第33話 懺悔(2)
「レオル君、君は私を激しく憎み恨むべきだと
思っている。いつでも私を始末してくれていい。
私は君に限らずそういうことをしてきた。
今更いい人間の振りをして素晴らしい教義を
口にするなんて………本当に愚かだ。
そんなことで罪滅ぼしになるなんて思っては
いない、けれども………
他に何ができるのか未だに分からないんだ……」
「………ではなぜイーダの組織を抜けて
光の教団を作ったのですか?」
「その任務の後、イーダに従うことに耐えられ
なくなってしまった。先に耐えられなくなった
のはグースだったけれど、グースが先に逃げると
私がその始末をする事になる。
わざと逃しても他の者が始末に向かうだけだ。
だから先に私が数名を連れて組織を抜ける
ことにした。思っていた以上に賛同者がいて
結果的に組織の力が弱体化して我々は想定よりも
安全に組織から離れることができたのさ。」
コルドの言葉を受けてグースが続きの説明を
始める。
「コンドルは明確な組織からの脱走だけれど
私は正式な引退として組織から離れることが
できた。組織は離脱者に対して敏感になって
いてこれ以上裏切りが出ると組織は壊滅するし
他の部署や勢力に対しても示しがつかないからね
、と言っても完全な自由などあそこにいた者には
与えられない。
ワシアの要職に着くことで中央に情報を売る
という名目を理由に、それらしい形をとる
ことができた。
ワシアの管理職にはいまも何人かの元情報部員
がいる。
私が積極的に引退希望者を引き取っていたの
でね。あのロパもそんな一人なんだよ。」
「そう……だったんですか…………」
父の事があったにも関わらず、自分が知る限り
街は比較的平和で穏やかに生きてきた裏で
そんなことがあったなんて思いもしなかった
ことだらけであった。
「コンドルの説明はほぼ全てその通りだが、
だからといって私にも罪が無いとは思っていない。暗殺を止めきれなかった私もやはり同罪だ。
何とかイーダに対して上手く誤魔化して
反政府派の心を折る案を色々思案したのだけど
どれも上手くいく見通しが立たなくてね……
力不足だった。
コンドルだけじゃない、私もそして他の者も
誰もイーダに逆らうなんてできなかった。
殺されるのが恐いからだけじゃない、
なんというか、上手く説明できないが、
それまでイーダの命令に従う事は《悪い事》では
なかった。正義と言えなくても、イーダの意思は
総統からの命令に等しいもので、国に仕える
者としての正しさと認識していた。
けれど、一度でもイーダの命令に疑問を抱いて
しまうと、それまでしてきたことも本当は全て
間違いだったのかもしれないということに
向き合うことになってしまう。
その事が何より恐ろしかった。
正しい気持ちで行ってきた悪事。
それに耐えうる精神を持つことはとても
瞬間的にできることではなかった。」
グースもまた噛み締めるように時々唇を噛み、
深い後悔を滲ませながら何もないテーブルの上を
見つめていた。
「私はずっとどこかでコンドルの所為にしていた。そうすることで非人道的な判断に加担した訳では
ないと自分の心を守っていた。
私がしたのは計画の反対だけだ。
それも私が補佐だったからできたのか
もしれない。私はコンドルがどんな人なのか
判っていたから………
私が命令の責任者だったら果たしてイーダに
反発できたか、命令違反をやり遂げられたか
分かりません。
なのにあの時の私は自分を棚に上げ全てを
コンドルの罪として随分責めてしまいました。
そしてワシアの要職に着きワシアを政府から
できる限り守ることで少しでも罪滅ぼしに
なればと。
これは私の独りよがりな贖罪でしかありません。」
激しかった雨はややその雨足を弱めつつあった。
だがまだ外は暗く雨は続いていた。
レオルの手はまだ微かに震えていた。
ラビの言っていた通りであった。
ラビはこの事を知らなかっただろうに
それでもそこに何かあると勘付いていた。
とてもじゃないけれど受け止めきれそうもない
陰謀とその蠢き。
そしてその裏で苦しみ続けた人々。
その中でラビはいつも飄々としていた。
あいつだってそれなりに悩んだり苦しんだりも
あっただろうけど、それでもやっぱりどう
考えてもあいつは飄々としている。
やっぱりあいつは色んな意味で強いんだろう。
けれど話す言葉はどれも冷たく感じても
どこか、いやどこかなんかじゃなくきっと全て
『優しい』んだと思う。
『俺はあんな風に全てを割り切ったりできない
けれど、あいつは自分の感情には無関心のくせに
人の感情にはよく理解を示していた。
だから俺の感情もきっと分かってくれる。
俺は世界であいつだけが俺の感情を理解していて
くれたらそれでいい。』
「お二人の話し、大体ですが分かりました。」
レオルは静かにゆっくり答えた。
「俺はあいつとの会話の中で父を殺した
相手を恨んでいないのか尋ねられました。
それは俺が相手を恨んでいるかということより
ラビが自分がそういうことを重ねてきたから
自分に対して死んでほしくないとか思うなよ
ってことだったんだけれど………
俺はその人が後悔しているのなら恨まないと
答えました。
本当はもっとそこにはお互いに複雑な思いが
含まれていて、簡単には答えられることでは
ありませんが…………」
レオルは到底自分の気持ちをまとめられる気が
しなかった。
それでもこの告白を受けてなんらかの答えと
思いを絞り出し伝えるべきだと感じていた。
「ラビがしてきたことも、あなた達のことも
本来はイーダと総統が主犯であります。
だからといって実行してきた人達に何も罪は
ないか、何も思わないかといったら嘘に
なりますが…………でも、でも………
やっぱり俺はもう恨みません。
けれど後悔はしてほしいです。
その後悔があれば俺の父もきっとあなた達を
恨まないでしょう。
その後悔を抱えてこれからを生きてほしい。
できる限りの周りの人達と自分自身の幸せの
為に………………」
それが正解だとは思わなかった。
けれど絞り出せる言葉と思いはこれが
精一杯であった。
そのまま静かな時間が流れた。
少し経って、コルドが内線電話を掛け
(この建物には内線電話が完備されていた)
温かいお茶と茶菓子が運ばれてきた。
雨は随分小雨になり、空は少しずつ明るさを
取り戻していた。
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