第15話 電波攻撃
一時間目の授業は現国だ。先生の声が非常良い催眠効果を持っているのはおそらく宇宙の科学力によるものだ。露骨な催眠術だと警戒されるが、日本の名文を読みながら多くの人間を夢の世界に落とし洗脳すれば大量の奴隷を確保できる。
俺達にとって幸いなことはまだ催眠効果だけで洗脳効果はまったくないということ。ただ眠くなるだけなら授業内容が頭に残らずテストの点が悪いだけで済む。宇宙人の奴隷にされることに比べればテストの点数なんて些末な問題だ。
しかもその催眠効果は一条や天音にも影響があるらしい。天音はあっさりと術にはめられているが、一条はいつも必死に耐えている。学業優秀なスパイならではの苦労だろう。
モテないダメな男子高校生である俺は本当は居眠りしたい。だが、ここで眠ったら万策尽きる。さすがに赤点はマズいので最低限ノートを取るくらいはする。そうは言ってもさすがに一時間目なら耐えられるので真面目に机に向かっていた。
内容はあまり理解せず無心で手を動かす時間というのも人生には大切だ。ボーっとしている間に良いアイデアを閃くことがある。まさか天音はそのタイプなのか? 一条にばかり気を取られていると天音から予想外の攻撃を受けるかもしれない。
タイプが全く違うスパイ二人を同時に相手取る。神様は人類の味方であると同時、俺にとんでもない試練を課す。やれやれ、主人公ってのは大変なんだな。
過酷な運命に立ち向かう自分に辟易していると机の奥でスマホが光った。一条の手はスマホを操作している様子はない。通知を表示するのはリプライとダイレクトメッセージだけでハッシュタグの投稿はさすがにオフにしている。
#宇宙評議会は常に盛り上がっているので通知が止まらなくなってしまうからだ。
一体誰だ? 授業が終わるまで待てばいいのに先生が板書している隙を突いてスマホのロックを解除した。
―@kagenou 緊急連絡です。すぐに #宇宙評議会 を確認願います。 ―
まさかの本アカウントの方だった。基本的に同志はリプを送らない。どんな些細な情報も全体に共有できるようにハッシュタグを付けて誰もが閲覧できるようにしている。
「…………」
わざわざリプでこんなことを知らせるなんて初めてだ。それだけ緊急の要件ということだろう。もしかしたら一条や天音に関することかもしれない。先生はまだ板書中。ハッシュタグを見るくらいの余裕はあるはずだ。
―最近、Zを通じた電波攻撃を宇宙評議会が仕掛けているらしい。同志には被害者がいないようだが、一般人が巻き込まれている。 #宇宙評議会 ―
―なんだって!? それじゃあここも #宇宙評議会 ―
―ここはまだバレていないようだ。純粋無垢な出会いを求める一般男性が標的になっている。 #宇宙評議会 ―
―ここにもスパイの魔の手が伸びてるのかよ。でもアルミホイルで防げるんだろ? もっと広めていこうぜ。 #宇宙評議会 ―
―思考盗聴は、な。アルミホイルで防げない、人間の性欲を利用した卑猥で卑怯な手段を用いている。 #宇宙評議会 ―
―卑猥な画像や動画を直接送りつけて籠絡しようとしているらしい。 #宇宙評議会 ―
―それなら小生のところにも来た。証拠として動画は保存して即ブロックしたがな。まさか宇宙評議会の手によるものだったとは。保存しておいて良かった。 #宇宙評議会 ―
―常に反撃ののろしを上げる準備を怠らない精神に感服した。宇宙評議会がどのような攻撃を仕掛けてきたか参考までに動画をもらっても? #宇宙評議会 ―
―構わぬ。しかしこれに関しては個別に送らせていただく。真実を知る者なら問題ないと思うが、念には念を入れて、だ。 #宇宙評議会 ―
なるほど。一条が俺のZアカウントを知りたがっていたのはこれだったのか。エロ動画を一緒に見たのは俺が普段どの程度の映像を見ているかを知るため。そう簡単に用意できるものじゃないから一週間も間が空いたのだろう。
