第33話 宇宙評議会

 連れ来られたのは普通の喫茶店だった。それもチェーン店で、壁はなく逃げ道はいくらでもある。

 実は見えない壁や敷地を少しでも出るとレーザーが飛んでくるのかと思い指先をちょこっと出してみたが何も起こらない。


「なんか雰囲気出してみたけど、アエオンの中にそんな物騒な場所はないよね。あはは」


 周りに人が増えてからか一条は殺気を消した。いつも教室でみんなに見せる明るい人気者のオーラに切り替わっている。


「実はね、ほんとのほんとに聞きたいことがあるのね。これが今日の本命。絶対にはぐらかさないで答えてほしい……んだけど、影野くんなにがいい?」


「なにがって? え?」


「メニューだよ。ポップコーンじゃお腹いっぱいにならないでしょ。絶対に質問に答えてもらいたいから、ここはわたしが出す! 回答料だからね」


 突然言われてもどんなメニューがあるのかもわからない。長ったらしい呪文みたいなメニューで有名なのは知っているが、肝心の呪文がまったくわからない。俺はエクスバーンに全てを捧げるんだ。


「一条のオススメで。あ! 高いのはやめてくれ」


「おっけー。コスパ最強のオススメ奢っちゃう」


 軽やかな足取りでカウンターへ向かう一条を見送りあたりを見回す。満席に近い状態で席は埋まっていて、客層は俺達より上の年代が多く見受けられる。一条ならこの中でもまったく違和感がないが、自分で感じるいたたまれなさを考えると俺はどう考えても場違いだ。


 映画のチケット代は払った。ポップコーンとウーロン茶はいくらくらいだったか。適当に千円札を置いておけばさすがに足りるだろ。本人が言う通り逃げられない場所ではない。電車の本数が少ないから駅で捕まる可能性はあるか。スマホで時刻表を調べたいが、その瞬間に行動が筒抜けになる。


「……心理的に逃げ場がないってことか」


 アエオンの中にあるチェーン店を牢獄にするなんて恐ろしい女だ。これからさらなる尋問が始まる。

 イメージしろ。俺と一条がハードプレイしている姿を。注文している一条をじっと見つめて脳内で着替えさせる。ちょうど昨日見た動画はボンテージを纏った外交人女性が鎖に繋がれて体の自由を奪われたまま巨漢に好き放題されていた。


 スパイ容疑で捕まった一条が、俺の手によって身も心も裸にされる。思考盗聴させるには打ってつけだ。実際の立場は逆でも構わない。俺の心は絶対に折れないことを示してやる。


「お待たせ。これがわたしのオススメ。サーモンとアボカドのサンドイッチと抹茶フラペチーノ」


「ああ、うん。ありがとう」


「緑と赤の組み合わせっていいよね。たぬきときつねだってこの色だし、マグロのお寿司だってバレンとかワサビを仲間に入れたらこの組み合わせだもん」


「うん……?」


「とにかくわたしのオススメだから食べて食べて。その代わり、質問には絶対に答えてもらうから」


「食べなかったら答えなくてもいいの?」


「ダーメ。拒否権はありません。わたしが強制的に食べさせます。友達なのにイタいカップルみたいなことされるのイヤでしょ?」


「くっ……!」


 人間の尊厳を傷つけるタイプの拷問か! 恋愛感情を抱いていないのを喜んでいたのはこのためだったとは。ご褒美になるか拷問になるかの境目に俺は立っていたわけだ。


「さあさあ召し上がれ。一口食べたら、質問するから」


 最後の晩餐ならぬ最後の昼食が敵の奢りとはなんとも不服だ。ニコニコと嬉しそうに俺の顔を見つめているが、脳内のお前は苦悶の表情を浮かべているぞ。痛みと快楽の狭間で揺れ動くスパイの顔は堪らないな!


「…………うまい」


「でしょでしょ! トロっとした食感がクセになるんだよ。栄養もあるしスパイにとって最高の食事だと思うんだ。抹茶のフラペチーノも甘すぎないから飲んでみて」


 自白剤でも仕込んでるんじゃないかと疑うレベルで勧めてくる。強引に口に押し込められるよりかは自らの意思で口に運ぶ方がまだ味わえると思い食べているが、一条のオススメにしては満足度は高った。


「と、いうわけで本題です。宇宙評議会ってなんですか?」


「…………は?」


「とぼけても無駄だよ。影野くんが使ってる本垢、#宇宙評議会が付いたポストがいっぱいあるもん」


 証拠だと言わんばかりのkagenouのページを開いて見せつけてきた。そんなものを出されなくてもわかっている。ほとんどが#宇宙評議会で発言してるんだから。


「とぼけてるのは一条さんでしょ。宇宙評議会のスパイのくせに」


 ついに言ってしまった。これで俺は真実を知る者として認知された。宇宙評議会の攻撃対象だ。エクスバーンはまだ使えない。将来、宇宙評議会を滅ぼす可能性が潰えてしまった。だが、同志は着実に増えている。俺を消したとしても第二、第三の脅威がお前らを襲うだろう。せいぜいスパイを使って奴隷を増やすんだな!


 脳内で一条を犯しながらサンドイッチを頬張る。最後の昼食にしてはやや豪華さに欠けるが、最後に食べるのは意外とこういうのが良いのかもしれない。


「わたしが宇宙評議会のスパイ? えぇ……それはないよ」


「俺が正直に答えたんだから一条さんも正直に答えてよ。宇宙評議会のスパイってバレたから俺を消すんだろ?」


「消す? 影野くんを? もっとないない。友達を消すなんて。あっ! でも、裏切りをしたらあるかもね。そういう展開。今までの思い出を振り返りながら説得して、それでもお前は裏切るんだなって。さっき見た映画のラストみたいに頭をパンッって」


 ベーグルを頬張りながら一条は興奮気味に語っている。こいつ、二重人格なのか?

 籠絡する人格と敵を消す人格がいて、今は籠絡モードだから俺に好意的な言動をしている。


 どんな条件で切り替わるかわからないが、この人格でいてくれる間は命の保証はされていると考えていい。


 これはすごい情報だ。もし他のスパイも全員多重人格なら、切り替わる前なら戦闘力は低いことになる。エクスバーンが使えなくてもタイミングを見計らえば制圧できるかもしれない。


 絶対に同志たちに伝えたい。#宇宙評議会を監視していたとして、これは覆りようのない事実だ。


 どうにかしてこの場を生き延びなければ。


ちょうど脳内の一条は何度も絶頂を迎えて意識を失ったところだ。この人格に思考盗聴の能力はない。こちらの考えを読まれる心配がなければ、真実を混ぜた偽情報で切り抜けることはできる。


「くくく……」


 一条と過ごすこの時間が楽しくなってきた。

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