第19話 目にしたもの
ついに訪れた週末。アルミホイルハットは結局作れなかったが、露骨に思考盗聴の対策をするのも怪しまれる。
サボったわけじゃない。学校で思考盗聴された場合に備えてアルミホイルハットの記憶を残さないように対策していたら金曜日の夜になっていた。
学校から帰ってきてすぐに昼寝したから目は冴えている。スパイは外堀を埋めるのがうまい。すでに両親は宇宙評議会の手に堕ちていると想定してこっそりと家を抜け出すつもりだ。
「父さん、早く寝ないかな」
明日は休みだからといつまでもテレビを見ている。少し部屋のドアを開けると一階のリビングからスポーツニュースの音声が聞こえるから間違いない。テレビを点けっぱなしで寝落ちするようなタイプじゃないから確実に起きている。
夜は深ければ深いほど魔法の練習には最適だ。しかし、あまり遅いと練習時間が短くなってしまう。万が一、いきなりエクスバーンが成功した場合に備えて遊具が撤去された近所の寂れた公園が練習場所だ。
家から徒歩数分という立地でありながら公園の周りに民家は数軒立つのみ。地面に向けて練習すれば魔力が暴発しても大事には至らないはずだ。
木が多いのは懸念事項だが、記憶が正しければ砂場で遊んだあとに手を洗える水道もある。これほどまでにエクスバーンの練習に適した場所は他にはない。
―また宇宙評議会のやつからいかがわしい動画が送られてきた。必死さが伝わってきてもはや笑える。 #宇宙評議会 ―
―ここで晒されているとは知らずに愚かなやつらだ。我々はハニートラップに屈しない。 #宇宙評議会 ―
―その通り。いきなり会いたいとか怪しすぎる。電波攻撃を防がれるからってリアルで攻めようなんて。 #宇宙評議会 ―
―私はスマホもアルミホイルで覆いました。余計な電波は全てカットです! #宇宙評議会 ―
―素晴らしい! でも、そこまで完璧な対策だとやつらに勘付かれません? #宇宙評議会 ―
―その点は心配ご無用。さらにぬいぐるみ型のポシェットに入れてますので。 #宇宙評議会 ―
―すごい。俺も見習わなきゃ。#宇宙評議会 ―
Zでは同志たちが盛り上がっていた。この会話に参加して良いが、さすがに父さんもそろそろ寝てくれるはずだ。Zに夢中になっている間に出掛けるタイミングを逃したら元も子もない。
閲覧だけにとどめて修行の内容をイメージする。
あまり大きな声を出すのはよくない。近隣住民の中にも宇宙評議会のスパイがいないとも限らない。やつらの手に堕ちた警察なんて呼ばれたら最悪だ。声のボリュームは最低限に止めて魔力の出力動作に全力を掛ける。
最終的には無詠唱でさらに予備動作もなしで最大級の火力を出すのが理想だ。いきなりこの域に達するのは難しいので、どんなに動作が大きくてもしっかりと炎を敵にぶつけるイメージを体現することが重要。
作品内でも最初は一見すると無意味な修行を積んで、いつの間にかエクスバーンの威力が上がっていた。
「おっ」
階段を上る音が聞こえる。母さんは先に寝てるはずだからあと十分くらい待って静かに玄関を開ければこっそりと公園に行けるはずだ。
Zでは同志たちが新たな電波攻撃対策で盛り上がっていた。体内に入ってしまったマイクロチップを輩出するためにサウナが有効らしい。汗をかいて排出するのはもちろん、マイクロチップは熱に弱いからというのが理由だ。
そういえば少し前に一条が体を密着させてきた。あの時にマイクロチップを埋め込まれているかもしれない。素肌ではないので大丈夫だとは思うが、近々サウナに行ってみるのもいいな。念には念をだ。
これから炎を扱う者として熱に慣れるのも大切だ。マイクロチップを対策しながら宇宙評議会を攻める準備もできる。一石二鳥じゃないか。
