第18話 自分の力
―スパイの攻撃が本格化している。どうにか切り抜けることができた。学校でZを見れないのは不安が大きい。 #宇宙評議会 ―
―よくぞ無事に帰宅された。電波攻撃を防ぐ自宅で安心してお過ごしください。 #宇宙評議会 ―
―目に見えない電波は脅威だが、我々にも対抗策はある。私もアルミホイルハットを二重から三重にしました。 #宇宙評議会 ―
―すっご! 俺もやってみようかな。アルミホイルハットは蒸れるのが難点。 #宇宙評議会 ―
―宇宙評議会の奴隷になるのと頭が蒸れるの、どっちがイヤですか? #宇宙評議会 ―
―考えるまでもなかった。ちょっとコンビニ行ってくる。#宇宙評議会 ―
こんな他愛のないやり取りを見ているだけで心が落ち着く。スパイに籠絡された世界で唯一安心できるのがこのZだ。不正アクセス防止のアタッチメントを付けたコンセントを使用できる限られた場所でしか俺達はもう暮らせない。
「ふぅ」
ダミーのアカウントに切り替えるとkirara0402がその名に恥じぬキラキラとしたポストをしていた。友達とカラオケに行ったらしい。わざわざネットに自分の写真を上げるなんてセキュリティ意識の低いやつだ。
この画像を保存して#宇宙評議会で共有すればスパイの顔を同志に教えることができるのでは……?
籠絡されているとはいえクラスメイトも被害者と考えることはできる。できるだけ一条だけが写っている画像が望ましいので過去のポストを掘り返してみる。
こいつはとにかく画像付きのポストが多い。そんなに自分の存在を世界にアピールしたいのか。見てくれの良いやつの気持ちはさっぱりわからん。しかもどの画像も誰かと一緒だ。
なるほど。俺みたいな他人に配慮するタイプが画像を共有しないように先手を打っているわけか。俺だって加工くらいはできる。関係ないやつを消せばいいんだろ?
できるだけ一条本人が大きく映っている画像を保存して早速加工を……するのは思い止まった。
「画像の出所で俺だってバレるじゃないか」
接点のない人間が一条を宇宙評議会のスパイだと見抜くのは難しい。もしやつらがこのハッシュタグを監視してkagenouの正体に気付いたらいよいよ終わりだ。
「くくく……」
焦って墓穴を掘るのは俺の方だった。寸でのところで思い止まった自分を褒めてやりたい。並の人間なら功を急いで一時の達成感で満たされていただろう。
「……一条が俺にこだわる理由……まさか」
そこであることに気付いた。並の人間なら。たしかに俺は学校の成績が芳しくないし、帰宅部だしゲームの腕前だって世界中のプレイヤーを相手にしたらあまりにも弱い。将来、宇宙評議会を滅ぼす切り札だと期待されているが現状はダメ男だ。
俺は並の人間ではない。
宇宙の科学力は俺の隠された能力を察知し、スパイを通じて仲間に引き入れようとしている。俺を仲間にできた方は評価が上がるとするなら、一条と天音がそれぞれの方法で近付いたきたことにも合点がいく。
「…………」
手をかざして炎が出ろと念じてみたが何も出ない。寂しいような安堵したような複雑な気持ちだ。うっかり家を燃やしてしまうところだった。電波攻撃の対策をした場所は少ない。そういう意味でもこの家は大切にしなかればならない。
―もしかしたら俺には特別な力があるかもしれない。 #宇宙評議会 ―
送信ボタンをタップする直前に投稿を思い止まった。同志に隠し事はしたくない。同時に、これは顔写真をネットに晒すのと同義ではないかと思い当たった。
特別な力を持ち、宇宙評議会の真実に気付ている。この情報だけでkagenouが影野悟だと特定するには十分だ。
「念じるだけじゃダメなのかもしれない」
無詠唱魔法はある程度の魔法の修行を積んだ者が辿り着く次のステップだ。まずはしっかりと力を言葉にする必要がある。技名を叫ぶことで相手に手の打ちがバレるのになぜ声にするのか。答えは単純、言葉にしないと技が発動しないからだ。