しかし、結局用意はできなかった。クラスメイトの生々しい体験談を仕入れることはできても過激な無修正映像を入手するのは女子高生には困難だ。Zで検索してもそう簡単には辿り着けないし、そもそもすでに俺が巡回済みの可能性が高い動画だ。だから焦って時間に迫られている朝にスパイの話題を振ってきた。
お互いの攻防は一進一退と言ったところか。窮地に陥ったように感じる場面はあるものの、絶対的に一条が優位というわけじゃない。むしろ相手が焦っている。どこか付け入る隙がありそうだ。
多くのクラスメイトが真面目にノートを取るフリをして居眠りする中、一条は真剣だ。もしその能力を宇宙評議会ではなく人類のために使ったらどれほど心強かったか……。
二重スパイ。この言葉が脳裏に浮かんだ。俺が一条から知り得る情報は、一条が知っていることだけ。しかし一条なら、さらに宇宙評議会の懐に潜り人類にとって有益な情報を仕入れることができる。
籠絡しようと思った相手に逆に籠絡される。それはスパイにとって屈辱で、宇宙評議会にとっても痛手になるはず。そしてあわよくば一条と……。
あの日感じたぬくもりが蘇って体がカッと熱くなる。まるで一条と仲良くなりたいみたいじゃないか。二重スパイを頼んだつもりが逆にこちらの情報を宇宙評議会に漏らされる可能性だってある。
はっ!
俺はある事実に気付いてしまった。すでに電波攻撃の影響を受けている? 急に一条を味方に引き入れようなんてどうかしてると自分でも思う。
家にいる間は外部からの侵入や攻撃を防げるが学校では無防備。放課後に攻撃を試みたものの失敗したから一週間経ってわざわざここでリプを送り付けてきた。
これはすぐに同志たちに相談しなくては。ゆっくりと机の中でスマホを操作する。誤字や脱字があると混乱を招いてしまうから一文字ずつ丁寧に入力していく。もちろん先生にバレてはいけない。怒られるのはもちろんイヤだが、授業中にスマホをいじっていたことを一条に知られるのは良くない。
―すでに俺はクラスメイトから電波攻撃を受けているかもしれない。 #宇宙評議会 ―
反応はすぐに来るだろう。しかし一通り板書を終えた先生はこちらを教室全体を見渡しながら文章の解説をしている。テストに出すぞという声も耳に入ったので内容はよくわからなくてもとりあえずここだけはしっかりチェックしておく。
これで赤点回避くらいはできるだろう。俺は人類の命運を握る男だ。テスト勉強に時間を費やす暇はない。
「おい影野。スマホいじるなよー」
「っ!」
起きているクラスメイトの視線が一斉にこちらに集まった。なぜわかった。先生が黒板の方を向いてる間だけスマホを操作していたのに。まさか……すでにこのスマホはハッキングされている!?
「バレてないつもりかもしれないが、教師っていうのは全部わかるんだ。ほら、居眠りしてるやつも起きろー。天音、お前はもう少し起きてるフリをしろ」
「ふえェ?」
居眠りどころかガチで寝てただろ。授業態度が悪いクラスに先生が少しヒリついていたが、天音の可愛らしい寝起きボイスでその空気はすぐにほころんだ。
恐ろしい女だ。一条とは正反対の授業態度が悪い生徒のはずなのに先生からの心証は俺よりも良い。これが外見の差か!
見た目に騙されるなんて浅いな。せいぜい今はその可愛い言動に惑わされるがいい。将来お前らの人生を宇宙評議会から救うのは俺だからな!
さて、電波攻撃を防ぐために一旦スマホの電源を落とそう。今日は学校でZを見るのは危険すぎる。同志に相談できないのは不安だが、情報漏洩に比べればなんてことはない。
今日の昼休みは長くなるぞ……。
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