第10話 仲間

わたしは一条きらら、悪の秘密組織から世界を守るスパイ……という設定で遊ぶただの女子高生だ。

 もしかしたら同じ趣味を持つかもしれない影野くんと仲良くなりたかったけど、急に距離を詰めたのはマズかったみたい。授業が終わった瞬間に教室からダッシュで逃げられちゃった。


 スパイは焦っちゃダメ。いくら友達になったからって影野くんとばかり遊んでたらみんなに勘繰られちゃう。他のみんなと同じように適切な距離感を保ちながらクラスメイトの一人として接する。


 影野くんがスパイなら尚更。このクラスに潜入してるのが一人と思わせて実は隠れた二人目が……! なんて熱い展開! 想像しただけで口元が緩んじゃう。


 たぎるスパイの血を落ち着けるにはファッションの話が一番。この休み時間はアカネのところに行こうかな。


「やっほアカネ。今日もオシャレだね」


 ギリギリアウトに着崩した制服はみんなより露出度高めなのに不思議といやらしさがない。肌も綺麗で胸もあるのにロックなカッコよさが出るのは軽音部で鍛えられた魂の影響だと思う。


「すぐ褒めるじゃん。下心でもあんの?」


「あるある。わたしが男なら付き合いたいもん」


「同感。ウチは女でもきららと付き合いよ」


「えっ! ウソ! まさかの両想い」


 わざとらしく口に手を当てて驚いてみせる。どちらかと言えばわたしは女のまま、アカネにはもうちょっとボーイッシュになってもらって付き合いたい。わたしはこの体と女としての人生を気に入っている。


 ゴリゴリにバトルする男スパイもいいけど、磨き上げた魅力や話術で人心を掴むスパイの方がしょうに合ってるし、リアルの生活の質も向上している。


「ってか、影野の友達になってんのうけるんだけど」


「そう? なんかおもしろそうじゃない?」


「いつも教室の隅にいるやつが? きららの考えてること結構ナゾ」


「ミステリアスな女を目指してますから」


「毎朝元気に挨拶する女がミステリアスとか」


「明るくてミステリアスな女なの!」


 わざとらしくほっぺを膨らませて怒りの感情を表現してみせる。ちょっとぶりっ子過ぎるかなって思ったけどアカネには好評みたいだ。男子はシンプルに可愛いだけで心を掴めるけど女子は難しい。男子の支持を集めれば女子からは……というのが普通のバランスだ。


 そうならないためにクラス全員と仲良くなっている。おかげで話題の幅は広がったし、ファッションやコスメに詳しいだけじゃなくて陰キャ男子の趣味にも精通している。


 そう、スパイはいろいろなことに詳しいのだ!


 モールス信号だって知っている。実際にやるのは初めてだけど、同じ趣味を持つ影野くんにはきっと伝わるはず。


 問題は授業中にどうやって信号を送るか。休み時間に目の前でツートントンするじゃ味気ない。あまりにも露骨なモールス信号になってしまう。絶対に連絡を取り合えない状況だからこそ燃えるんだ。


 トンはシャーペンで机を叩けばいい。問題はツー。代わりの音があんまり変だとモールス信号だって気付いてもらえない。ここは腕の見せ所だ。


 授業を受けながら必死に方法を考える。先生からは真剣にノートを取っているように見えていることでしょう。それは事実だけど、頭の半分くらいはスパイ活動に使っている。我ながら器用!


 さらさらとペンを走らせているうちに一つの方法が思い浮かんだ。芯を閉まったシャーペンでノートをえぐればツーの代わりにならない?

 先生に何か言われたら、ペンの調子が悪いって誤魔化せばいい。天才かもしれない。そうとくれば実践あるのみ。


 ヒミツヲシツテイル


 影野くんに伝えたいメッセージだ。わたしはキミの秘密を知っている。スパイ同士仲良くしよう。今すぐ返事をくれなくても構わない。わたしは影野くんと本物の友達になりたい! だから気付いて!


