第14話 幸運

 俺、影野悟が宇宙評議会のスパイである一条きららに偽のZアカウントを教えてから一週間が経過した。あれから一条が教室で接触してくることはないし、あれだけ知りたがっていたZでも反応がない。あの動画を見てあまり近付かないタイプの人間だと判断しのだろうか。


 スパイから逆に宇宙評議会の情報を得るという作戦は続行不可能になってしまうが、安全に高校生活を終えるという意味では大成功だ。


「くくく……」


 つまり俺はスパイに勝ったのでは? 何も倒すだけが勝利ではない。敵を欺き、未来の宿敵であることを隠し通せた。この先に待つ大きな勝利を掴む第一歩だ。

 この喜びをZの同志たちに報告せねば。スマホを開くと一件の通知が表示された。一条に教えたダミーの方だ。Zの機能の一つであるリプライは、本来は誰かの投稿に対して返事を書くものだ。だが、投稿とは関係のない内容を送りたい場合は@アカウント名で代用できる。


 ほとんどリプライを貰うことはないが、見逃さないように通知だけはオンにしていた。


―@satorun やっほー! ―


 なんだこれは? 謎の一言をダミーアカウントであるsatorunに個別送信した送一条はクラスメイトと品のない会話をしている。やっぱり女子の下ネタの方がえぐいじゃないか。作り物の無修正動画よりも普段の姿を知っている人間の生々しい話の方がいろいろ想像してしまう。


 そういう話は周りに他人がいない時にしろ! 半ば強引に通学路でエロ動画をミュートで再生させられたのとは訳が違う。あれは不可抗力だ。


「…………」


 卑猥な話をしながらチラチラとこちらの様子を伺う一条に対して俺はどう返事をすればいいんだ。スマホを操作しているのはバッチリ見られてしまっている。気が付かなかったという言い訳は使えない。無視し続けていれば教室で直接声を掛けてくるだろう。一条は平気でできる女だ。


 やっほーと返しておけば無難か? 普段Zの同志たちとは有意義な意見交換しかしていないから中身のない投稿にどう反応すればいいかさっぱりわからない。


―@satorun 見てるよね? それとも別のアカウントを使ってたり?w ―


 顔がひきつってしまった。一瞬の筋肉の動きを観察されていたらマズい。当のスパイはけらけらと笑っている。会話内容がそうさせているのか、決定的瞬間を捉えたことでほくそ笑んでいるのかその真意はわからない。


 一週間放置して気が緩んだところを刺してきやがった。一条はまだ俺を疑っている。俺はこのアカウントしか使っていないことを証明してみせなくては!


 ―@kirara0402なんて返信しようか考えてた。 ―


 まったくのウソというわけじゃない。本当に悩んでいたんだ。返事が欲しいなら質問するなりそっちが工夫しろ。本当は文句の一つでも言ってやりたいところだが話がこじれても面倒だ。素直に自分の気持ちを書くことで一条には納得してもらう。


 ―女子とリプ送り合うの初めて?w ―


 いちいち草を生やすな。煽ってるのか? 同志の中には女性もいる。だからこの質問の回答はノーだが、satorunの投稿をどんどん遡って調べられたら誰にもリプを送っていないことはバレる。


 絶対に一条にバカにされるとわかっていても、未来の地球を守るために背に腹は代えられない。クラスの女子とはという意味では本当に初めてだ。


 ―@kirara0402初めてだけど。 ―


 一条の視線はスマホに向けられていないにも関わらずすぐさま返事が来る。もっと会話に集中したらどうだ。


 ―@satorun わたしが影野くんの初めてなんだ。嬉しい ―


 見え透いたウソにため息をつきたくなった。今更俺がこんなトラップに引っ掛かるとでも? 直接話すと逃げられるからZ上で距離を縮めようと考えたのかもしれないが、あれだけ体を密着させた女といまさらこの程度の文字のやり取りで籠絡できると思われているのなら俺も舐められたものだ。


 ―@satorun こうやってみんなに内緒で通信してるとスパイみたいだね。 ―


 一条からのリプに再び緊張感が走った。なぜこいつは自らスパイであると認めるようなことを書いているんだ。色仕掛けと見せかけてこちらが本命の罠? ハニートラップなら適当にやり過ごせばいいが、宇宙評議会絡みとなると下手なことは言えない。


 ここは話に乗っておくべきか? それともリプを送り合うくらいじゃスパイになれないよとマジレスすべきか、すぐにでも同志たちに相談したい。したいが、アカウントを切り替えてスマホを操作すれば、操作しているのにいつまでも返事が来ないことを不審に思われる。


 ダミーアカウントであると薄々気付きながら俺を泳がせて疑惑を確信に変える。情報を曖昧なままにさせない徹底ぶりは成績優秀な一条らしいと言える。


「うし。今日もセーフ」


 返信に悩んでいると前田くんが颯爽と席に着いた。同時に朝のホームルーム開始のチャイムが鳴って、それぞれが自分の席へと戻っていく。

 宇宙評議会に対抗する真実を知る者からただの高校生に戻る合図だ。スマホを机の奥へとしまう。一条とのZでの戦いは一時休戦だ。


 功を急いだな一条。昼休みならチャイムによって中断されることはなかったのに。やつの背中から悔しさがにじみ出ている。


 朝のこの時間、クラスメイトに気付かれないようにリプを送り合うのがスパイみたいだったというだけで、授業が終わったあとにわざわざ返信するような内容じゃない。神は宇宙ではなく人類の味方をしているようだ。

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