第21話 緊張
俺、影野悟は怯えながら教室に入った。エクスバーンの修行を見られてしまった以上、宇宙評議会は俺を消しにくる。力が覚醒する前ならただのダメ男。消すのは容易い。
警察沙汰を避けるために表立った動きをしないと踏んでいたが、やつらの脅威と認識されればそうは言っていられないだろう。事件の一つや二つくらいなら宇宙評議会の力でもみ消せる。
一条に籠絡されたクラスメイトたちが一斉に襲い掛かってくるかもしれない。だけどそんな不確かな理由で学校を休むわけにもいかず、今まで最も緊張する登校を果たした。
「…………」
なにも起きない。
机に爆弾でも仕掛けてあるのかと思いきやそこも無事。窓側の一番後ろの席には誰も近寄ってこないし、前田くんは相変わらずギリギリの登校のようで空席だ。
全員が揃うまでは行動を起こさないのか? 一条はクラス中に挨拶をしながら回っている。ただ挨拶をしているだけのように見えるが、なにかハンドサインを送っているのかもしれない。
クソッ! 電波攻撃さえなければスマホを使えるのに。ここまで窮地に追い込まれているのならいっそ使ってしまおうか。自分一人の力で絶体絶命のピンチを乗り越えるのは不可能だ。
結局エクスバーンの習得もできていない。ほんの少しでも炎を操れれば籠絡されたクラスメイトの物理攻撃程度になら対抗できる。一条が使う下剤効果のある香りや目には見えない電波攻撃は無理だがいくらかマシな状況に持ち込める。
―緊急事態。俺は今日、宇宙評議会の手に堕ちた者たちに蹂躙されるかもしれない。 #宇宙評議会 ―
集団リンチがあれば警察がもみ消してもマスコミは取り扱うだろう。あいつらは学校のスキャンダルが大好きだからな。これが俺の遺言になったとしても、この城北高校には宇宙評議会のスパイがいる。遠回りだが同志に伝えることができる。
―なんと! 学校を休むことは叶わぬのですか? #宇宙評議会 ―
―下手に休むと真実に気付いていると相手に勘付かれる。真実に気付きながらも一般社会に溶け込みながら生きる難しさよ。 #宇宙評議会 ―
―クソッ! もっとみんなが真実を知ればバカな恋愛感情で籠絡されないのに。どうしてあいつらは……! #宇宙評議会 ―
いくら同志たちでもそんなにすぐに解決策を提示できるわけではない。どうせ追い込まれてZにポストするなら、この休みの間に相談しておけばよかった。
―ごめん。実は先週の金曜日の段階で蹂躙されるのはわかってたんだ。詳細は話せないけど、みんなに迷惑を掛けたくなくて。ピンチになって急に寂しくなって、結局ポストしちゃった。ごめん。 #宇宙評議会 ―
もう完全に遺言だ。将来は宇宙評議会を滅ぼす重要人物だともてはやされ、隠された能力も自覚し修行までしたのにこの有り様。もし俺が一条みたいなタイプだったらもっと早く能力を活かせてたのかな。
そんな後悔をしても今更遅い。ダメ男だからZにハマり、真実を知ることができた。モテる理由が一つもないと自覚しているからハニートラップに気付き、どんな手段を使われても平気だった。
―我が人生に悔いなし! #宇宙評議会 ―
文字を入力して、投稿するのは思い止まる。もしこれをネットの海に流したら、俺は本当にここで終わったことになる。これは最後の最後にしよう。まだなにもされていない。される気配すらない。
一旦下書きに保存して別のポストを投稿した。
―お別れの言葉みたいになって申し訳なかった。大丈夫。まだなにもされていない。ただ、そうなる可能性はとても高いんだ。怯える獲物を観察して楽しんでいるのかもしれない。 #宇宙評議会 ―
―本当に最低なやつらだ。たしかもう一人スパイがいるんだろ? お互い仲が悪い。そいつの様子はどうなんだ? #宇宙評議会 ―
同志の言葉にハッとした。たしかに天音は今どうしている? 天音は一条とは違う方向から俺を籠絡しようとしていた。やはり宇宙評議会にとっての危険人物と認識されたら消す側に回るのか?