「宇宙評議会にバレないように力を覚醒させなくては」
学校では思考盗聴で修行の記憶を読み取られてしまう。やるなら週末だ。金曜、土曜を修行に充てて、日曜日に別の強い記憶を植え付ける。幸いなことに最近はさらに過激な動画がZに投稿されていた。
「禁欲して修行。定番だ」
どんなに辛い修行も日曜日に猿になれば疲れを吹き飛ばせる。他のスパイ共が同志達に仕掛けているハニートラップ用の動画なんて目じゃないくらいドギツイ動画を脳裏に焼き付けて力の差を見せつけてやろうじゃないか。
「まずは呪文を考えるか」
本当は他の追随を許さない独創的でファンタスティックな詠唱にしたい。しかし、その内容を思考盗聴されたら敵に手の内を晒すことになる。残念だが、ここは有名な漫画からアイデアを拝借するとしよう。
累計発行部数が世界で5億部を超えている名作漫画を本棚から取り出してパラパラとめくっていく。流し読みしているのに熱い記憶が読みがって呪文を考えるという目的を見失いそうになる。
子供の頃に漫画のマネをしてケガをしたこともあったな。あれか十年の時を経て、そのマネごとが現実になる日がくるなんて思ってもみなかった。
「エクスバーン……」
主人公が最初に覚える最上級魔法。いきなり最上級の火力なんて出るはずもなくて、だけどしっかり呪文は発動する。下級魔法と同等の威力だった最上級魔法はやがてどんな魔法をも打ち消す最強の魔法へと育っていく。
エクスバーンとそっとつぶやくだけで勇気を貰えたような気がした。特別な力を持っていてもそれだけで最強になれるわけじゃない。栄光への道は長く険しい。
「これは険しい道だ」
思考盗聴対策にスマホでエロ動画を再生する。欲望を発散することで週末の禁欲がより辛いものになる。そして、日曜日はもっと激しい動画を見れば俺の頭の中はエロでいっぱいのダメ男子だ。
一条が赤面するのが今から楽しみだ。俺の思考を盗み見ている確たる証拠になる。この対策が成功したらZでも共有しよう。やつらのハニートラップになんて引っ掛からない強い心を育てることができる。
「…………ふぅ」
全てを解き放ち無になった。今なら思考盗聴されても何も問題ない。これも一種の対策なのだろうが常にこの状態でいるのは無理がある。しかも一人の時じゃないとダメだから実践向きではない。
「しまった。修行の時に使うアルミホイルハットを作らないと!」
宇宙評議会はいつどこで監視しているかわからない。主人公も己の中にある熱をどんどん燃えがらせて一気に放出することでエクスバーンの火力を上げた。同志はアルミホイルハットで頭が蒸れると言っていた。
この蒸れはきっと修行にも役立つ。ハットを作成してから記憶を上書きすればよかった。
「……明日でいっか」
修行の日はまだ先だ。なんなら当日に準備することで学校で思考盗聴されても修行の件を秘密にできる。
「うん。これで良かったんだ。疲れたから寝よう」
漫画をしまったり、もろもろの後片付けをして床に就く準備を始める。いろいろ大変なことはあったけど充実した一日だった。これはある意味で一条と天音のおかげだ。
「くくく……」
敵に塩を送るとはまさにこのこと。俺みたいなダメ男に執着すれば何か意図あると勘繰るのは当然のことだ。スパイが行動を起こせば起こすほど、俺は宇宙評議会に対抗する力を身に着けていく。
本当に漫画の主人公みたいだ。逆境こそ成長のチャンス。学校の成績が悪いのもきっと未来で人類を救うための前振りだ。
そう考えるだけでテストへの不安もスーッと軽くなる。自分の秘めたる力が恐ろしい。
照明を消した暗い部屋の中で想像する未来はとても明るくて、とても満ち足りた気持ちでまどろんでいった。
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