛い人だ。髪も長めだし、コスプレしなくてもかなり女子っぽい。
「きよら、僕の分も食べていいよ」
「え、いいよ。島咲くんこそ食べないと、部活まで持たないんじゃない?」
「食欲ないんだ」
パンを渡されて、ダメだよと返す。もう一度渡された時、彼は急に歯が痛いみたいな顔をした。なんだろうと振り向いたら賀茂先輩と高宮くんが仲良さそうに話してて、
「噂の二人だね」と言いながら顔を戻す。
「あれ?」
島咲くんはもういなくなってて、僕はパンと共に残されてしまった。
そして放課後、最寄り駅のホームを降りてすぐ、高宮くんとばったり会った。
「おっ。今日はよく会うな」
明るく笑って気さくに近づいてくる。こういうところが、彼の人柄の良さなんだろう。
「ちょうど良かった。この辺りに雷神カフェってある?」
「……それ、うちの店」
「え? きよらの店ってこと?」
頷いて隣を歩きながら、両親が経営してると話す。
「そうなんだ。すごいネーミングの店だね」
「店もかなり変わってるよ」
商店街に入って一分後、うちの店に到着する。外観及び内装を見て、高宮くんは目を見張る。
「ほら、変な店でしょ」
「すっげー、かっこいい。こんなオシャレとは知らんかった」
あの高宮くんに褒められた。嬉しくてドアを開けて彼を席に案内し、僕は店の奥に入ってエプロンを付ける。
なんとなく鏡を見てたら賀茂先輩が入って来て、
「きよらくん、ありがとう。彼を案内してくれたんだって?」と爽やかに笑った。彼女の特徴は綺麗な顔だけじゃなくて、このとても明るいオーラだと思う。そこにいるだけで華やかで、他の人を圧倒してしまうんだ。
「たまたま駅で会ったんです」
「もう私たちのことバレてるよね」
「ああ、知ってますよ。二人とも有名人ですから」
「そんなことないよ」
楽しそうに笑う彼女を置いて、先に部屋を出る。店に戻ると父が手招きして、
「あの生徒、沙優里ちゃんの彼氏?」と小声で聞いた。
「そうだよ。僕の同級生」
関係ないのに、ちょっと誇らしい。これ持って行ってと言われ、父特製のプリンアラモード、ミニサイズを高宮くんのテーブルに運んだ。
「店からのサービスです」
そう言うと、嬉しいと高宮くんが笑った。やっぱりかっこいいなあ。思わず見とれていると父に呼ばれ、慌ててカウンターに戻る。
賀茂先輩も店に出てきて、すると一挙に人が増えた。彼女の引力なのか、店の人気かわからないけど、平日なのに客がひっきりなしにやって来る。
食器を片づけてる僕に高宮くんが、
「一人だからカウンターの席に移ってもいい?」と尋ねた。高宮くん、やっぱりいい人だ。
「気を遣わせてごめんね」と移動してもらい、少し話をしている時に播磨が入ってきた。
僕たちを見て急にUターンするので、慌ててドアに向かうと賀茂先輩が先に走ってて、播磨を楽しそうに捕まえた。満更でもない顔でカウンターに座った播磨に、何してんだよと水を渡す。
「混んでるから出直そうと思って」
「そんな気を回さんでも大丈夫。播磨くんはうちの、大事な常連さんなんだから」
父がそう言って笑う。隣の高宮くんもこっちを向いて、同じ学校だよねと播磨に話しかけた。こういう風に、店をきっかけに交流が広がっていくのが昔から嬉しくて、僕はずっと微笑んでいた。それが気に食わないのか、
「きよら。沙優里ちゃんの彼氏、かっこいいね」と播磨がわざわざ僕に話題を振った。
「ダメだよ、播磨。そういうのは、個人情報」
「そうよ。軽々しく口にしないで」
賀茂先輩もやって来て、播磨に釘を刺す。
「じゃあ言い方変えるよ。きよら。高宮くんってかっこいいよな?」
「しつこいな。僕の口からかっこいいって言わせたいの?」
かなり呆れてたら、賀茂先輩が勘のいいところを見せた。
「わかった。播磨くんの好きな子って、きよらくんだ」
「先輩まで何を言ってるんですか」
これじゃ収拾がつかない。カウンターから離れようとした時、ずっと黙ってた高宮くんが播磨を見つめて、
「播磨くんってゲイ?」と聞いた。有り得ない。店内のBGMがうるさくて助かった。それからは忙しさもあって、二人には関わらなかったけど、どうやら気が合ったようでずっと話しこんでいた。
結局、高宮くんは播磨と一緒に帰っちゃうし、それが妙に気になった。
次の日も高宮くんは店にやって来て、
「今日は賀茂先輩、休みだよ」と言っても大丈夫と笑っている。
「もしかして播磨と待ち合わせ?」
「正解」
彼のにやにや笑いが止まらないけど、どうしたものか。
「高宮くん、何か聞いた?」
「まあね。播磨くんってモテるらしいね。こないだから二人に告白されて、どうしようって言ってたよ」
「悩みが贅沢すぎる」
客が少ないのでカウンターの隣の席に座ってみた。父を見ると、大丈夫と親指を立てる。
「播磨くん、本気で困ってたよ。好きな子がちっともこっちを見てくれないってさ」
そう言われて頭を掻く。あいつ、誰にでも相談しやがって。
「きよらは誰か、好きな人でもいるの?」
「いないよ。でも男同士って、なかなかハードル高いじゃん」
「俺もそう思ってたけど……。好きになったのがたまたま男ってこともあるしね」
高宮くんは急に真面目な顔をした。爽やかなスポーツマンとは思えない言葉に少し驚く。しばらくして播磨がやってきて、高宮くんを連れてさっさと店を出て行った。
テーブルを拭いている僕に、
「播磨くん、今度こそ諦めるかもな」と父がすり寄る。
「その気がないなら、可哀想だけど早めにきっちり振ってやれよ。それが人の情けだ」
「変な父親」
一人息子に彼氏を勧めてどうする気なのだ。母もやって来て、
「播磨くん、いい子なのに。私がきよらなら、喜んで付き合っちゃうけど」と言ってニヤニヤ笑う。
「二人とも親としてどうなの? もし僕がそっちの道に走ったらどうすんだよ。取り返しつかないかもしんないのに」
「でも、本人たちが幸せならいいんじゃない?」
キラキラした目で母は僕を見る。そーいや最近、BL漫画が面白いとか言ってたっけ。
それにしても客が来ないなあと話してたら、常連さんがドアを開けて、クローズドになってるけど開いてるかと尋ねた。
「あ、しまった。札替えるの忘れてた」
母が慌ててドアに向かう。こんな両親で将来不安だなあと、つくづく思う僕だった。
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