第8話 最後の月

最後の夜も月が出ていた。


念の為、夜に敵が来ることも想定して

ラビは外にいた。


湖に月が写っていた。


ラビは湖の側に近づきその水に触れた。


『この水が写っている月に繋がっているのなら

月に触れているのと同じだろう。』


ラビは自分で勝手に理屈を付けてそう納得した。


「触りにいこう。一緒に。」


レオルはそう言ってくれたけれど、

その約束は叶うことがないな。

ラビはそう思いながらピシャピシャと水をはねた。

水は冷たく、湖は静かだった。


だが右の手では殆どその冷たさを感じることが

できなくなっていた。


『ギリギリだな。本当に……よくできている。』


ラビの右手首にはもう靴紐は巻かれていなかった。

感覚がなくなってきたので左に巻き直そうと

した時に、レオルがじっと見つめてくるので

彼にあげてしまったのだった。


レオルの涙はこの水のように冷たくはないだろう。

そして写る月より、空の月より美しかった。

別れの時にジルが流していた涙もまた

同じだと思った。


それが、

自分の為に流されたものだということが

ラビには不思議でそれを受け止める感情も

知らなかった。


「まだまだ知らないことばかりだ。」


ラビは常にそう思っていたが、

それほど知的好奇心が高いわけではなかった。


「世の中には知らないな方がいいこともある。」


そうも思うようになっていた。

特に情報部では、何を知っているかいないかで

命の危険性が変わる。

光の教団では自由意思にて自分の道を進む代わりに

今まで自分のしてきたことに向き合い苦しむ者も

いた。


それでも……………


自分の外套の裾を掴んだり、抱きついてきた

ジルのことを思い出す。


『まあいいか。』


そう思い、空の月を見上げた。

これが最後に見る月となったとしても……

やはり、


『まあいいか。』


と思うラビであった。



夜明け前、レオルと最後の確認をし、

少しだけ会話をして別れた。

レオルはラビに言われた場所で待機する。

ラビは湖から離れた小高い丘の上の林で

イーダの息子を待った。


どこから来るかは正確には分からないが、

いきなりは襲ってこないと予測した。

例え襲ってきたとしても……

ラビは他人の殺気には誰よりも敏感で

それを回避して攻撃できる者は多分

この世界にはいなかった。


木に登りラビは湖を見つめていた。

夜明け前の静かで薄暗い空は、やがて少しずつ

明るさを伴っていき、いよいよ朝日が来ると

分かる明るさになっていった。


ラビにとって、ジルもレオルも太陽のような

ものだった。

まともに見ると眩しくて直視できない存在。

誰に対しても明るくて優しい。


「太陽王か……」


それがどんな存在だったのか、ラビにはまるで

分からないが、人々が縋るのも分からないでも

ないような気もした。


いよいよ湖の端から太陽が昇る。

とても美しい湖の夜明けであったが、

眩しくてラビは湖から目を離した。


『太陽は私には勿体ない。』


ラビは心の中でそう笑った。


そしてそのラビの目と鼻の先に殺気に満ちた

フォロロが現れた。


彼女がいきなり襲ってこないと予想した根拠として

本当にキラービーがイーダを殺ったのか?

なぜそうしたのか?

を尋ねたいのではないかと考えたからだった。


「やあ、フォロロ。久しぶりだな。」


ラビは穏やかにそう話かけ、木の上から降りた。

フォロロとの距離は30mほどだった。


フォロロは心底信じられないという顔をして。

最初に言おうとしていた言葉を失い狼狽えていた。


「お、お、お前が……あ…あ………」


と狼狽えながら言葉を繋げようと努力した。


「お前が俺に話し掛けてくるなんて………」


考えるより率直な感想が口から零れた。


「こうしてこの形で対面するということは

この後どちらかが死ぬんだ。

別にかまわないだろう?」


そう冷静に話し掛けてくるラビの言葉で

はっとしたフォロロは、すぐに緊張を取り戻し

キッと睨みつけた。


「何が「別にかまわないだろう」だ。

余裕をかましやがって!

俺ぐらい余裕で殺れると思っているんだろうが

そうはいかないからな!」


馬鹿にされていると受け取ったフォロロは

カッカと怒り出した。


「余裕がないな相変わらず。

だが案外私はお前の実力を買っているぞ。

お前が冷静に相手を見極めることができれば

私以上にやれるだろうに………」


「なっ!?う、嘘だ!嘘をつくな!」


フォロロは褒められまた狼狽えた。

フォロロはほとんど褒められたことがない。

オックは怒りはしないがここが駄目だった、

あそこが駄目だったと悪いことしか言わない。

またその報告を聞いているイーダもフォロロを

労ったり褒めたりすることはなかった。

エタフェだけはフォロロはできると言ってくれて

いたが、誰もがエタフェの言葉に耳を貸さないので

フォロロもどうも軽く受け流していた。


「私がなぜ嘘を付く?何のために?」


「うっ、くっ!」


返す言葉のないフォロロはカッとして銃を持ったが

考え直して納めた。

この木々の多い林の中でラビに当てることは

不可能に近い。


「う、嘘じゃないならなぜ褒めるんだ!?

俺はお前のことが大嫌いなんだぞ!!」


「好き嫌いの問題ではない。

本当のことを言っただけだ。」

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