第4話 ラビについて

「なぜ私の死を嫌がるのだ。下らない。

私がどれほど人を殺してきたと思っている。

本来そもそも………生まれてこなかった

方がマシというものだ。」


『生まれてこないという選択肢があればの話だな』

自分の言った台詞で自分に問いかける。

それが可能なのであればあらゆることが避けられた。

だがそうはいかない。

人生とはそうはいかないのだ。


「でもそれは本意ではなくやらされてきたんだろ?

悪いのはイーダでお前は悪くない!」


「ならレオル、お前は父親を暗殺した者を

許せるのか?」


「そ、それは………」


レオルは胸が苦しくなる。

許せるとは簡単には言えない。

だがこうやって物事が起こった本質を辿っていけば

自ずと心の有り様も変化していく。


「もし、もし……その暗殺者が後悔していたら、

殺すべきではなかったって思っていたなら……

俺は…………………、許すよ………。」


「………………………そうか。」


そして2人の間に長い沈黙が続いた。


レオルの言葉はラビの為に自分の思いを歪めた

わけではない。

苦しいながらも絞り出した自分の本当の思いだ。




窓の外に月が出ていた。

ラビは月を眺めた。


自分に何もなかったあの頃から

空には月があった。

自分はもしかしたら月を眺めるためだけに

生きていたのかもしれない………


「レオル、私はな………」


月を見ていると素直になれる。

なぜだか彼女はそう思った。


「人を殺してきたことを後悔していない。」


「…………うん。」


「全て必要なことだった。

必要だというのは、結局自分が生きるためで

実はその選択をしなくてもよかったんだろうと

今では考えることができるが、

人の死は戻せない。

今更その考えを持って、それで何を感じれば

いいのか、実のところよく分かっていない。」


「ラビ…………」


レオルは思った。

ラビは許されたいと思っていない。

罪の意識があるわけでもない。

それでも………

自分のやってきたことに向き合おうとしている。


「ラビ、俺は思うんだ。

ラビは本来嫌な奴じゃない。

簡単に人を殺すような奴じゃない。

誰かとだって一緒に生きれたはずだ。」


ラビが本来持っていたかもしれない可能性を

考えると泣きたくなる。


「でもきっと、環境が許さなかったんだ。

環境は自分では選べない。

その中でラビは最善を尽くしたんだと思う。

その結果最悪な行いが付いて回ったんだと

しても………

でも俺は、ラビを憎めない。

幸せになってほしい。自分を大切にしてほしい。」


ラビはレオルの言葉を聞いた後、

また月を見上げた。


「私を最初に飼育した奴は言葉は発したが

会話はなかった。私が言葉を発するのを

嫌がったから、私は言葉を使わなかった。」


レオルは悲しそうにラビを見つめた。


「言葉を理解する必要はなかった。

奴の発する言葉に意味などない、怒鳴り散らすか

私を傷付けようと汚い言葉を選んでいるが

その薄汚さが、つまらなさが、今となって

初めて分かる。たまらなく嫌だったんだ。」


苦々しい思いが蘇るが、今ならとても冷静に

振り返れる。そう思った。


「あの時の私は嫌という感覚を理解していなかった。また、嫌という感覚を理解してしまうと

それが奴にバレて奴の行動がエスカレートする。

だからきっと私は何も感じなくなっていったんだな。」


ラビは今まで考えることをやめていた自分の

昔を思い出していた。

あの頃は自分の置かれている状況も自分が

何を思えばいいのかも全くわかっていなかったが、

今やっと言葉として言い表すことができた。



「マーメル婦人のラジオを聞いたことがあるか?」


「え、随分昔にラジオで演っていた

おばさん探偵の物語だな。すごく人気だったよ。」


「そうなのか。私も今さっき思い出したところだ

私は言葉を知らないはずなのに、そのラジオの

内容が理解できた。

ある日そのラジオの中で殺人事件が起きた。」


マーメル婦人は探偵物で時折殺人事件なども

物語の中で起きていた。


「それで私は初めて人が死ぬということを

『殺せる』ということを知ったのだよ。」


レオルには想像の及ばない世界だった。

元々この国は人が生きやすいとは言えない

過酷な環境もたくさんあったが、

そういったレベルではないような気がした。


「私がそこから出た後にな、若い男女に

世話されたんだ。その2人は……

今思えばとても優しい人達だったんだろう。

私は何が何だか分からなくてな、

ただ温かい食べ物というものを初めて食して

ひどく驚いたんだ。」


ラビは目を瞑る。

ひどく懐かしい思い出だ。

ただその思い出を絶対にイーダに知られたくなくて

ずっと心に仕舞って隠しているうちに

自分でも思い出さなくなっていた。

でも絶対に忘れないという決意がずっと

右手首に残っている。


「若い男は警官だったな。

お前とよく似ていたような気がする。

私は人間を見るのが初めてで、多分とても

警戒していただろうな………

その人が靴をくれた。私が靴を履いていなかった

ことに驚いていたから。」


そしてラビは右手首を見せた。

靴紐は一本ジルにあげたので残り一本に

なっていた。


「その時の靴紐だ。靴は履けなくなった時に

孤児院で取り上げられてしまったから

紐しか取り返せなかった。

私は物凄く執着したんだ。

あの時はなぜだか分からなかったが。

これを貰ったということを忘れたくなかった

ということなんだと思う。」


月は場所を移動していたので

もう窓からは見えなかった。


「色々話してしまった。

窓から月が見えたせいだな。」


ラビの言葉と表情はとても穏やかだった。

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