第5話 ラビとレオル
「私を飼育していた者をな、私は化物だと
思っていたんだが、ある者によると
そうじゃないらしい。
いや、あいつは私を化物じゃないと言っただけか
…………」
朧げな記憶を辿りながらラビは続ける。
「あいつは変な奴だったな。
面白くもないのにやたら笑いかけてくるし、
名前を呼ばせろとうるさかった。」
「友達だったのかい?」
「さあ……私に友達などいないからな。
特殊施設では珍しい奴だった。
今思えばあいつも多分いい奴だったな。」
「そうか……」
ラビの話の中に出てくる『いい奴』の話は
なんだかほっとする。
「そいつはな、私に
「お前も本当はみんなと変わらないのさ。」
などと言ったんだ。
姿形のことではない。人間としてだ。
そんな事を私に言ってきたのはあいつくらいさ。
11691。不思議な奴だった。」
「へえ、確かにいい奴っぽいな。
今は何をしているんだろう?」
「さあ、知らないな。今の今までに興味もなかった。あいつと最後別れる時にちょうど化け物の話をしたから、そんな会話になったような気がするな。」
ラビは少し遠い目をした。
「まあそれで、例えあの化物が母親であった
としてもなかったとしても、
あれに比べればイーダは随分と
やりやすい相手だった。」
「え………」
レオルは『マジかよ。』と思わざるをえない。
情報部の過酷な環境を聞いてなお、
イーダをやりやすいなどと言えるのは、
この世にラビしかいないだろう。
「イーダは会話ができた。話が通じるかという
点においては、大いに意見が別れるところでは
あるが、少なくとも何を言っているかは理解
できた。しかし理解できるだけでは駄目だった
ようだ。
それを受け止めた後、自分の意思で物事を
判断しなければならなかった。
その部分を長い間置き去りにしてしまった。
だから私は愚かな生き物だ。」
レオルは「そんなことない」と言っていいのか
迷った。
レオルはラビに罪が無いと思っていたが
その考えは………
「私は自分の行いを何一つ後悔していないが、
やはり罪は罪として受け止めるべきだろう
と思う。」
ラビの意見と相反するようだった。
「その罪はイーダが犯させたものじゃないか
判断を置き去りにしてしまったのだって
お前だけじゃないだろ、他の死神や諜報部員
だってみんなイーダの言いなりで他人を
殺したり破滅させてきたんじゃないのか!?」
「彼らは恐怖で支配されていただけだ。
だが私は自分で選ぶことができた。
それを知らずに命令をただ自動的にこなした
だけだと言ったところで、その相手が
よりによってイーダという厄災のような人災で
あったことが余りにもよくない………
それに私がイーダに忠実だったために、他の者の
恐怖心が余計に増したそうだ。
そんなことにまで何かを思いやってやるつもり
はないが、総じて私の存在というものは
厄介で禄でもなかったということだな。」
ラビは心底やれやれというような雰囲気で
話していた。
自分のことが悪いとも思うが、だからといって
どうしろというのだ、どうすればよかったのだ
と何かを思えば何かが問いかけてくるような
切りのない思案に取り憑かれてしまう。
とてもラビに処理できるような内容ではない。
レオルの言う通り環境のせいにしてしまえば
きっとすっきりするだろうに……
「そんな、そんな風に冷静に自分を分析するなよ、ラビ、お前はもっと、自分を大切に思うべきだ!
お前の過ちだってあるかもしれないけれど
過ちなんて誰にでもあるんだ。
お前のやってきたことは、余りにもお前の意思や
気持ちが入っていないじゃないか!
お前はもっと……自分のために生きろよ……
もっと自分を好きになっていいんだぞ………」
レオルは悔しくて目に涙を溜めてしまった。
こんなにたくさんの思いがあるのに
自分は余りにも無力である。
目の前の一人すら救えない。
彼女の心に言葉さえ届かない………
「お前がいいと思っても、俺は嫌だ。
お前が嫌なら俺がお前のために生きてやるよ
だから、だから………死なないでくれ………」
レオルの目から大粒の涙が零れた。
ラビはそれを見て綺麗だと思った。
『月より綺麗なものもあったんだな』と。
「レオル、別に私は死にたいわけではない。
ただやりたいことをやるだけだ。
だから、まあ………
お前が何を思っていようがかまわない。
だが私はやるべきことをやめることはない。」
「………………………。」
「お前はいい奴だ。真っ直ぐ生きている。
真っ直ぐ生きている奴は……嫌いじゃない。」
そしてラビは優しく言った。
「最後に事を頼むのがお前でよかった。
私は運がいいな。」
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