のんびりと眠そうな顔で登校してきた天音からは殺気じみたものを一切感じない。どちらかといえば平和の象徴みたいな穏やかな顔をしている。
一時間目どころか登校の段階で眠そうなやつはきっと今日の授業も全部居眠りするのだろう。天然ちゃんどころか眠り姫とでも呼ばれてもおかしくない天音の元にハイテンションな一条が近付く。
「おはようモエちゃん!!」
鬱陶しそうに手を振って天音は机に顔を伏せた。今のは何かの合図だったのか? いや、とても意思疎通ができていたように思えない。
自分は作戦に参加しないぞ。一条を拒絶したようにも見えた。
思い返せば天音は宇宙人を倒す映画を嫌っていた。宇宙人側の人間、スパイだからだと思っていたが、そうなると一条の好みは辻褄が合わない。
宇宙評議会のスパイだからこそ、あえて悪い宇宙人を倒す映画が好きだと言う一条。その反対、宇宙評議会を敵視しているから宇宙人は悪くないと宣言することで敵の監視から免れようとしている。
俺と接点を作ろうとしていたのは、同志だから!?
クラスメイトのほとんどは一条に籠絡されている。だから慎重に、何度かコンタクトを取ることで俺が本当に宇宙評議会に敵対する存在なのかを確かめていた。
ハニートラップじみたものを仕掛けてきたのも俺を試していたのなら合点がいく。
「くくく……」
敵だらけだと思っていたクラスに味方がいた。これは非常に心強い。が、まだ確証はない。状況から推測したに過ぎないし、ここまで俺が読むと踏んでの籠絡作戦かもしれない。
―クラスにスパイが二人いると思ったが、そのうち一人はもしかしたら同志かもしれない。 #宇宙評議会 ―
―それは真か? #宇宙評議会 ―
―そうやって油断させる作戦では? まさか、すでに電波攻撃の餌食に!? #宇宙評議会 ―
―みんなが疑うのも無理はない。俺自身もまだ確証を得られていない。安心してくれ。可能性の話だ。 #宇宙評議会 ―
―よかった。冷静ですね。でも同志ならここを見ているのでは? 自分のクラスの状況と酷似していればすぐ反応するはず。 #宇宙評議会 ―
―ですよね。僕もZで宇宙評議会のことを見るまでは何も知りませんでした。 #宇宙評議会 が全ての始まりです。 ―
―スパイ疑惑がかかるような人間は本当に同志なのか? ハニートラップを仕掛けてきたのだろう? #宇宙評議会 ―
同志たちも天音がこちら側という意見には懐疑的だ。すぐに味方だと判定しない姿勢は信頼できる。
―kagenou氏を試していた可能性はある。同じ境遇の学生が他にいても不思議ではない。スパイ共は恋愛感情を利用するのが得意だ。特に男子高校生の、な。 #宇宙評議会 ―
―たしかに。クラス全員が籠絡されているのなら疑心暗鬼にもなるわね。Kagenouさんがそうだったように。 #宇宙評議会 ―
―して、いかがなされるつもりか? 直接声を掛けて実際にはスパイだった場合、非常に危険なのでは? #宇宙評議会 ―
その通りだ。味方なら非常に心強い反面、当初の印象通り宇宙評議会のスパイだったら自らこちらの手の内を晒すことになる。一条にはエクスバーンの修行を見られて、さらに天音に世界の真実を知っていることを明かしたら完全にクロだ。
ライバル関係にある二人が手を組んで俺を消しにくればもうどうしようもない。
「お昼……」
明日も一緒と言われたのに結局まだその強引な約束は果たされていない。天音さんは教室で積極的に俺に声を掛けるタイプじゃないし、俺だって自分からスパイと関わる趣味はない。
あの時もらった千円の余りがまだある。人から金を借りたまま死ぬというのは後味が悪い。どうせピンチなんだ。ここは一つ、思い切って勝負に出るのも悪くない。
俺はスマホの電源を落とした。これ以上Zで相談すると電波攻撃や思考盗聴される可能性がある。一条もまかさ俺が天音を誘うとは思うまい。思考を読まない限りはな!
別にナンパするわけじゃない。そもそも昼休みの約束を取り付けてきたのは天音の方なんだ。押し付けられたお金をちゃんと消費するだけ。もし天音がスパイでも、人として清算すべきことを果たすだけのことだ。
なにもやましいことはない。鼓動がうるさいのは自らスパイの懐に飛び込むが恐いだけだ。女子を誘うのに緊張しているわけじゃない。
天音は女子であって女子じゃない。スパイか同志。敵か味方の二択であって恋愛対象とかそういうのじゃないんだ!
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