第34話 懺悔(3)

外の小雨は室内に余り響かず、室内はとても

静かであった。

その中でコルドが口を開いた。


「レオル君、このままだと私は新政府の要職に

着くことになってしまう。

君は本当にそれでいいのかい?」


レオルはそう問われキョトンとした。


「それはわた……俺とルシュターとでお願いした

ことです。その時の意思は変わりません。

色々と裏の事情があったとしても、それでも

このような仕事ができるのはあなた以外に

いません。

新しい国の為に尽力を………お願いします。」


コルドは目を細めた後、目を瞑った。

とても眩しいと感じた。

こんな若く真っ直ぐな青年が存在していることを

とても嬉しく思った。


『あの人はとても誇らしいであろう。』


「それにしても…………

君が『キラービー』と出会い、全てを託される

とは因果があるとはいえ、余りにも綺麗に

繋がっていて奇跡としか思えない。」


コルドは意図せず自然と思ったことが口から出た。

だがその言葉はレオルに違和感を与えた。


「前にラビが全ては繫がっているかもしれない

と言った時は、そんな馬鹿なと思いましたが、

今ではきっとどこかでみんな、もしかしたら

こうなるかもと感じていたのかなと思います。

ラビは言っていました。俺の父の思いが

人を動かすほどの強い思いだったからこそ

自分に届いたと。

ラビを動かしたのはあなたですよね?

きっとそれぞれの中にある抑えきれない願いや

思いが然るべき相手に伝わっていったんだと

思えてなりません。

それらの全ては必ずしもいい事ばかりではな

かったけれども、でも、俺は…………

あいつに会えて本当によかったです。

父の息子であることも、父が死を恐れず

信念を貫いたことも誇りです。」


そしてレオルは流れる涙を拭った。

彼にとっては自分の身の回りで起きたことが

奇跡だったのか必然だったのか判別できない。


「なんとなく、ラビは奇跡なんか起こさない

んじゃないかと思うんです。

だからこれらはやっぱり必然だったのかなと

思います。

あいつは本当に自分が選んだことをただ淡々と

やってのける、そういうやつなんで。」


その言葉にコルドははっとした。


「そうですね、確かに……………

彼女は誰もが考えもしなかった事を簡単に

実行してしまった。夜明け前に決断し、

その日に全てを終わらせた。計画も無しに。

こんな大きな事をたった一人で誰がやれると

思いますか?誰がやろうと思いますか?

私にとっては彼女の存在そのものが奇跡です。

けれど彼女にとってはきっと何一つ奇跡だなんて

そんな他人任せな幸運など存在しない世界で

生きて戦い抜いていたのでしょう。

彼女が抱えていたもの、彼女が経験し、考え

選んできたこと全てが………どれほどの過酷さを

乗り越えてきたのかまるで想像できません。

彼女にとってみればただ現実的にやろうとしたことをやり遂げてしまっただけなんでしょう。

私は彼女の行った軌跡を重く辛く厳しいことを

してくれたと捉えるべきなのか、己の無力さから

目を逸らし無責任に感謝するべきなのか、

まるで定まらないでいます。」


コルドは軽々しく「奇跡」などという言葉を

使ったことを深く恥じた。

一連の出来事は確かに「奇跡的」な偶然が

もたらした部分も大いにあるのだが、

そのような美しい言葉で飾るには失った

ものが余りにも多く、重過ぎた。


そんなコルドを見てレオルは少し悪戯っぽい

気持ちを持った。


「どちらでもいいんじゃないですか?

どちらかと言うと、その双方で悩み苦しんだ方が

ラビは満足するかもしれません。

以前にも言いましたが、あいつはあなたのことを

苦手に思っていたようですし、

はっきりと好かないとも言っていました。

イーダやイーダの息子にさえそんな表現を

しなかったのだから、きっとよっぽど嫌な事が

あったんじゃないかなって、

だからその件ではしっかりと苦しんで下さい。

それであいつは喜びますよ。」


「なんと、なんとまあ酷い言い草だ………

けれど確かに私の言葉は彼女にとって、とても

苦くて嫌なものだったでしょう。

もっと時間があり環境が整えば、あんな

確信を突く言葉を他の言い方で包むことも無く

ただ投げ付けるようなことをせずに済んだかも

しれませんが………私に余裕が無かったばかりに

相手に伝える言葉としては性急過ぎました。

確かに反省が必要です。

私は彼女に許されるまで永遠に反省し続けます。」


冗談なのか本気なのかこれまた判別に困る

言葉であったが、ラビは教主(コルド)に対して

何も本気で怒っていたわけではない。

少しカチンと来る言い草に嫌味の一つも返したい

その程度の憎たらしさと小さな不満である。


『これくらいでいいかな、ラビ。』


レオルはまたそっと自分の胸に問いかけた。

答えは永遠に分からないが、どこかで自分に

区切りをつけていかなくてはならない。


「ええ、永遠に尽力して下さい。

この国の為に、あいつの魂の為に。」


レオルはにこやかに、笑顔でそう伝えた。

コルドは虚をつかれたような驚いた顔をした後

敵わないといったような、参ったような顔をした。


「さすがあの人に託されただけありますね、

ええ、精一杯尽力させてもらいます。」


コルドは立ち上がり、レオルに対して深々と

礼をした。

そして慌てて立ち上がろうとするレオルを制して

そのまま座らせた。


「まだまだあなた達と話したいことは山盛り

なのですが、私自身の仕事も山程ありまして……

大変申し訳ないのですが、一旦退席させて

もらいます。

この部屋は好きに使ってもらってかまいません。

グース………あなたにも話したいことは

ありますが………また、もし機会があれば……」


「コンドル、先程レオル君にも言った通り、

私はもうあなたに怒ったり悪い感情は持って

いない。あれは、あの時は自身の焦りと我儘で

罪悪感を押し付けてしまった…………

私もいずれ少し冷静に話したいと思う、

いつでも声をかけてくれれば応じますよ。」


「そうか…………、グース、ありがとう。

ではレオル君、何かあればまた改めて。」


そう言って、また一礼してコルドは部屋から

出て行ったのだった。

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