第19話 残されたもの
ナナ・ハーンの湖は殆どが山に囲まれていた。
開けた場所から離れた山の中腹で待つよう
レオルは言われていた。
オックが手下などを連れていたり潜ませたり
していても巻き込まれないよう、
細心の注意を払い、安全な場所を模索した
結果だった。
「夕方までにそこに来ない場合、もしくは
大きな爆発があった時は私が死んだということだ。だが、爆発の場合はイーダの息子もまた死んで
いる。そのつもりでその後動け。」
レオルはラビにそう言われていた。
レオルは右手首に貰った靴紐を巻いていた。
それを握り締め泣いていた。
こうなることはほとんど分かってはいた。
だがそれでも………………
受け止めるのは辛かった。
「どうにかして止めれなかったのだろうか。」
そればかり考えてしまう。
しかし今朝最後に言葉を交わしたときに
「もうその事は言うな。」と言わんばかりの
嫌そうな顔と視線で諦めてしまった。
そしてラビが引き付けている間にレオルが
撃つという案も却下されてしまった。
「私が自分でケリをつける。そう決めた。」
やはり彼女の意思は固かった。
強い因縁があるのだろうか、レオルは強くは
踏み込めなかった。
ラビはイーダに関連することにレオルを
関わらせたくなかった。
人間の汚い部分、卑怯な部分を凝縮したような
人物とそれが作った組織。
それは一つの人間が持っている可能性の在り方
ではあるが、それが望ましくない在り方で
あることもラビは理解していた。
「綺麗なままで。」とは言わない。
だが、それでも、
「こんなもの、見なくていいだろう。」
彼女はそう思った。
そして、自分がそちら側だということも
よく理解していた。
「だから私に死んでほしくないと思わなくて
よいし、死んでも悲しんだりはするなよ。」
それがラビの最後の言葉だった。
「嫌だ!」
と強く言うレオルに
「馬鹿だな。」と今にも言葉が出そうな顔で
ラビは微笑んで出て行った。
「悲しむのは俺の勝手だろ!」
レオルはくしゃくしゃの顔で叫んだ後、
煙が去った後のその場へ行き、黒く焦げ付いた
砂を抱きしめた。
ナナ・ハーンからワシアまで続く道を行く途中で
二人組の中年男性に声を掛けられた。
「レオルさんですね、ロッド理事長から色々と
事情を聞いています。」
ラビの言っていた通りだな。
レオルはそう思った。
「私はロパと言います。かつては情報部で下っ端の諜報員をしていました。ロッドさんにはずっと
お世話になっています。あなたをサポートする
ように言われてきました。」
「サポート?」
「はい、あなたはこのまま首都タクツークへ
行かれるかと………、その為ここでの結末を
教えていただき、この者がそれをロッドさんに
伝えに行きます。」
ロパともう一人(思ったより若そうだった)は
そう言って頭を下げた。
「それとも一度ワシアへお帰りになられますか?」
ロパは丁寧に尋ねてくれたが、
レオルは首を振った。
「いや、急いで首都へ行くよ。
それが一番いいと思うんだ。」
「分かりました。ではロッドさんへ、いえ、
ロッド理事長へ伝えるべきことだけ教えて下さい。」
「ああ………」
レオルはここで起こった事、ラビから言われた
事を掻い摘んで説明した。
それを聞き、ロパと一緒にいた若者(それでも
レオルよりは年上であるが)は急ぎワシアへ
戻った。
「ワシアではイーダの息子の手下共が色々
嗅ぎ回っていて、それを捕まえて逆に向こうの
状況を吐かせているところなんですよ。
イーダの息子が皆死んだと知れば全部吐くでしょう。」
ロパは待てせてある車まで戻る時にそう
教えてくれた。
車にはササー巡査長が乗っていた。
「何で俺が運転手なんだよ………」
やや不服ながらも仕方ないという顔をして
不満を吐露していた。
「よおレオル、お前も大変だったようだな、
随分黒く汚れているじゃないか、さっき聞こえた
爆発音、お前らだったのか?
ところであの死神は一緒じゃないのか?」
詳しくはまだ知らないササー巡査長は気楽に
そう聞いてきた。
「それは…………」
レオルはロパ達には淡々と説明できたのに
なぜか言葉が喉で詰まった。
知った仲であるササー巡査長に泣かずに
説明できるだろうか。
少し苦しそうな顔をしたレオルを見て
「説明は道中でします。さあ、出発して下さい。」
ロパはササーに発進を促した。
「はいはい、分かりましたよ。
なんせ理事長や署長からの直接命令だからな。
一体何が起こっているんだか………」
ぶつくさ呟きながら車を発進させた。
レオルはナナ・ハーンを振り返る。
…………さっきまで、
さっきまで彼女はそこに生きていた。
『俺は……俺はさよならを言わない。
君は俺の中で生きている。だから…………』
『君のやろうとしていたことと、俺のやろうと
していることは同じだと、きっと同じだと
信じている……………。だから、だから
待っていてほしい。そこで。』
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