第20話 最高すぎ!

わたしは一条きらら。謎の組織から世界を守るスパイ……という設定で、最近友達になった影野くんを家まで尾行した女子高生。


 映画に誘ったら毎週のように法事があるからって断られてしまった悲しき存在。そんなに法事って重なるかなって疑うのはスパイの基本。情報を拷問して聞き出すのはスマートじゃいから尾行することにした。


 ふふ。影野くん、ずっと跡を付けてるのに全然気付かないんだもん。それともわたし、誘い込まれてる?


 今日は友達の家に泊まるって言って野宿を覚悟で影野くん家を監視してたら深夜に動きがあった。ずっと部屋の電気が点いてるから寝落ちしたのかと思ってたけど、この時を待ってたみたい。


 玄関から出てきた影野くんに気付かれないように急いで角に身を潜める。相手には姿を察知されず、こちら側はしっかりと監視できる絶妙な位置取り。何時間も影野くんの家の周りにいたから周辺環境はしっかり把握している。途中、パトロール中のお巡りさんに発見されそうになったけど上手にかわした。


 警察とスパイ、同じ正義でも相容れない存在。普段は善良な女子高生として生きてるからこんな風に敵対するのは新鮮で超楽しい。影野くんと友達になれたおかげだよ。


 本当は直接お礼を言いたい。でも、お互いにスパイであることは秘密にしたいはず。周りには絶対に悟られず、誰からも感謝されることなく世界を守るのがカッコいいんだから。


「コンビニ行くのかな」


 もう終電だってなくなっている時間に出掛けるなんてコンビニくらいしか思い浮かばない。でも、向かっているのは駅とは反対方向だ。ここから駅までの道には何件かコンビニがある。


この先にだってあるのかもしれないけど、雰囲気だけで考えると住宅や個人でやってるお店しかなさそうに見える。わたしにとってはまだ未知の領域で臨機応変に隠れる場所を探さなくてはいけない。


 絶対に影野くんの姿を見失わないように、だけど距離を取りながら確実に後を追っていると動きがあった。空気が冷たい静かな夜だから聞こえたかすかなささやきは、わたしの心を熱くさせる。


 エクスバーン


 まさか魔法を使う系のスパイだったなんて。ほんともう最高すぎ!


 もしかしてこの姿を見せるために何度も映画の誘いを断って、わたしを家まで誘い出した? 尾行をわかった上で深夜に外出することで学校では秘密にしてるハイスペックなところを披露してくれちゃうとか!?


 尾行して家を監視しているだけでもスパイとして充分に楽しいのにそんなサプライズまで用意してくれるなんて!

 

 しかも影野くんは下心がない。二人きりで映画なんてデートなのにそれを頑なに断るのはそういうことだよね。むしろわたしの方が下心があったんじゃないかと思うくらいしつこかった。


 友達と二人でお出掛け。同性なら別に意識しないけど、異性だとどうしてもちょっとは意識しちゃう。影野くんはそれをわかってて法事なんてわかりやすいウソで断り続けたんだ。


 スパイとしての意識が高い。わたしも見習わなきゃ。


 エクスバーンを何度かつぶやきながら影野くんは公園に到着した。遊具は撤去されたのか砂場とベンチだけの寂しい場所だ。ありがたいことに木や植え込みが多くて夜の自然に溶け込めばかなり近くで監視できる。


 一体ここで何をするんだろう。ドキドキする心臓の音が漏れていないか不安になりながらも好奇心を抑えきれなかった。


 拳を構えて腰を落とし、影野くんは小さな声でエクスバーンとつぶやく。


 きっと魔法の練習をしているんだ。もちろん何も出てこないけど、影野くんならもしかしたらと期待もしてしまう。


 学校では地味で成績もあまり良くないけど、その裏ではすごい力を秘めている。あり得そうな展開だ。わたしが選べなかった道を影野くんは進んでいる。ないものねだりじゃないけど、彼に固執してしまうのはそういう側面もある。


 物音を立てないように静かに見守るうちに、少しだけ空気が変わった。


 影野くんの纏う雰囲気が本当に炎を出せそうなくらい熱く燃えているのが伝わる。きっと何かすごいことが起きる。その目撃者になれるのが嬉しくて、ほんの少し前のめりになった。


「エクスバーーーーーーーン!!!!!」


 さっきまでの小声とは全然違う、テノールみたいに裏返っていない男子高校生らしい野太い声が夜の公園に響いた。


 自分のやりたいことを思いきり貫くその姿がカッコよくて、ついテンションが上がって立ち上がりそうになる。

 寸でのところで思い止まったもののガサっと葉っぱに触れてしまった。


 ここまで尾行がバレていなかったのに影野くんはこちらを凝視している。


 さすがにもう誤魔化しきれない。いっそ自分から挨拶しちゃおうか。だって影野くんはわたしの尾行に気付いて、ここまで誘い出してくれたんだもんね?


 そう考えると手のひらの上で踊らされてたな。影野くんは最高だけど、わたしはスパイとしてまだまだだ。


 観念して姿を現すと街灯の光がまぶしい。


「……あー、えと……こんばんは」


 ずっと暗いところいたせいでちょっと目が慣れないけど、影野くんは驚いたふりをしてくれてる。どこまで優しい。下心なくわたしの遊びに付き合ってくれる。最高の友達だ。


「ふふ。ふふふふ」


 そりゃこんな笑いがこぼれる。嬉しすぎるもん。感情が限界突破して笑い方が怪しくなってしまった。影野くんは青い顔をして走り去っていく。


「あぁ、そっか」


 髪に葉っぱが付いて月明かりに照らされると幽霊に見えなくもない。スパイは人間には強いけど、霊的なものには対抗手段がないもんね。

 魔法を練習してたのはきっと物理攻撃が効かない未知なる脅威に対抗するため。今は勝てない相手には下手に抵抗せずにすぐ逃げる。その判断を一瞬でできるんだからやっぱりすごい!


「最高の週末になった!」


 始発が動き出すまでの数時間、わたしは誰もいない閑静な住宅街を散歩することにした。


 影野くんが育った街の昼間の姿を想像しながら歩くのは楽しい。ここに影野くんのルーツがある。わたしがスパイだと気付いてる影野くんと、影野くんが魔法の練習をしていることを知っているわたし。


 お互いに知られたくない秘密を握り合う者同士、これからも仲良くしようね。

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