第12話 蜂と三男(4)

「お前を……討つよ、討つさ、仇だからな、

敵だからな、そう言うお前こそどうなんだよ

何で俺を殺さないんだ!」


「私はお前を殺さない。」


「は!?何でだよ?俺達は敵同士だろ!?」


「殺すつもりだったが止めた。私はお前を

殺さないことにした。だからお前に敵意が

ある内はお前を戦闘不能にする。」


ラビは静かに見つめ、静かに言い放った。


「何でだよ、どういうつもりだ!?

お前はこの世界で誰よりも簡単に確実に人を

殺せる、そういう存在じゃないか!

そんな、死神が……情をかけるってのか!?」


「別にそんなつもりはない。

ただ止めると決めただけだ。」


実際、ラビが殺意を向けられて殺さなかったのは

この時が初めてだった。


「舐めたこと言いやがって!

そんなこと言っても俺の意思は変わらないからな!」


フォロロは再び別の隠しナイフを手に取る。

だがその手は震えていた。

相手を狩る意思はあるはずなのに、身体が

それを拒否していた。


キラービーを殺すのはお父様の為。

そうオックに言われたが本当だろうか?

お父様はもういない。

ならこの利益は全部オックの為なんじゃないか?

でもそう考えれば全てが、今までの全てが

そうだったと言える。


「どうした?私を殺したいのだろう?

早く私を殺してみろ。」


ラビは煽りなどではなく、率直に思ったことを

言い放つ。


「お前を殺しても、もう俺の心は晴れない……」


フォロロは力無くそう答えた。


「なあ、キラービー、お前はずっと、ずっと

知っていたんだな、お父様が……お父様は

きっと誰のことも愛してなどいない、

自分以外きっと誰も愛することなんてないって…………………」


ラビは「ほうっ」と素直に驚いた。

もう冷たい目も、悲しい目もしていなかった。


「自分で気付けたのか。やはりフォロロ、お前は

自分で考える力があるじゃないか。」


「だって、お父様は愛しているからこうやりなさい、これをしなさいっていつも言うけれど、

ちょっとでも出来ていないと、「この役立たず!お前などすぐに要らない存在にできる!」って

怒るんだ。お父様に愛される為には命を張って

お父様の為に全てを尽くさないといけない。

だけど、だけど…………

俺はお父様が恐かった。愛されたかったけど、

愛されなかったら俺は消される、殺される。」


そしてラビを睨みつけ叫んだ。


「元々、お前を殺してもお父様は死んでいて

今さら俺を愛してくれることもないけれど、

仮に生きていて愛してくれたとしても、

また次の任務をちゃんとできないと愛を失うと

怯えなければならない!

愛されたいのに恐いなんて、そんなの

よく考えれば滅茶苦茶じゃないか!

俺は延々とそんなこと続けたかったわけじゃ

なかったんだ!俺は、俺は………

本当は何がしたいか、どうしたらいいのか

分からない………俺は自分が何なのか分からない

………………」


フォロロは立ち上がる勢いで叫んだが、またしても

思考が袋小路に入り、勢いを失いうなだれる。

その様子を見ていたラビは静かに語り掛ける。


「…………………人はな、誰でも最初は与えられた環境でしか生きられないそうだ。

そこが健全であればやがて己の意思と思考で

生きる道を選ぶのかもしれんが、そうでなければ

どうなるか、お前も段々分かってきただろう。

だがどんな環境を与えられようと、どんな人間に

自分の意思を歪められようと、支配されようと、

自分の人生のツケは自分で支払わなくては

ならない。それがどんなに過酷であれ、残酷で

あれそうなっている。

だからどんなに恐くても不安でも、自分にだけは

嘘を付いたり誤魔化したりしてはいけない。

その報いは全部自分に返ってくる。

人の心はさして強くはできていない。

それでも向き合うべき相手を、戦うべきものを

間違えてはいけない。

全部自分に返ってくる。

それはあまりに理不尽なほどに…………

ありのままの自然というものは誰に対しても

優しくなんかはできていない。

……………………………。

だから、だから………、よく見つめなくては

ならない。そして知らなくてはいけない。

自分自身と世界、その両方を。」


そう言ってラビは自分でも驚いていた。

自分がそんなことを考えていたなんて自分でも

知らなかった。

だけどフォロロに起こったこと。自分自身。

そして他の者達に起こったことを総合すると

自然と生まれてきた言葉がそれであった。


その後お互いに次の言葉が出てこず、

暫くしんとなり、たまに静かに風が吹き

落ち葉が舞い上がるだけであった。


やがて言われた言葉を飲み込みながら

フォロロが尋ねてきた。


「キラービー、お前はそれをしてきたのか?」


「…………いや、それが出来ていれば私は

こんなことにはなっていない。

そしてお前にも………。

多分互いにこんなことにはならなかっただろう。」


「そうか………、そうだよな………」


フォロロは複雑で不思議な気持ちになった。

キラービーは決して優しくない。

優しくはないけれど………

果たして自分は優しさというものの根本を

分かっていなかったのではないか?

そう思えてきた。


「キラービー、お前の言葉とは思えないよ、

なのにどうしてだろう、厳しいのに抗えない。

厳しいのにお父様の言葉より大切なことを言って

いる気がする…………」


フォロロは完全に戦意を喪失し、持っていた

ナイフを落とした。

キラービー、いやラビはその落ちたナイフに

目をやった。


落ちたナイフ。

まさに自分達そのもののようだった。

どう使ってきたかではない

どう使われてきたか……………


「フォロロ…………、

私はお前に会う前、お前を殺すと決めていた。

だが止めた。人はいつでも望めば変化できる。

変わることができる。

こういう事を言うと、あの教主を思い出して

うんざりもしてくるが…………」


「光の教団がお前を変えたのか?」


「切欠を与えられたことは否めないな。」


「どうして俺を殺さないって決めたんだよ?」


「ふと、思い出してな。

お前は人から利益も無いのに「ずっと一緒にいたい」とか「お前に死んでほしくない」と

言われたことはあるか?

そう言う奴らはな………不必要に人に死んで

ほしくないみたいだ。

だから、まあ、お前くらい生きててもいいだろうと、そう思うことにした。」


「何だよそれ、まるで暖かい心を持った人間

みたいな言葉…………………

お前がそんなこと言うなんて、それじゃ、

まるで、ちゃんとしたまともな人間みたいじゃ

ないか。

お前は本当は…………………、

死神なんかじゃなかったんだな。」


フォロロは憑き物が落ちたように素の顔になった。

歳の頃は30歳手前くらいではあるが、

皆から子供扱いされていた為言動は子供っぽ

かった。その為まだ若い青年のような顔に

なっていた。


「キラービー、お前、俺のこと実力があるって

言ったよな?」


「ああ。」


「一人でもやれるって、嘘じゃないよな?」


「嘘ではない本当だ。」


それを聞いてフォロロは嬉しそうに笑った。

恐れずに嬉しいとそんな感情を抱けるのは

いつ以来なのだろうかそんなことを思った時に……


遠くで銃声が鳴った。

チュッと聴こえる聴こえないかほどの音がして

フォロロの後頭部が撃ち抜かれ、

彼はそのままその場に倒れ込んだ。



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