第22話 お誘い

 一時間目が終わった後の休み時間、二時間目が終わった後の休み時間、三時間目が終わった後の休み時間を生きて終えることができた。


 お昼に誘っておいて昼休み前に死んだら天音に迷惑が掛かる。同志だった場合はだけどな。だからあえてこの時まで待っていた。声を掛けるタイミングを見計らっていたわけじゃない。相手への配慮だ。


 四時間目の終わりが近付いている。あと五分。天音はボーっとしているがよく一緒にいる友人がいる。そいつらよりも先に声を掛ける。教室の一番後ろから一番前。距離はあるが、すぐに飛び出せば間に合う。


 ……俺はそんなキャラじゃない。授業が終わって即誰かに話しかけるキラキラとした学生生活を送ったことは一日たりともない。明らかに不自然だ。しかし、もし天音が味方ならこのチャンスを逃す手はない。


 授業が終わってすぐではなく、雑踏に紛れてじわじわと近付く。いつも天音とつるんでいる友人もそこまで席は近くない。明確な目的を持った俺の方が先に到着するはずだ。


 あと三分。勝負の時が迫っていた。


 先生も疲れているのか四時間目はちょっと早めに終わる傾向がある。フライング気味に終われば食堂組も購買組も一足先に買い物ができるからとてもありがたがられる。人気がちょっとだけアップするというわけだ。


 天音を食堂に誘うなら早めに授業が終わってくれるととても助かる。どうせなら端の席を確保して、あまり注目されない場所でじっくりとスパイか同志かを見極めたかった。


 あと二分。個人的にはキリが良いのでもう授業が終わっても良いと思うが先生はどうだ? ここでさらに教科書のページをめくったり板書を始めると人気が下がるぞ。


「よし。ちょっと早いけどここで終わりにしておくか」


 きた! 神様は俺の味方だ。授業が早く終わると解放感からかクラスはざわめく。まだ他のクラスは授業中だから静かにと言われてもその衝動は簡単に抑えられるものではないのだ。


 終業の挨拶をするとクラスメイト達はざわざわと動き出す。他のクラスがまだ教室に縛られているアドバンテージを利用しない手はない。お互いにテレパシーでも送っていたかのように示し合わせたように教室を一緒に飛び出すやつもいるくらいだ。


 だから、誰も俺を気にしていない。人気者の一条はいつも通り友人に捕まっている。これがやつの弱点だ。


 肝心の天音は寝起きのせいかボーっと立っている。本当によく寝るやつだ。こいつが味方になっても戦力になるのか……なんて考えるのは野暮だ。俺は一応起きてはいるけど授業内容は頭に入ってない。


 もしかしたら深夜に宇宙評議会と戦っているのかもしれない。それなら学校で寝ているのも納得だ。


 一歩二歩と確実に天音に近付く。こんな風に自分から女子に話しかける日が来るなんて思ってもみなかった。特に真実を知り、クラスメイトが一条に籠絡されているとわかってからは誰とも関わる気が起きない。


 大丈夫。こっちには口実がある。もし天音がスパイでも、遠からず俺は宇宙評議会に消されるんだ。ダメで元々。生き残る小さな希望だ。


「あの、天音……さん」


「カゲノクン!」


 ぽやぽやと眠そうだったのにパァっと明るい笑顔で振り向いた。まるで子供みたいな無邪気な表情は味方であるという意志表示みたいで心を許しそうになる。でもダメだ。まだ油断するな。


「この前の、お金残ってるから」


「ソウダッタ! ワスレテタ」


 忘れてたんかい! いつ教室で話し掛けれて変な噂が立たないか心配してたのに。しかもこっちは死ぬまでに約束を果たさないといけないプレッシャーまで感じてたんだぞ。


「せっかく早く授業が終わったから食堂行こうか。席取りは任せる」


「マカサレタ。ワタシ ハンバーグタベタイ」


「了解」


 それだけ言い残して一人教室を出た。何も一緒に歩くことはない。さすがに天音でも二人分の席を確保するくらいはできるだろう。あえて真ん中の人が多い場所ではなく、陽光が心地良い窓側の席を選ぶはずだ。その方が気持ち良くうたた寝できるしな。そうだよな天音? 信じてるぞ。



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