第32話 懺悔

慌ただしく過ぎていく日々の中で

レオルがコルドに呼ばれた。


総統府は首相官邸・内閣府として新しく造り替え

られていて、情報統括本部は取り壊されていた。

コルドは新しい施設の一角にある会議室に

レオルを案内した。


「ふふ、君はもう一端の駆け出しの政治家のような存在だな。」


コルドは満更でもなさそうにそう声をかけた。


「冗談じゃありません、私はあくまでワシアの

警官です。任された役割が終わればいつでも

帰るつもりです。」


毎日やるべきことに追われクタクタになりながらも

レオルの本心は変わっていなかった。

そこにもう一人客人が現れた。

グースことロッド理事長であった。


「久しぶりだねレオル君。」


「ロッド理事長!お久しぶりです!」


レオルは驚きながらも挨拶を交わした。


「あの日からもう4、5ヶ月経つのかな?

余りにも怒涛の日々な為に時間の感覚が

よく分からなくなるよ。」


彼はいつものようににこやかで丁寧に喋りかけて

きたのだった。

レオルは相当な立場の違いがありながらも、

久しぶりに会えた同郷の人物に対してとても

ほっとした気持ちになった。

以前に会った時はラビも一緒であった。

ラビは誰に対しても本当に態度が変わらなかったな

なんてことも思い出す。


※地の文ではグースと表記します。


そんな中グースはコルドの方を向きやや

何とも言えない顔をした。


「…………久しぶりだなコンドル………

また顔を見ることになるとは思わなかった。

間にいるのが彼でなかったら会うこともなかった

だろうに………この巡り合わせには因縁めいたものを感じてしまうよ。」


「グース、久しぶりだな。遠い所呼び出して

すまなかった。

俺がこんな立場にいることに腸が煮えくり返る

思いだろうが、この話をする時は、やはり

どうしても君に同席してほしくてね………」


「……………………………。」


部屋の中が貼りつめるような空気になり

レオルは驚き緊張した。

このような空気感はラビがキラービーになる時

つまり“あちら側の世界”の空気感だった。



その空気感のまま3人は大きなテーブルを囲む

ように置かれた、重厚で厚みのある椅子に

腰をかけた。(前総統が趣味で集めたもの)


「最初に確認したいのだがグース、君はこの

レオル君に例の話は全くしていないんだね?」


「…………していない。」


「そうか、では初めから説明していこう。」


コルドは改めてレオルの方に向き直り、

深々と頭を下げた。

レオルには何のことかさっぱり分からず

困惑していた。


「今から17年前、ワシアで沸き起こった反政府

の動きを抑える為にワシアへ潜入し、それを

制圧させたのは私とここにいるグース、

この2人の仕事だったんです…………」


「え………………」


それは寝耳に水の突然の告白であった。

レオルは何も答えることができなかった。


「規模と関わっている人物の把握、それらは

それ程難しくありませんでした。

ただ問題は…………」


コルドは眉間の皺を深くし、苦悶に近い表情で

下を向いた。


「彼らはとても清廉潔白で、自分達の為ではなく

未来の人々、何より未来の子ども達の為に

この国の在り方を変えたいと望んでいたこと

でした。

そのような考えがこの国においてどれほど

危険で排除されるべきものかもちろん知っての

ことだったのでしょう。

けれど彼らは死を恐れて怯える日々を継承したく

ないと強い信念を持って動いていました。」


「首都から遠いこともあって、ワシアの雰囲気は

どこか王政時代の牧歌的な感じもあり、街の人達

も殺伐とはしておらず、正義感の強い人が

多かったように思います。

そんな中でもその当時の署長とあなたの父君は

特に正義感と忠義に厚く、人々の信頼も厚かった。

警察官として悪人よりも政府に従わない方が

罪が重く、それを取り締まっていることに

とても葛藤があったようでこのような動きに

積極的だったようです。

ただこの都市の人々は首都から遠く、

我々のような者達の動きに疎いのがよくなかった……………………」


この日は朝から曇り空であったが時間が経つに

つれ雲は厚く黒くなっていき、午後に近い時間で

既に夜の手前くらいに暗く風も強く吹いていた。

部屋の中は外よりさらに暗く、コルドは部屋に

電気を灯した。


「我々は葛藤しました。

このワシアでの反政府勢力の勢いを削ぐためには

主力を消す事が一番効果的で簡単であることは

明らかでしたので……………」


レオルはゾワッとした。

もう17年も前の出来事だ。

今更どうなる事でもない。

ずっと真相を知りたいと思ってはいたけれど、

まさかこんな時にこんな形でこの問題に直面する

ことになるなんて、そしてその真相の人々が

この人達だったなんて……

手が震え冷や汗が出てきた。


『ラビ……………』


もしかしてラビがここに導いてきてくれたんじゃ

ないかと、勝手にそう思うことで動悸が落ち着いて

きた。すーっと深呼吸をし、心を鎮める。


コルドはそんなレオルの状態を見て、

レオルの気持ちが落ち着くのを少し待ち、

そしてまた話し始めた。


「『鴉』の中では私とグースの立場はそう

変わらなかったのですが、配属されたのが

私が先でしたので、この任務中も私が主体と

なり、彼は補助的な立場でした。

私の中にも迷いがありましたが、彼はずっと

一貫して彼らを始末することに反対でした。

気持ちは分かります。どちらがまともな人間か

正しい人間かなんて、改めて自分に問うまでも

ありません。けれども………」


降り始めた雨は徐々に激しさを増し、

窓を強く叩きつけるようになっていた。

グースが厚手のカーテンを閉めたが、

それでも雨音は部屋の中に響き渡っていた。


「私はイーダの命令を拒否する判断ができません

でした。今までだって人を陥れたり、時には

暗殺することもありました。

今更いい人間になろうだなんて虫が良すぎると

そう思い込んでいました。

そして反対するグースを押し切って、その時

同行していた死神に反政府勢力の主力である

2人の……署長とあなたの父君の暗殺を命じ

ました。」


遠くで強く雷が鳴った。

レオルは外の強い雨音と雷のおかげで泣かずに

済んだ。その音を聞いているだけでもう涙を

流したような気持ちになれた。

レオルは目を瞑り、静かに

「そうですか。」

とだけ呟いた。


レオルの余りに落ち着いた様子にコルドは

どう語りかけようか迷い、暫く黙った。

部屋の中には雨音だけが激しく響いていた。





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