第17話 デートのお誘い
「わっ! モエちゃんズルい。影野くんと一緒なんて」
ぷくっと頬を膨らませてあざとく怒りをあらわにする一条に対して天音はピースサインで返した。カレーを口いっぱいに頬張ってモグモグしてるから喋れないらしい。
なんで一人で食堂まで来たのかわからないがこれがチャンスだ。お前のターゲットである俺が天音と一緒に昼休みを過ごしているんだ。なんでもいいから天音を攻撃してくれ!あまりにもマイペース過ぎて俺には手に負えないんだ。
「いつの間にか仲良くなったんだね。影野くん、いつも一人だから心配してたんだよ」
「カゲノクントハ マタイッショニ ゴハンヲタベル。ナカヨシ」
「うんうん。男子とは絡まずいきなりこんな可愛い子に手を出すなんて影野くんって実はオオカミ?」
「……いや」
「またまたぁ。モエちゃんと一緒にご飯食べたい男子なんていっぱいいるよ。いつも教室でパンを食べてるのに今日は居ないから心配しちゃった」
「それはどうも」
一条の笑顔が恐い。表情は笑っているのにその奥から怒りのようなものを感じるのは気のせいではないはずだ。ぽかぽかと暖かな日差しが心地良いのになぜか漂う冷たい緊張感が肌に突き刺さる。
「あーあ、影野くんが食堂なら今日はお弁当作ってもらわなければよかった。明日も食堂?」
「どうだろう。今日はたまたま」
「アシタモ ショクドウダヨ。オカネ ワタシテアル」
「お金……?」
ただの食費なのに天音の言葉が足りないせいで一条はあらぬ誤解をしているようだ。俺からすればたしかに天音に時間を買われているようなものだが、別に利益が生み出されているわけじゃない。
「まさか二人ってそういう関係? え? 通報しとく?」
「ち、違うよ。お釣りがまだ残ってて。それを消化するみたいな」
「……?」
天音にもZのダミーアカウントを教えて後日改めて清算すれば良かった。いや、それだと再び電波攻撃に遭ってしまう。天音も宇宙評議会のスパイだ。俺を時間的に拘束して情報を引き出すか、電波攻撃のとっかかりを得るかの有利な二択を押し付けている。
「まあいいや。ねえねえ影野くん。モエちゃんと二人きりで過ごしたんだから、わたしとしも二人きりで過ごしてもいいよね?」
「え?」
「モエちゃんが昼休みなら、わたしとは休日を一緒に過ごしてもらおうかな」
「ナンデソウナル」
いいぞ天音。俺の代わりによくぞ言ってくれた。一時間の昼休みと休日一日じゃ全然釣り合いが取れてない。スパイと二人きりで一日過ごしたら脳を改造されて強引に奴隷にされる可能性がある。
どんなに抗おうとしても直接電波を流されたりメスを入れられればいくら俺でも宇宙の手に堕ちてしまう。そこから芋づる式にZの同志たちの情報が漏れたりしたら、奴隷になって自我を失ったとしても一生悔やみ続けるだろう。
それだけは絶対に避けなくてはいけない。一条と天音にはお互いに潰し合ってもらいたい。さあ、俺のことは気にせずバトルしてくれ。
「影野くんがわたしと一緒に過ごしたいから、かな」
「ソウカ ソレナラシカタナイ」
なんでそうなる。俺の意志が完全に無視されている。天音、もう少し粘れ。せめて昼休みくらいで妥協しろとか言ってくれ。影野くんの気持ちを考えろとか、いろいろあるだろ!
「今週末はどう? 行きたいところがあれば全然付き合うよ」
「今週は……ちょっと」
「じゃあ来週? 楽しみが先延ばしっていうのもアリだよね。その日に向けて頑張ろうみたいな」
「再来週も……ちょっと」
「なるほどなるほど。短期バイトでお金を貯めてからってことか。でも安心して。わたし、お金がかからない女だから。イマドキ男子が奢るって平等じゃないと思うんだよね。誘ってるのはわたしなんだし。そいうのって友情の崩壊だと思うの」
「バイトでもないんだけど……」
なんでこいつは俺の発言から拡大解釈を始めたんだ。バイトするなんて発想これっぽっちもしてないぞ。……そうか! スマホの電源を落としてるから思考盗聴できないんだ。
普段は盗聴して相手の言動を先読みして最適なコミュニケーションを取れるけど、今はそうはいかない。他の男子との経験則から言葉を選んでいるようだが、残念ながら俺は他のやつらとは違う。どうする一条、かなり空回りしているぞ?
