第10話 蜂と三男(2)

フォロロは背後からくるラビの拳を避けながら

自身の持っているナイフを突き出した。


ラビは反撃を予想していなかったが、それを

ギリギリで避けた。


そのままナイフを持った手で再び襲いかかるが

ラビはその手を左手で抑えながら、

二人は揉み合うように互いに格闘した。


木に押さえつけて蹴りを入れたり、地面を転がり

ながら殴りつけるが、

(ラビは右手で殴れないので、フォロロの拳を

右手でいなすのみであったが)


距離が近すぎてどれも致命的な打撃とはならなかった。


転がりながら離れた二人、またナイフを振りかざすフォロロをラビはギリギリで避け、そのナイフが

木に刺さるように誘導した。

木に深く刺さったナイフは簡単には抜けなかった。


その隙にラビは後頭部と腹に重い蹴りを入れた。


「ぐうっ……」とフォロロはダメージを受け

膝をついた。


「お前………どういうつもりだよ!?」


悔しそうに、不思議そうにフォロロはラビを

睨みつけながらそう尋ねた。


「何か問題があったかい?」


ラビにはいつも気配がない。

人を殺す時も殺気がない。

乱れた椅子をなおすほどの気配りさえない。

だがそこに存在する。

その違和感に人はみな、ぞっとしてきた。

しかしこの時そこにいるラビは気配こそないが

いつものように冷たい眼差しをしていなかった。


「殺ろうと思えば、今、俺を殺れたじゃないか!

いやさっきだって、いやそもそも最初から

最初に会った瞬間でさえ俺を殺れただろう!?

なぜそうしないんだ!?」


その言葉にラビは心底驚いたような顔をした。


「フォロロ、お前はやはり自分で物を考えられるし、状況の判断もできるじゃないか。」


「馬鹿にしやがって……!」と憤りつつ、

フォロロも自分で驚いていた。

初めて自分で状況を観察し考え理解し判断できた。

それは今まで「お前にはできない」と

決めつけられて、やろうとも考えようとも

してこなかったことだった。


「キラービー、お前………

お前は俺のことどう思ってたんだよ……?」


「別にどうとも思ったことはない。

お前も他の者もイーダに支配された憐れな存在だ。」


「くっ、なら、ならお前だって同じだろ!」


「そうだ私も愚かで無様な存在だ。

先ほどもそう言っただろう。」


「うぅ……確かに………。」


フォロロは確かに抱く殺意より、後から後から

湧いてくる疑問と違和感に勝てなかった。


「お前、どうしてお父様を殺したんだよ?」


何度も尋ねた疑問だが感情が勝りちゃんと

答えが聞けていなかった。

その答えを聞いたところで自分の殺意と決意は

変わらない。

そう思って重要視していなかったが、

やはりそれはとても大事なことなんじゃないかと

思えてきた。


「冷静な眼差しをするじゃないか、フォロロ。

人の話を聞くということは、そう、本来

自分が自分の心でいないといけない。」


ラビは静かにそう囁いてきた。

フォロロに会ってからずっとそうだが

ラビはもう言葉を辿々しく喋っていない。

ゆっくりではあるがちゃんとすらすらと

言葉が出るようになっていた。

多分、とても、心が清々しいのだろう。


「私はイーダを恨みとかそういう自分の

感情で殺したわけではない。」


「なっ、じゃあ誰に頼まれて!?」


「頼まれてもいない。命令違反をしたからだ。

それ自体は大したことではないが、せっかく

違反をしたからな、それを守ろうとしてしまった。イーダは違反を許さないだろう?あいつが

人の話を聞くやつなら殺しはしなかったかも

しれんが、どうだろうな。あいつが自分と

相反する考えや存在を許容するとはとても

思えんな。」


「光の教団か?」


「そうだ。」


「やっぱり!最悪な集団だったんだ!

何度も俺達で潰すって進言していたのに

お前達では無理だって言って、そして

こんなことになるなんて………!」


「確かにお前達では教主をやれない。

そこの判断は間違っていなかった。」


「なんだと!?」


「結局あの時イーダに取れた手段はそれほど

なかった。そういう命運だったんだろう。」


「お、お前、裏切っておいて!!」


「裏切るか……。あれを裏切りと呼ぶのなら

お前達の方に私を動かす動機を作るべきだったな。無知で愚かな者を操って悦に陥っていたのだと

したら、知恵を与えた者に寝首を掻かれても

仕方ないと思うがどうだ?」


「な、何だよそれ、どういうことだよ!?」


「私はそもそもイーダなど信用もしていなければ

従う気もなかったということだ。

ただ従わないという選択肢を知らなかった

愚か者だ。

それでも私を従わせたいのなら、それだけの

人物であればよかったのだが、そうじゃなかった

それだけのことだ。」


「ま、益々分からねえよ………」


「お前はなぜイーダを慕う?」


「それは、お父様は偉大だからだ!

誰からも尊敬され……恐れられている。

でもそれはそれだけ上の立場で、人に命令できる

から、人よりも偉いからだ!」


「どれも他人の意見ばかりじゃないか。

もっと自分で思ったことはないのか。」


「じ、自分で思ったことだ!

お父様は偉くて素晴らしいんだ!」


「ツリースパイダーと同じだな。思い込まされた

ことを自分の意思と思っている間は何も

考えることができない。」


「何だと!?」


「あの蜘蛛は真実を告げれば告げるほど

精神が壊れていった。きっとお前も同じだろう。

私は別にお前達の精神を壊したいわけではない。

偽りの愛を求めている者にかける言葉を

私は知らない。」


そう言って見つめる目は悲しみを含んでいた。

決して憐れみでも蔑みでもなかった。



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