第23話 ふわふわ

「マジか……」


 向かい合えば10人で使える大きなテーブルの真ん中を陣取りこくこくと居眠りをしていた。ちょっとフライング気味に教室を出たので周りに人はいない。これからどんどん埋まっていくのだろう。二人で食べるんだから窓側の小さなテーブルで十分なのにどういうセンスをしてるんだ。


「天音さん」


 ご要望通りのハンバーグと自分用のオムライスを乗せたトレイを持ったまま声を掛けても起きる気配は一切ない。


「天音さーん」


 さすがに席を移動したいのでトレイは置かないし、何度も女子の体を触るのはよくない。これから同志になるかもしれない相手なら尚更だ。あくまでも宇宙評議会に対抗する仲間であって恋愛感情的なものを抱いてはいけない。そういう邪な気持ちを持って生きれば一条たちスパイと同じになってしまう。


 一旦トレイを置いて肩を揺さぶっても起きる気配は全くない。午前の授業はほとんど寝ていて今もこんなに熟睡するなんてどんだけ眠いんだ。なにかの病気なんじゃないかと心配になる。


「おーい。生きてるかー」


 食堂の入り口の方からどよめきが聞こえてきた。多くの教室で授業が終わり、大勢の生徒がここにやってくる。集団で食べたい人達にとってテーブルの真ん中を二人で使うというのは非常に迷惑な話だ。


 どけと言われたら素直にどくが、俺だけ移動させられて天音はチャラい男子生徒に絡まれる可能性がある。ボーっとしてて反抗しないからそのまま……ちょっと興奮してしまった。


 外見は子供っぽくても同じ高校生。心も体もしっかり成長していて、できることはできるはず。Zで見る海外のすごいボディとは違う魅力と背徳感が天音にはある。スパイ疑惑を掛ける前はそういう目で見ていたのは事実だし、その疑惑が解けかけているからこそ安易に想像してしまった。


「おい。いい加減起きろ。ハンバーグ食べちゃうぞ」


「エッ!?」


「……これで起きるのか」


 わりと大きな声で呼びかけても物理的な刺激を与えても起きなかった天音がハッと目覚めた。どれだけ俺にハンバーグを取られるのがイヤなんだよ。安い買い物ではないけどさ。


「ヨカッタ。タベラレテナイ」


「人のものは取らん。なあ、あっちに移動しないか。ここを二人で使うのは」


「ミンナニ ミセツケル。ワタシト カゲノクン ナカガイイ」


「仲が良いってほどじゃ……」


 一条みたいなタイプなら一度お昼を一緒に食べたら親友くらいのノリだろうが、俺はそういうタイプじゃない。そもそもお互いにちゃんと知ってるのは名前くらいだ。これから相手のことを探ろうとしているのに仲が良いというのはさすがには無理がある。


「オムライスモ オイシソウ」


「……窓側の席に移動したら一口やる」


「ワカッタ。スグニイドウシヨウ」


「ちょろ……」


「ナンカイッタ?」


「なんでもない」


 まさかオムライス一口で簡単に懐柔できるとは思わなかった。食堂で大量に作っているにしては卵は見るからにふわふわで、スプーンを入れたらじゅわっとトロトロに溶けそうで美味しそうなのは事実。


 何気にここの食堂はレベルが高い。城北高校を卒業して社会人になった先輩の話を聞くみたいな授業でも、また食堂でご飯を食べたいと熱を込めて話してた人もいたっけ。ウケ狙いだと思っていたけど今ならその気持ちがよく理解できる。


「カゲノクンカラ サソッテクレテ ウレシイ」


「お金、まだあったし」


「リチギダネ。オカネノカンリガシッカリシテルノ ポイントタカイ」


「なんのポイントだよ」


「ケッコンノ」


「ぷふぉっ!」


 まだ友達でもないのにいきなり結婚とかおかしなことを言うから噴き出してしまった。ツバはかかってないよな?

