第18話 彼女の全て

「中々興味深いよ、オック。

お前の思っていること、よく分かった。」


「キラービー!君に……!そう言ってもらえる

とは………!」


オックは自分の事を正しいと思っている。

自分自身が認識する世界と正しさ、

自分以外の人々が認識しているであろう

世界と正しさ。

そこには隔たりがあって当然で、

どうすり合わせるか、どこまで自分の思いを

譲るかで関り方や成すべき事成せない事を

思い知らされていくものだが、

時々こうやって自分を中心に置きそこから

視野を動かさない者もいる。


イーダはその隔たりをよく理解していて

自分以外を自分に都合よくする為にあらゆる

手段を試みていたものだが、

オックはそこが根本的に違うようだ。


『別にかまわないさ。そういう人間がいた。

ただそれだけのことさ。』


ラビは笑っていた。

それは普通の人が笑うよりは余りにも薄く

解りにくい表情の変化かもしれないが、

(ラビは笑ったことがないので顔の筋肉が

そういう風に動くことが非常に難しい)

それでも彼女自身という観点からすると

明らかに笑っていたのだった。


「何だキラービー?不思議な表情をするね、

今までに見たことの無い顔だ。」


オックは表情と雰囲気に驚いて一瞬呆気に

取られてしまった。


「いや、ちょっとな、嬉しいことがあってな……

この感じ、この感情。思い出せるものなんだな。」


ラビは穏やかな表情と口調でオックに

歩み寄っていった。

左の手で右の手のグローブの中に手を入れる。

そして右腕の肘を曲げた。


一瞬呆気に取られたオックはハッとして

ラビにキラービーに向き直り様子を伺う。

にこやかに近付いてくる………

いや、それは………


『何か変だ。』


第六感的な危機察知でその場を離れようとした。

しかしラビは射程を捕えた。

互いにブーツに最後の隠しナイフを持っていたが

オックはそれに手を伸ばす暇がなかった。


慌てて背を向けて逃げ出そうとするオックに

今までに無いほどの殺気を纏ったキラービーが

襲い掛かる。


オックの背後を取ったラビは左腕でオックの首を

とり、両足でオックの腕を抑え込んだ。


「何をする!貴様!何をする気だ!」


完全に抑え込まれたオックは精一杯足掻く。


「オック、私はお前が大嫌いだ。

お前という人間の全てが好かん。大いに嫌いだ。

思えばイーダのことも嫌いであったが、

あの頃は好きや嫌いに何の意味も見い出せず

どうでもいいことだと考えるのを止めていた。」


「うっ!ぐううっ!」


締め上げられてオックは足掻く。


「だからな、オック。私はお前に感謝しているよ。こんなにはっきりと心が感情に支配されたのは

初めてだ。面白い。」


ラビは逡巡する。

(長いけど、一瞬の逡巡です。)


好き嫌いが出てくる。

それはとても人間らしくていいではないか。

彼女は素直にそう感じていた。


人間性が出てくればくるほど

今まで、そして今現在、自分は生きているんだ

と実感する。

そしてその感覚があればあるほど

自分が今までしてきたことに無関心では

いられなくなる。


元より生きたくて生きてきたわけではない

今更何をも求めたりしない。


だが己に人間性を感じることによって

喜びも苦しみも背負うなら、

何も感じない方がいいのだろうか?

否、人間性を持たないと言うことは

即ち生きていないのと同じである。


その為にこれからどれほどの痛みを感じようとも

向き合うべきなのだと判断した。

それは今まで奪ってきたことの積み重ねであり、

『知らなかった』事の愚かさを受け止めると

覚悟を決めたということでもある。


後悔はしていない。

何度やり直しても同じところで同じ事を

選んでしまいそうだ。

私はその程度の人間だ。


       だから


  「大好き」などとは言ってほしくない。


私には勿体な過ぎるから。

けれど「大好き」という言葉の意味を

知らないままではいたくない。

初めて温かいスープを飲んだ時の衝撃を

思い出す。

この世に“温かい”というものがこんな風に

存在していたと。

それは私のために存在していたわけではない

けれど

私はそれらに触れることができて


「満足だ。」


ラビの心は満たされていた。



ラビは空を見上げる。

突き抜けるような青い空。

11691が笑っていたような青い空。


ラビは月の出ている空が望みであったが、


「これもいいものだ。」


そう思い満足した。


そして右手を首の後ろに当てる。

ラビは首の後ろ、うなじの下に火薬を仕込んで

いた。

先ほど左手で右手グローブ内に仕舞っていた

ライターに火を付けていた。

右手はほとんど燃えていた。


「さよなら、レオル。お前に会えて良かった。

お前に後を任せることを済まなくも思うが

お前なら………大丈夫だ。」


半径100mかそれ以上の範囲が爆発に巻き込まれた。

静かな湖の畔で大きな爆発音が響き渡り

大きな煙が立ち昇った。


そして…………


ラビとオックはこの世になんの痕跡も残さない

形で消えてしまったのだった。

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