第13話 すごい!

わたしは一条きらら。謎の組織から世界を守るスパイ……という設定でも友達を作りたい女子高生だ。


 ゆっくりと湯船に浸かりながら今日あった素敵な出来事を頭の中で反芻する。


「影野くん、すごかったなぁ」


 つい声が漏れてしまう。動画の内容が……じゃなくて、そのアカウントを間違えることなく覚えていたことだ。

 自分のならまだわかる。わたしだって名前にダミーの誕生日を付け足しただけだし。影野くんは気付いてるかな。わたしは4月2日生まれじゃないって。


 kirara0402なんてアカウントを見たら99%の人は誕生日が4月2日だって考える。クラス替えのタイミングで新しくできた友達と何度も同じ話をした。いわゆる話題作りだ。


 本当の誕生日だって12月24日のクリスマスイブだから話のネタにはなるけどまだ弱い。引っ込み思案の人でもついツッコミを入れたくなるような露骨なナゾを仕込むことで会話のハードルを低くする。


 例えばモエちゃんみたいなちょっと変わった世界を生きてる子とでも距離を縮められた。相手の懐に入るスパイ流の小技のつもりなんだけど……影野くんにはスルーされてしまった。


 実はクラスの会話をほぼ把握していてわたしの本当の誕生日をすでに知っている。だから0402についてあえて触れなかった。影野くんならありえる。


「動画だって……」


 内容を思い出して体が中から熱くなる。これはお湯のせいだと言い訳するためにあごまで浸かると頭だけが妙に涼しい。あれだけ激しい動画を普段は音声付きで見ていればわたしの体なんてまだまだ子供に見えても不思議はない。


 全てがダイナミックで、いくら流れる血が違うからってあそこまで差があるなんて思ってもみなかった。身近にいるイギリスの血筋が小柄なモエちゃんだから余計にギャップを感じたのもある。


「モールス信号もきっと通じたよね。だから逃げるように教室から出ていった」


 女の子は歩くのが遅いなんて一般論はわたしには通用しない。影野くんがスタスタと歩くなら、それよりも速く脚を動かせばいいだけ。そして私は脚が長い!

 絶対に自慢なんてしないけど、心の中では自慢の美脚だ。お風呂でマッサージをして細さと柔軟性をしっかりと維持する。


 スパイ活動に必要なことだし、自分で揉むだけでも十分に気持ち良い。趣味と実用と癒しを兼ねた至福の時間だったりする。


「はあぁ~~~~もっと仲良くなりたいな」


 影野くんはわたしに対して下心がないから距離を置かれてる感じがする。安心材料であり、ちょっと寂しい部分でもある。今はどの男子よりも近くにいたいのに、彼はそれを望んでいない。


「なんだか片想いみたい」


 恋愛感情じゃなくても片想いってあるんだ。自分の気持ちを冷静に分析して、新たな発見をした。人の心を掌握するスパイとして一つ成長できた気がして、また体が熱くなった。


 少し湯船に浸かりすぎたかもしれない。スパイは常に冷静でいなければいけない。


「よし! クールタイムだ」


 あんまりグイグイ行くのは影野くんには逆効果っぽい。押してダメなら引く。実践してみようじゃないか。反応を待つ時間も楽しいかもしれない。こういうのは初めてだから。


 影野くんはわたしの初めてをいっぱい奪っていく。きっと優秀なスパイだ。

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