第24話 ハッシュタグ
―どうにか無事に帰宅することができた。やつらもそう簡単には命を消すことはできないらしい。 #宇宙評議会 ―
自宅に戻り電波攻撃や思考盗聴の心配がなくなったところでZで生存報告をした。天音が敵か味方かの判断は先送りされたが、すぐに宇宙評議会の手によって消されることもなさそうなのでひとまず安心だ。
―しかし油断は禁物ですぞ。学校という場所は特にスパイに籠絡された者が多い。スパイの一声で暴徒と化す可能性もあります。 #宇宙評議会 ―
―男なんて色目を使えばすぐ言うこと聞くからね。スパイも今は良いかもしれないけど、地球が侵略されたら捨てられるんだから! #宇宙評議会 ―
―まあまあ落ち着いて。我々は真実に気付いた勝者。勝利を手にした暁には哀れみの目で救いを差し伸べてあげましょう。 #宇宙評議会 ―
やはりZは落ち着く。中でも#宇宙評議会は同志しかいないから心地良い。世界中の同志が一堂に会するなんて本当にすごい場所だ。
「世界中……?」
Zは世界各国でサービスを提供しているSNSだ。俺がお世話になっている動画も海外のアカウントが投稿していて英語で言語でコメントが付いている。アジア系の人が出演している動画だと中国語やどこの国かわからない謎の言語のこともあるが、たいては英語だ。
たしかにこのアカウントは世界中のポストを閲覧している。しかし#宇宙評議会はどうだ。全員日本語を使っている。ハッシュタグが日本語だから当然ではあるが、他の国では宇宙評議会とどのように戦っているんだ。
―外国の同志はどんなハッシュタグを使ってるんですか? #宇宙評議会 ―
話の流れを切るようで申し訳なかったが、遠回しに尋ねるようなことでもない。素直な疑問を投げかけた。
―その国によっていろいろだよ。宇宙評議会を英訳したりフランス語訳したり。安心して。完全にやつらの手に堕ちた国はまだ存在していない。手こずってるよ。 #宇宙評議会 ―
―よかった。各国に同志はいるんですね。 #宇宙評議会 ―
―僕はアメリカに在住してる日本の同志だよ。だから英語のハッシュタグもたまに覗いてる。こっちはすごいよ。家全体をアルミホイルで覆った人もいるんだ! #宇宙評議会 ―
話を盛っているわけじゃないと言わんばかりに銀ギラに輝く一軒家の画像が投稿された。これならどんな電波攻撃も防ぐことができる。シェルターを持つ人だっているような国だ。スケールが違う。
「天音は海外のハッシュタグを使ってるのか?」
もしZで#宇宙評議会を見ているのならこの中に天音がいるはず。もちろん閲覧だけで一切投稿していない線もあるが、俺がこれだけ活発に発言しているんだ。もしかしたらカゲノクンかもしれないと気付いてもいい。
「……天音には難しいな」
スパイなら相手を油断させるための天然キャラだと説明が付くが、同志の場合はただのほわほわした女子高生だ。俺みたいに秘めたる力があるとは考えにくい。あれだけボーっとしていながら世界の真実に気付いたのは奇跡みたいなものだ。
「いつまでも放置しておくわけにはいかない」
同志かスパイかで付き合い方は当然変わる。共に一条と戦うのかスパイ同士で潰し合わせるのかでは雲泥の差だ。
日本人しか使っていない日本語のハッシュタグ。もし天音が同志なら、少しくらいは#宇宙評議会を見るはずだ。その可能性に賭ける。天音にしかわからない情報を流し、俺のアカウントに食いつかせる。
「問題は本当に同志かどうかだ」
やつらが秘密裏に#宇宙評議会を監視し泳がせていたら墓穴を掘ることになる。天音本人がスパイであることを否定したくなるような、そしてスパイなら俺のアカウントを特定して攻撃するような、相手の立場がどちらでも確実に食いつかせる最高に美味しいエサ。
俺と友達になりたいのならZくらいチェックしてくれよ。
そんな願いを込めて一件のポストを投稿した。
―実は今日、スパイにケーキを奢ったんだ。餌付けすれば簡単に情報を引き出せるかなって。でも意外と口が堅かった。もちろんこちらの情報は一切渡してないし思考盗聴の対策は完璧だ。 #宇宙評議会 ―
―めっちゃ責めてて草 #宇宙評議会 ―
―本当に無事に帰宅できたのが奇跡。やはり勇者だ。 #宇宙評議会 ―
―ケーキを奢ったって……スパイに籠絡されてるんじゃないの? うちらの仲間だっていう証拠は? #宇宙評議会 ―
好意的な意見だけではなく厳しい指摘もあった。むしろ嬉しい。なまぬるい関係だったら宇宙評議会が付け入る隙を生み出すことになる。
「って言われても。証拠か」
出せるものなら証拠を出して身の潔白を証明したい。例えばアルミホイルハットの画像を投稿しても、どこかから拾ってくればいくらでも捏造できる。俺にしかできないオリジナリティ溢れる証拠を見せて完璧に信頼してもらいたい。
エクスバーンの修行風景を動画に撮ってアップすれば説得力はあるが、身元を特定されて自分を危険に晒してしまう。
―悩んでるわね。よかった。すぐにアルミホイルハットやレンチンした個人情報カードの画像を出してきてらギルティだった。 #宇宙評議会
―え? どういうことですか? #宇宙評議会 ―
―証拠を出せと言われてすぐに出せるってことは、常日頃から身の潔白を証明する手段を用意してるってこと。ふつうそんなことしないでしょ? #宇宙評議会 ―
―試すようなマネをしてごめんなさい。スパイ疑惑のある子が味方かもって言うから籠絡されたのかと思って。私達は真実に気付いた者を拒まない。未来の勇者が信じた人だもの。 #宇宙評議会 ―
「ぐすっ」
思わず涙がこぼれた。俺が天音を試すように、同志の中にも俺を試す人がいた。そして、信じてもらえた。
顔を見たことないし声も聴いたことがない、文字だけのやり取りを続けているだけなのにすごく親近感が湧く。
この不思議な感覚は学校で味わうことがなかった。俺の居場所はZ、ハッシュタグ#宇宙評議会にある。
天音はいつZを閲覧しているのだろう。リアルタイムで同志とやり取りすることが多いので、後から自分のポストを見られるというのはちょっと恥ずかしい。
今の俺から未来の天音に投げかけた想い。共に宇宙評議会と戦おう!
この願いが叶うことを信じて、俺はスマホを閉じた。
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