 そんな想いを込めてノートをペン先でひっかき、机をトンと叩く。明らかに不審な行動なのに周りはそんなに気にしていないみたいだ。日頃の行いのお陰ね。


 だけど信号を送ってばかりはいられない。ちゃんとノートも取らないと。慣れないモールス信号だからたった9文字だけでも神経を使う。もっと長い文をスラスラと、口では別の言葉を話しながら例えば靴のかかとで信号を送れるスパイはカッコいい。


 高校生の中では優秀かもしれないけど井の中の蛙。その自覚はしっかりと持っている。自分は優秀だから絶対に大丈夫と思って背伸びしたミッションに挑むとだいたいピンチに陥るんだから。その辺りを理解しているのは一味かも。


 なんてちょっとだけ調子に乗っていたら一番前の席に座るモエちゃんの居眠りがバレたみたい。後ろから見てるとめちゃくちゃ首がこっくりこっくり動いてるのに先生からは死角だったらしい。


 わたしはほとんどの女子を名前で呼び捨てにする。だけど、モエちゃんだけはなぜかちゃんを付けたくなってしまう。マスコットみたいな可愛らしさは今のわたしにはもう出せないものだ。


 スタイルの良い美人系を自分で目指したからしょうがない面もありつつ、天然で周りから愛されるのは羨ましい才能だ。外国なエレガントな血が混ざりながら日本のゆるキャラみたいなほんわかとした雰囲気を併せ持つなんてチート過ぎる。


 いつもほわほわしててぽけーっとしてるけど、実は隠された能力を秘めているかも……っていうのは、わたしの設定をモエちゃんには拡大しちゃってる。


 たぶんあの子は見た目通り、ウラオモテなくああいう子だと思う。


 そう……だよね? 影野くんの一件があったからモエちゃんまで怪しく見えてきた。モールス信号に応えるように不自然なリズムのくしゃみと咳をしてたし……いや、まさかね。


 風が吹き抜けなくなった教室でじっと小柄なクラスメイトを見つめた。


 なんか意味ありげでカッコいいかも。影野くんのならこの良さをわかってくれるよね? なんだか斜め後ろから視線を感じる。本当は今すぐにでも振り返って視線の主を確認したい。でも、それじゃあ台無しだ。


 わたしに視線を勘付かれるようじゃまだまだだぞ。さすがに本物のスパイじゃないか。モールス信号には気付いてくれたみたいだし目標は達成かな。


 モエちゃんの寝冷え発言でゆるんだ空気の中、モールス信号を送って遅れていた分の板書を取り戻す。これで完全に追い付いた。あとは真面目に授業を受けてテストに備えるだけ。


 学校のテストはとにかく授業内容が大事だからね。誰に何を質問されても答えられるようにこの時間に脳内でノートの内容を反復して脳に定着させる。


 こんな風にしていると自分が特殊な訓練を受けているみたいでワクワクしてくる。趣味と実用を兼ねるってまさにこのことだよね。


「暑くなったらまた開けるぞ。えーっと、どこまでやったっけ」


 わたしの体はすでに熱い。この教室には仲間がいる。そう考えるだけで胸が高鳴る。男子に告白されてもこんな風にはならなかった。恋愛よりもスパイ。やっぱりそうなんだって確信してしまった。


 みんなにはバレたくない本当の気持ち。わたしを恋愛対象として見ているから仲良くしてくれてる男子もいる。その視線にはちゃんと気付いた上で適切な距離を保つのは見方によっては魔性の女だ。


 だから女子の好きな人を把握して、そこがうまく付き合うように仕向ける。好きの矢印を変えるのって難しいけど楽しい。


 わたしに好きの矢印を向けない影野くん。キミはそのままでいてね。今感じている視線は恋愛的なものじゃなくて、ものすごく疑っているものだから。


 毎日綺麗に手入れをしている黒髪がストンとおとなしくなる。風でなびくの好きなんだけどな。美少女って感じで。

 寝冷えしたモエちゃんに追い打ちをかけるわけにはいかないからワガママは言えないけど、早く青春の風を浴びたくて仕方がなかった。

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