「さて、と」
名残惜しいがスマホは部屋に置いていく。外に出れば電波攻撃を防ぐことができない。俺がエクスバーンの修行をしていることをやつらに知られたら即消されてしまう。
ゆっくりと音を立てないように階段を降りて玄関を開けると綺麗な星空が広がっていた。宇宙はこんなにも美しいのに、なぜやつらは俺達を奴隷にしようとするのか。しかも力づくではなく、恋愛感情を利用した回りくどいやり方でだ。
夜の冷たい空気が肌に刺さる。その反面、体の中ではメラメラと熱い感情が沸き上がる。これがエクスバーンの源だ。
「エクスバーン」
公園までの道中でつぶやいても何も起こらない。暴発しなくてよかったと安堵すると共に、まだ自分は力を覚醒させていないことにガッカリもする。
「エクスバーン……エクスバーン……」
頭の中では炎を華麗に操っているのに実際には何も起こらない。完成形はしっかりとイメージできている。あとはそこにどうやって近付いていくかだ。
「ここからが本番だ」
俺が子供の頃はブランコや滑り台があったのに、今は砂場とベンチがあるくらい。水道はちゃんと残されていた。あの頃はすごく広く感じたのに、遊具がなくなった上で手狭に感じる。
「いきなり高火力が出たらマズいな」
力の覚醒は突然訪れるものだ。公園の周りに植えられた木々に燃え移ったりしたらこの小さな水道では対処しきれない。
できるだけ砂場に向かってエクスバーンを放つに心掛けて構える。
右の拳をギュッと握って、左手で覆い隠す。気合いを入れてじゃんけんをする時みたいに手を隠すイメージだ。なんとなく右拳が熱い。俺の体内の熱が一点に集まっているのを感じる。
明らかに何か攻撃を繰り出す露骨な予備動作。確実に防御されてしまう。が、その防御を打ち破るくらいの威力を出せば問題はない。
「もしかして……」
一旦構えを解いて思考を巡らせる。同志たちが装備しているアルミホイルハットは現状では電波攻撃や思考盗聴を防いでいる。しかし、もしそれをも突破するくらい出力を上げられたら……。
無防備な人間たちは真っ先にやられ、我々もじわじわと電波の影響を受けてしまう。過剰な防御はかえって敵の攻撃を強くしてしまう。
俺が一条を警戒し、天音に対してはそこまでではないのと一緒だ。強いゆえの弱さ。そして俺は、弱いゆえに強い。
「くくく……」
帰宅したら同志たちに提案してみよう。我々はもっとダメな部分をさらけ出して弱くみせるのはどうか、と。
下には下がいる。こんなやつらは宇宙評議会の脅威にならない。そう油断させることで監視の目から逃れ、相手の攻撃力を削ぐ。
強い攻撃に対してより強い防御を張るというイタチごっこは不毛だ。相手の成長を止めれば、こちらも今の対策で十分に応戦できる。
もう一度拳を構えて熱を蓄える。真の強さにも気付いた今ならエクスバーンを出せそうだ。もっと長時間の修行になると踏んでいたが、この一回に全てを賭ける。
大きな声は自重する予定だったが、一回くらい良いだろう。思いきりやって限界を知るのも大切なことだ。
深く息を吸うと体の中が一気に冷たくなり、反面、拳の熱が上がっていくのを感じた。いける!
腰を落とし、正拳突きの要領で拳を前へ突き出し手をパッと開く。
その確信が自信へと変わる。
「エクスバーーーーーーーン!!!!!」
ひゅううううううっと冷たい風が吹き抜けた。体だけじゃなくて心までもが冷えていく。きっと近隣住民のうち一人くらいは今の声で目を覚ましただろう。早くここから去らねば。宇宙評議会に報告されたらマズい。
顔を隠すようにうつむきながら公園をあとにする。
ガサガサッ!
