第29話 キャッチボール
わたしは一条きらら。謎の組織から世界を守るスパイ……という設定で影野くんと遊ぶ女子高生。
ついに影野くんがメインで使っているZアカウントを突き止めた! 絶対裏があると思って怪しいワードで検索してそれっぽいアカウントを見つけてはなんか違うなを繰り返し、ようやく辿り着いたのがkagenouってわけ。
Kageno(影野)+ou(王)でkagenou(影の王)なんてなかなか中二心をくすぐるアカウントだ。魔法の練習をしていたのも頷ける。
一か八かでリプを送ってみたら見事ビンゴ! 相互フォローになって、おまけに映画も見に行けることになった。
わたしを誘い出すっていう目的を達成したから映画が楽しみになったのかな。下心がない男友達とスパイ映画を見られるなんて最高!
裏アカウントが気になったのは変な流出とか警戒したんだよね。ちょっとからかうつもりで攻めて返信を送ったけど、影野くんはさらっと流してくれるはず。
誕生日はカモフラージュしてるけどわたしのアカウントはこの一つだけ。変に二個目や三個目を作って誰かにバレるとみんなとの関係がぎくしゃくしちゃうから包み隠さず一つのアカウントで頑張ってる。
本当は影野くんみたいにダミーを作った方が楽しい。みんなを欺きたい気持ちと、趣味と実用を兼ねる以上は表裏のないSNS活用をした方が良いって考える現実的な自分がいる。
さてさて、影野くんは遠くの映画館をご所望だ。男子がリードすべきなんて古い考えは持っていない。対等な友達だし、最初はわたしが誘ったんだからしっかりリサーチした。
―やっほー! 今平気? ―
メッセージなんて都合が付く時に見て、お互いの時間を気にせずに送り合えばいいのになぜかリアルタイムで会話のキャッチボールをしたかった。
友達の中では圧倒的に言葉のやり取りが少ない。お互いにスパイだから当然なんだけど、今この時だけはただの友達でいたかった。
―平気だけど ―
影野くんはZに入り浸ってる。最近は学校にいる間はあんまり投稿してないみたいだけど、家にいる時間帯はとにかく#宇宙評議会を付けたポストが多い。
なんか同じ趣味を持つ人が集まってるみたいで、宇宙人と戦ってるみたいだった。影野くんのスパイとしての意識の高さは明確な敵の存在だとわかって感動したものだ。
―今度の日曜日は本当に一緒に映画行ってくれるんだよね!? ―
影野くんに限って一時しのぎのウソなんてつかないと思うけど念のための確認。
言質を取って、メッセージを削除される前にスクショも保存しちゃうんだから。
―日曜にするんだ。まあ約束しちゃったし ―
はいスクショ! この一連の流れをしっかり保存しちゃった。これでもう絶対に言い逃れはできない。
―場所はわたしが決めるね。―
希望は遠くの映画館。知り合いに見られない場所がいいっていうのはわたしも同意見。下心がないのに周りから誤解されたらイヤだもんね。わたしと影野くんはお互いにスパイになりきる秘密の関係。それも含めて楽しめるのがこの趣味のいいところだ。
―時間は早めでいいかな? あんまり混んでると映画に集中できなくて ―
―好きにしていい。 ―
返信は味気ない。照れてるのかスパイらしく必要最低限のことしか書かないにしてるのか、どっちにしてもわたしにとっては安心できる。
実は下心を隠しに隠して、慣れない土地で二人きりになったらオオカミに変身なんてことは影野くんなら絶対にない……はず。
裏垢のことを聞かれたときはちょっとからかっちゃったけど、試してみようかな。
―ところで影野くん。わたしの裏垢があったら知りたい? ―
自分から積極的に教える裏垢なんて偽物もいいところだ。簡単に食いつくようならちょっと評価が下がっちゃうよ。さあ、どうする影野くん!
―本人がないっていうならないんじゃない? ―
即答でクール! わたしの言葉を信じてる上に深掘りもしない。スパイなら自分で探す。そういう強い意志も感じさせる返答に思わず身悶えする。
影野くんと良い感じに会話のキャッチボールができてる!
だんだん友達らしい距離感になってるんじゃないかな。
思い切ってZのアカウントを特定してよかった。面と向かって会話するよりこういう文字のやり取りの方が影野くんは好きみたい。
「核心を突くのはまだ早い……かなぁ」
ベッドの上でゴロゴロしながら文字を入力しては消してを繰り返す。こんなにも男子に送るメッセージで悩むなんて初めてかもしれない。変に好意を抱かれないように、だけど嫌われない適度な距離感を保つのは得意なのに、本当に聞きたいことを聞けない。
スパイとしてコミュニケーション能力がかなり上がったと思っていたけど、高い壁というのはまだ存在している。
「宇宙評議会ってなんなんだろう」
ハッシュタグが付いたポストをざっと追った感じ、スパイを送り込んで日常生活に溶け込んでいるらしい。なんでもクラスにもスパイがいるんだとか。
「う~ん……誰なんだろ」
わたしが知る限り、平和を脅かすようなクラスメイトはいない。影野くんだけが気付いているのだとしたらそれはすごいことだ。
最近モエちゃんと仲が良いのって、実は尋問してたのかな。
「でもモエちゃんかぁ……」
意外な人物ではある。宇宙人っぽさはあるけど、人類の敵かと言われるとすごく微妙。どちらかといえば癒しを提供してくれている。
「うん。こういうのは直接話そう!」
入力しかけていたメッセージを完全に削除してスマホを置いた。裏垢の件をハッキリ否定しないのは影野くんをちょっと焦らすため。
興味がないってわかっていても、多少は悶々としてほしい。いつも見てる動画に比べたら全然子供の体かもしれないけど、少しくらいは意識してほしいっていうワガママだ。
だってわたしと映画だよ? クラスの男子はみんな羨ましがる一大イベントだって考えちゃうのは自意識過剰かな。
影野くんは苦手かもだけど、周りに知ってる人がいない環境なら意外とおしゃべりになるかもしれない。せっかく一緒に映画を見に行くんだ。スパイらしく腹を探り合おうじゃないか。
わたしも謎の組織なんてざっくりした存在じゃなくて、宇宙評議会と戦ってみようかな。
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