ウソついているかも見抜けないからどんな言い訳でも通る。もちろん、その中にいくらかの真実を混ぜるのは重要だ。
「ごめん。今週から法事が立て込んでて。うちの家系、今の時期に亡くなった人が多くて」
「……そうなんだ」
法事というセンシティブな理由に一条も簡単には懐に飛び込んではこなかった。どの親戚が亡くなったかなんて根掘り葉掘り質問するのはさすがに嫌われる口実を与えかねない。
一条はあくまでも俺を籠絡したいから、マイナスな印象を与える言動は慎むという読みは当たった。今週末は本当に親戚の法事というのも運が良い。我ながらすごく自然な断り文句だったと思う。
「じゃあさ、法事が全部終わったら打ち上げしようよ。影野くんお疲れ様会。その頃は中間テストも終わってパーッと盛大にできるよ。ね!?」
「えぇ……」
ものすごい圧を掛けてくる一条に圧倒されるどころかむしろ引いてしまって頷くこともできなかった。しかも例の下剤作用のある甘い香りまで漂わせている。顔をグイっと近付けられたせいで思い切り嗅いでしまったじゃないか。
いつかは出るのが自然の摂理とは言え、せっかくのとんかつがスパイによって無駄にされるのはなんとも腹立たしい。
「影野くんアクション映画は好き? ちょうどテストが終わったタイミングでアクションスパイ映画の新作が公開されるんだけど一緒にどうかな?」
「アノ ウチュウジンヲ タオスヤツ?」
「そう! もしかしてモエちゃんも好きなの?」
天音は首を横に振った。いつもボーっとしているのでアクション映画が好きとは思えないが、それ以上の深い意味が込められているような振る舞いに疑問を覚えた。例えば、宇宙人が倒されるのが嫌いとか。
「そっかぁ。人それぞれ好みはあるからね。主人公が超有能なサラリーマンっていうのが鼻に付くって人もいるし、イケメンなのを利用して女をたぶらかすのが最低って言う人もいるけど、自分磨きをした上で人類の敵に立ち向かう姿がカッコいいって思うんだよね。あ、別にわたしはスパイになりたいなんて考えてないけどさ。男子はああいうのが好きなんじゃないかなって勝手に想像してるんだけど影野くんはどうかな?」
「えっと……まあ、テレビで昔のを放送したのを見て、カッコいいかなとは……」
「そうだよね! うんうん。影野くんならわかってくれると思ってた。女一人で見に行くのも気が引けるから影野くんが一緒だとすごく助かるんだよ」
「……映画は家のテレビで見る派なんだ」
「手強いな~。悪い宇宙人が倒される瞬間を大スクリーンで見ようよ」
「ウチュウジンハ ワルクナイ。マチガッタジョウホウハ ヨクナイ」
映画の魅力を語る一条の言葉に天音が割って入った。普段のほわほわした雰囲気がウソみたいな力強い言葉だ。
「人間の中にも悪い人がいるんだから良い宇宙人もいるかもね。そういう宇宙人とは仲良くしたい」
「ナルホド。イチリ アル」
一理あるものか! 一条の言う悪い人は宇宙評議会にとって都合の悪い人間のことだろう。都合の良い奴隷となら仲良くしてやるというスタンスだ。対して、天音は宇宙人を敵と見なすものには容赦しない。
考えに微妙な違いはあれど、こいついらは宇宙人の味方で俺達人類の敵であることに変わりはない。
そのスパイ映画を火種にバチバチに争ってくれれば最高だったが、一条の熱量に天音が押されてしまった。
「あ、そろそろ昼休みが終わる。教室に戻ろう。ね?」
「え? もうそんな時間。それで映画は」
「天音さんの分も片付けるよ。二人仲良く先に戻ってて」
トレイに二人分の食器を乗せて返却口へと向かう。さすがにこの状態でしつこく勧誘はしてこないだろう。さあ、俺が見ていないところでバチバチに戦うがいい!
「アリガトウ。トテモヨイ ヒルヤスミダッタ」
「ちょ、影野くん」
「モドロウ キララチャン」
モエちゃん、キララちゃんの仲なんだ。表向きは。同じ宇宙評議会のスパイでありながらこれでお互い敵対してるんだから女子は恐ろしい。
「くくく……」
スパイの罠をどうにか回避できて思わず笑いが漏れる。スマホを介した電波攻撃も家に帰れば防げることは証明済み。学校で仕掛けてきたのは間違いだったな。おかげで対策はわかったぞ。外で一条と会わなければいいだけの話だ。俺の守りを完璧にしてくれてありがとう。
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