第30話 待ち合わせ

 俺、影野悟は休日に宇宙評議会のスパイと接触を試みることにした。


 周囲に籠絡されたクラスメイトの姿はない。学校の最寄駅から考えると相当離れた場所を一条は指定した。あいつに指定されることで伏兵を送り込まれる懸念はあったが、こちらが全て決めると怪しまれるかもしれない。ある程度の主導権を渡すことによって油断させる作戦だ。


「早く着きすぎた」


 移動の段階で誰かに見られる可能性を考慮して現地集合にしたはいいが、思っていたよりも早く到着してしまった。乗り換える度に電車の本数が減っていくので余裕を持った結果がこれだ。


 駅前にはおあつらえ向きの噴水が会ったのでそれを目印に立っている。さっき一条にはメッセージを送っておいた。逃げも隠れもしないという覚悟の表明だ。


 まあ、スマホの電源さえ入っていれば電波攻撃で位置を特定するのは容易だろうがな。一応、相手の正体を知らない一般人の設定を守るために形だけでも待ち合わせの体裁を整えた。


 メッセージを送ったついでに同志たちへ向けたポストを考える。


 ―これからスパイと二人で会う。電波攻撃を防ぐためにスマホの電源は落とす。もし明日になってもポストがなければ……察してほしい。 #宇宙評議会 ―


 ここまで入力して下書きに保存した。これを投稿すれば同志だけでなく一条にも見られてしまう。


 相互フォローの何人かにスパイが#宇宙評議会を監視していることを伝えてから数日、Zの活動はかなり落ち着いている。パタリと流れが止まると警戒心が露骨なので当たり障りのない偽情報をポストする同志もいるが、以前ほどの活気を感じられない。


 Zを心の拠り所にしていた俺にとって辛い状況だ。こうして一条を待つ間にも同志たちのアドバイスを受けたいのにそれすらできない。


「ごめんごめん。お待たせ」


「あ、うん」


 大人っぽいロングスカートにカーディガンという秋らしい装いは一条の長い黒髪の艶やかさをより引き立てていた。通りがかる人が一瞬どころか数秒釘付けになるのも頷ける。


 その誰もが注目する美人が陰気なダメ男に声を掛ける姿を見たら、ほとんどの人間は俺がお金を払っていると思うことだろう。


 だが真実は違う。宇宙評議会を滅ぼす力を秘めた俺を一条は狙っていて、俺は逆に相手の情報を引き出そうとしている。見えない火花がバチバチと散っているのだ。


「電車が一時間に二本ってすごいよね。一本逃したら絶対遅刻じゃん」


「おかげで誰もいない」


「影野くん超ポジティブ! わたしも遠くの映画館を探したかいがあったってもんよ」


「…………」


 電車の本数が少ないということは駅に来る人も少ない。一条と一緒に降車した人達もすでに自分の目的地へ向かっているから広い場所にも関わらずほぼ二人きりみたいになっている。


 例えば強力な毒針で一刺しすれば目撃者ゼロで俺を消せる。そんな緊張感を持つ俺とは対称的に一条は饒舌だ。学校と同じテンションでペラペラと話す。周りにクラスメイトがいないからキャラを作る必要はないのに意識が高いことだ。


「上映まで時間があるからちょっと散歩しない? 映画館が入ってるアエオン以外なんもないのって逆にすごいし」


「ああ、うん」


 地元の人がいなくてよかった。事実とはいえ、アエオン以外なにもないは結構失礼だ。誰からも好かれるキャラを貫くのは学校だけでのものなのか? このあたりの住民は籠絡する対象になってないのであれば、もしかしたら宇宙評議会に対抗するヒントになるかもしれない。


 アエオンしかないのは宇宙評議会から目を付けられないようにするためで、実は地下にシェルターが建設されているとか、激しい戦いが起きても被害を抑えられるとか理由は考えられる。


「くくく……」


「影野くんってたまに怪しい笑い方するよね。テノールも出せるしめっちゃおもしろい」


「っ!?」


 しまった。つい笑いがこぼれてしまった。スパイが隣にいるのに油断した。普段感情を隠している分、嬉しいことがあるとそれを抑えることができない。俺の弱点だ。


「もっとみんなと絡んだらいいのに。わたしが紹介してあげよっか?」


「……いい」


「孤高な男って感じ? そういうのに憧れるんだ?」


「そんなとこ」


「いいねいいね。世の中にはそういう人も必要だよ。職人気質っていうのかな。言葉じゃなくて背中で語る的な」


 俺はお前に籠絡されたやつらと関わりたくないだけだ! Zでは言葉で語っている。背中の写真を載せても意味ないし。こいつが勝手に人物像を作り上げる目的がわからない。


 わざと怒らせて音声データを収集するつもりなら意味はないぞ。同志は俺の声を知らない。俺達は音声によるコミュニケーションを好まない。音声配信の機能はあるにはあるが、今まで誰も使っていない。


 合成音声で同志たちを混乱させようと考えているのなら不発に終わるのは目に見えている。キラキラ女子高生ゆえに俺達への理解が足りていない。一条に一泡吹かせるとしたらここだ。


 常識の違い。その差を利用して墓穴を掘らせる。


「今日の映画ってシリーズものだけど前のは見たことある? テレビで見たんだっけ?」


「うん。おもしろかったと思う」


「だよねだよね。憧れちゃうよね。毎回アクションシーンがすごくて映画館で見ると迫力が違うから! シリーズを重ねるごとに激しくなるから初めてが今日って羨ましいかも」


「そうなんだ」


「あ、でも、初めてが激しいともう前の自分には戻れないかも。1のリバイバル上映から誘えばよかった!」


 心底悔しそうにする一条はタダの映画オタクみたいで、その自然な芝居はアカデミー賞クラスだった。宇宙人側の人間のくせに宇宙人を倒す映画が好きなふりをできるなんてメンタルが強い証拠だ。


 最終的な目的のためなら自分の心すらも偽れる。実にスパイらしい行動原理だ。


「ほんとになんにもないね。家も少ないし、このアエオンやっていけてるのかな」


「車が多いみたいだ」


「たしかに。駐車場いっぱい。って、そろそろ行かないと! 発券まで時間かかりそう」


「あっ」


 以前は一条の拳を上から握ったが、今日は反対に一条から握られてしまった。ふわふわで柔らかくて、ヒンヤリした感触が心地良い。


 教室で他の男子と手を繋いでいるところを見たことはない。誰にも見られていないから大胆な行動に出た。そんなことくらいで俺の心は揺らがない。


 心臓がうるさくなったのは小走りしているからだ。

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