第6話 湖畔
夜半過ぎまで話し込んだ2人は疲れて
そのまま寝てしまった。
昼前に起き出した2人は漁師の家でお昼を
ご馳走になった後、湖を眺めていた。
「この戦いが終わったら……」
そうレオルは話し掛けたかったが、口の奥の方で
言葉が留まってしまう。
ラビがその言葉を嫌がっているような気がした。
彼女が本気で自分を殺しにきたら、きっと
なす術もなくやられてしまうんだろう。
そんな彼女が簡単には殺れないという相手に
自分に何ができるのだろう。
そんなレオルの思いを何も知らずにラビは
湖を眺めていた。
「レオル、湖に月は写るのか?」
不意にラビが聞いてきた。
「えっ?あ、ああ、月……?
写るんじゃないかな?これだけ大きな湖だから。」
「そうか、なら湖に写った月ならば、触れる
ことができるのだな。」
「触りたいのか?まあ、湖に写った月なら
触れないことはないかと思うけど、
夜に舟を出すのは危ないんじゃないかな?」
「ふん、触れると分かればいいんだ。
実際に触りに行くわけではない。
それを触ったとて、それはただの湖の水だろう。」
「そりゃそうだよ……」
「何言ってんだよ」とレオルは苦笑いした。
だがラビの眼差しは真剣であった。
「私が多分、とても小さい時にな、何も思うことができなかったが、毎晩窓から月を見ていた。
絶対にあれには触れないと分かっていたが、
何となく月を見ると、あそこに手が届かないかと
思ってみたり、みなかったり……」
湖を見つめていたラビはそう言うとレオルを
振り返った。
「下らないことだろう?
何か思い出すことと言ってもそんなことくらいだ。でもなんとなく……触れようと思えば触れられる
のならば……無駄な思いではなかったように
思えてな。」
「下らなくなんかないよ、大切な思いじゃないか
触りに行こう、一緒に。俺も一緒に行くよ。」
ラビはふっと口を歪めて向こうを向いた。
なぜか笑ったような気がした。
「昨日も話したがこれからの事をさらに
詳しく説明するから全て聞き逃さず
そして、一つも漏らさず覚えろよ。」
向こうを向きながらラビは静かにそう言った。
「早ければ今夜にもここに来るだろうが
夜は襲ってこない。夜は私の方が得意だからな。
蜘蛛は朝一に動いたが、フォロロはどうだろうな。まあいつ来ても大した違いはないが。」
「兄弟2人で襲ってくるんじゃないのか?」
「その方が向こうの勝率が上がるがどうだろうな
やつら、兄弟3人で組んだことはあっても
オックとフォロロでやったことは聞いたことが
ない。
三男フォロロは実行力はあるが頭が良くない
長男オックの指示がないと実力を有効に
使えないだろう。」
ラビは難しい顔をして考える。
「3人だととても上手くやれていた。
長男の指示を次男が噛み砕いて三男に教えてやり
当てずっぽうな三男の行動を次男がカバーして
………それが全部長男の手柄になっていたな。」
「……兄弟は仲が良いわけではなかった?」
「寄せ集めて無理矢理兄弟として扱われたのさ、
表面上はイーダに従順で言いなりだから
良く見せていたが内心はどうだかな。」
「今回、次男はいないんだね。」
「………いない。3人揃っていれば
私1人では敵わないだろう………
だが次男・エタフェは私が総統をやる時に
一緒に殺したからもういない。」
「うっ……そ、そうか………」
レオルはゾッとしながらも狼狽えずに
話を聞き続ける。
だがラビの様子が少しいつもと違った。
人を殺すことに何の感情も無さそうだった
ラビがいつになく険しい表情をしているのだ。
「どうした………?」
思わずそう尋ねてしまった。
「あいつは……次男・エタフェは臆病な奴だった
イーダにも兄弟に対してもいつも怯えていた。
だがあいつは、他の兄弟と違って私に対して
怯えも敵意も持っていなかった。
何かを話したそうにしながら他の兄弟に遠慮して
何も話し掛けてこなかったが、或いはあの時も
………」
ふと思い出すと何とも言えない気持ちになる。
『そうか、あいつは私に助けを求めていたのか
もしかしたら無意識に………だからあの時私に
会ったあいつはやや嬉しそうにしていたのか。』
その感触はバタフライと似たものがあった。
ラビは目を瞑り深呼吸する。
「イーダの恐怖から逃れたくて足掻いていたのだな。」
そしてそう言葉を括った。
「………後悔しているのか?」
レオルは聞きにくそうに尋ねた。
「いや、後悔は……していないが殺すべき相手
ではなかった。あの日あの時あそこにいたのが
エタフェでなければよかったと思ったとしても
どうにもならない。あの時あいつに説明や説得など
する時間も無かった。
やるべき事は決まっていて一分の猶予もなかった。行ったことに迷いも後悔もない。
だが…………」
エタフェを殺した感触だけはずっと手に残り
続けていた。
その右手も間もなく感覚を失うだろうが。
『私は人としてやってはいけないことが簡単に
迷いなくできる。そもそも人としての在り方など
私には存在していないも同然だ。
それは、多分、私が「人」として扱われて
こなかったからだろう。だから………』
ラビはレオルを見る。
『そんな風に「人」として人に見られるのは
苦手だな。』
ラビはひと呼吸おき、遠くを見る。
「結果的に3人揃わなくなったことは幸いだ。
長男と三男は本質的に気が合わない。
今はお互いしかいないからなんとかしている
だろうが付け入る隙はあるだろう。」
レオルは言葉がなかった。
後悔できた方がずっと楽なことがあるなんて、
思いもしなかった。
ラビはやはり自分で罪を自覚している。
でもそこで立ち止まるわけにはいかないため
彼女は敢えて……その思いに蓋をする。
だがきっと、その選択は想像以上の苦痛を
伴うだろう。
そう思うとレオルは胸を掻きむしりたくなる
ような衝動を覚えるのだった。
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