「っ!?」
風……のせいじゃない。明らかに何かが草陰の向こう側で動いた。まるで気配を感じたなかったその存在に対して緊張感が走る。
音のした方向を凝視すると人の形をしているように見えた。自分のことを棚に上げるつもりはないが、こんな時間に一体誰だ。
まさか修行の一部始終を目撃されてしまった? 今日のところは何の成果も得られていない。
影野悟に特別な力があるのはスパイの勘違いだった。そう報告してくれれば好都合だが、力を自覚した俺を覚醒前に消すという選択肢もあり得る。
「だ、誰だ」
相手が宇宙評議会のスパイとは限らない。ただの酔っ払いならそのまま無視して逃げればいいだけのこと。人影は一人分しか見えないが、もしカップルだったら邪魔して悪かったと謝罪して静かに立ち去ろう。
夜の公園でイチャつくカップルなんてスパイと籠絡されたバカ男の可能性は高いが、その場合の目的は俺の監視ではないはず。ミッション中に突然エクスバーンの詠唱が聞こえてさぞ恐怖を覚えたことだろう。
行為に及ぶ気も失せたんじゃないか? バカ男は今すぐ真実に気付け! まだ引き返せるぞ。
「……あー、えと……こんばんは」
「は?」
最近は特に聞き馴染みのある可憐な声だ。休み時間の度にイヤでも耳に入る透き通った声を聞き間違えるはずがない。至近距離で脳に浴びたこともあるんだ。
やつの家がどこにあるかは知らない。出会ったのは高校だからこの辺りではないはずだが、小中学校は私立に通っていて同学区でも他人だった可能性は否定できない。
しかし、仮に近所だったとして今まで一度も目撃したことがないのは不自然だし、こんな時間に公園で一人でいるのもおかしい。
まさか本当に男を連れ込んで……? 他に人影は見当たらないし、誰かが音もなく消え去った様子もない。
「なんでここに」
「ふふ。ふふふふ」
一条はおもしろいものでも見つけたような無邪気で、だけどその奥には世界を滅ぼすような邪悪さも滲む笑い声を上げた。
ここにいるのはマズい。消される。
体育の授業でさえこんなに本気で走ったことはない。必死に足を動かしているはずなのになぜか前へ進んでいる気がしなかった。これも宇宙の科学か!?
体力だけが削られていく。一条はなんでピンポイントで深夜の公園にいた? 電波攻撃は防いでいるし、思考盗聴も対策をしていた。
下校の時に尾行していて、家をずっと監視していたのか?
見えない電波攻撃を警戒していて刑事みたいな地道な行動は無警戒だった。キラキラ女子高生がこんな泥臭い行動に出るなんて想定するはずないじゃないか。
すぐに同志たちに知らせなければ! アルミホイルハットでは絶対に防げない直接攻撃をやつらは仕掛けてくる。過剰なスキンシップで籠絡するのなんてかわいいものだったんだ。本気になれば犯罪じみた尾行までする。警察の権力すらその手に収めている宇宙評議会だからできることだ。
「ひぃ……はぁ、はぁ」
ちょっとずつなら進んでいる。チラリと振り返っても一条の姿は見えない。追っては来ないのか? いや、追う必要はないのか。家はすでに特定されている。俺が逃げる場所はそこしかない。終電はもう走ったあとだから遠くには逃げられない。
一条は、大ケガを負った獲物が完全に死ぬのを待つライオンみたいなものだ。絶望していく俺の姿を愉悦しながら観察している。
「ぜぁ、は~……は~」
こっそりと家を出たのが台無しになるくらいの勢いで玄関を開けた。両親が起きてきたらなんて説明しよう。この家は宇宙評議会に監視されている。そんなことを言っても信じてもらえない。真実に気付いていないからだ。
ちょっと散歩したくなった。あまりにも雑な言い訳だ。もうどんなに怒られても構わない。本当の脅威は宇宙評議会なのだから。
「…………」
両親は深い眠りについているようで起きてくる気配はない。このまま自分の部屋に戻ろう。Zに報告するのは後だ。今はとにかく眠りたい。
目を覚まして、無事に部屋で自我を保てていたらちゃんと同志たちに話そう。もしかしたら俺はもう電波攻撃を受けて気付かぬうちに籠絡されているかもしれない。
例え籠絡されても仲間だけは売らない。その強い意志を胸にベッドに潜った。明日は絶対にアルミホイルハットを作る。防御のためじゃない。同志と同じ格好をすることで仲間がいることを意識したかった。
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