 自分のツバがかかった料理を外見は可愛いクラスメイトに食べさせる趣味はない。間接キスとは一味違う特殊な関係を持つところだった。


「ダイジョウブ?」


「ああ、平気。ここでいいよね。隅っこは落ち着く」


 天音のセンスに任せられないのでリードする形で半ば強制的に食堂の端へと移動した。教室でも端の席だからもうこういう位置じゃないと生活できない体になっている。


「カゲノクン ハ ウチュウジン キライ?」


「え?」


「キライ? テキダトオモウ?」


 トレイを置くタイミングで核心を突く質問をされて手が震えた。危うく料理をこぼすところだった。


「ドウシタノ? ナンカドウヨウシテル」


「そ、そうかな。突拍子もない質問で驚いただけ」


「ウチュウジンヲ シンジテル。ソレハワカッタ」


「なんでさ。いるかどうかも微妙じゃないかな」


「ソンナコトナイ ウチュウジンハ イル」


「そうなんだ。実は天音さんが宇宙人だったり?」


 俺のカウンターに今度は天音の目が泳ぐ。いつもぽわぽわして人の話なんて聞き流しているのに、露骨に顔が強張っている。

 さすがに宇宙人ではないだろうが、宇宙人と関わりがあるのは間違いない。やはりスパイだったか。


「ワタシガ ウチュウジン ダッタラ カゲノクンノ テキ?」


「悪い宇宙人ならね。当然じゃないかな」


「ナラヨカッタ。オムライス チョウダイ」


「え? そうなるの?」


「ウン。アンシンシタ。カゲノクン ポイントタカイ」


 俺よりも先にオムライスをスプーンですくって頬張ると満足そうに咀嚼する。それ、俺のスプーンなんだけど。ハンバーグ用のフォークでオムライスを食えと?


「ア、 ゴメン。スプーン……」


「いいよ。替えをもらってくるから」


「コレ ツカッテイイヨ。カンセツキス。ナカヨシノアカシ」


「……ダメだろ。友達だとしても」


「ワタシト カゲノクン トモダチナンダネ。ホンニンコウニン」


「ぐっ……」


「ハツオンハ アンマリダケド アゲハシハ トレル」


「天音さんの日本語はもう完璧だよ。スプーン取ってくる間にオムライス全部食べないでよ。これ、振りじゃないから」


「ワカッテル。ヤメテ ハ ヤレ ノ アイズ」


「それは芸人の間だけだから! 自分のハンバーグ食べてて」


 さすがにオムライスとハンバーグを両方とも平らげることはないだろう。オムライスを完食されたら代わりにハンバーグをいただいてやる。ちょっと心配になって一瞬だけ振り返ると天音は大人しく待っていた。


 一緒に食べるつもりらしい。


「友達……か」


 ちょっと強引だけど悪い気はしない。悪い宇宙人なら敵。天音は俺を敵視していない。宇宙評議会に対して敵意を抱いているという確証は得られなかった。


 味方寄りではあるが、完全に信頼できるほどではない。


「もう一押し何かあればな」


 こちらから踏み込んで罠にハマるのは恐い。それはきっと天音も同じで、俺を敵か味方か判断するために仕掛けているのだろう。


 替えのスプーンを食器入れから取り出して、財布にはまだ天音から受け取ったお金が少し残っていたことを思い出す。

 110円。メイン料理は買えないが、お得なケーキくらいなら1つ買える。コンビニよりも安い値段で提供されるスイーツは人気メニューだ。


 選択肢は少ないがまだ残っている。2週目というのはちょっと恥ずかしいが、おばちゃんだっていちいち買いにきた生徒のことなんて覚えてないだろう。

 天音の好みはよくわからないので無難なショートケーキを一つ小皿に乗せて会計へと向かう。


「あら。彼女にプレゼント? 青春ねぇ」


「え……いや、あの」


「最近はブランドものをプレゼントしないと満足しない子が多いでしょ。ケーキで喜んでくれるなんて素敵じゃない。大切にするのよ」


「……はい」


 友達かどうかも若干怪しいくらいの関係だがおばちゃんの勢いがすごくて否定も説明もできなかった。もう天音と一緒に食堂には来れないな。これでしっかりもらった千円分は使い切ったわけだし、来ることもないが。


「勝手に使ったけど、まあ許してくれるだろ。なんなら喜ぶはずだ」


 一つのケーキに小さいフォークと大きめのスプーンという奇妙な組み合わせで席に戻るとなんと天音は起きたまま待っていた。


「オソイ。オナカスイタ」


 そんなに待たせてはいないのにほっぺを膨らませて不満そうだ。子供を持つ親ってこういう気持ちなんだろうな。怒る姿がかわいくて、これも思い出の一つになってしまう。


「ごめん。この前のカレーと今日のハンバーグで110円残ったから、ケーキ買ってきた。……お釣り渡す方が良かった?」


 さっきまで不服そうにしていたのに表情が一気に明るくなる。なんてチョロいんだ。知らないおじさんにお菓子で釣られたら簡単に付いていくんじゃないか?


「ケーキ ウレシイ! カゲノクン サラニポイントツイカ」


「謎のポイントを勝手に追加しないでくれ」


 俺がイスに座ると同時に天音はハンバーグを食べ始めた。よほどお腹が空いていたらしい。

 さて、どう切り出したものか。あまり宇宙人についてしつこく聞くと怪しまれてしまいそうだ。


 せめてスパイかどうかだけでも判別できればいいんだが……。


「カゲノクンハ ヨキユウジン」


「お、おう」


 別に奢ったわけじゃない。半ば強引に押し付けられたお金の範囲で買ったに過ぎない。多少パシリっぽい面はあったが、天音的には友達ということになるらしい。


 なんだかふわふわした時間が過ぎていく。宇宙評議会から命を狙われている状況には変わりないのに、ほんの少しだけ心が安らいだ。


 天音が同志だったら……そんな考えが強くなる。

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