第7話 ダメ人間
「昨日は日直ありがとね」
透き通った声はとても耳に心地良い。宇宙評議会のスパイじゃなければこれだけで好きになってもおかしくない魅力的な声だ。
いつも遅刻ギリギリで登校する前田くんの席に何の躊躇いもなく着席して綺麗な顔をグイっと近付ける。
他の女子とは一線を画すキツ過ぎない甘い香りで変な気持ちになる。常にハニートラップを仕掛けるスパイの鑑だ。敵ながらあっぱれと評価してやろう。
「さっきたまたま先生に会ってさ、日誌の字が変だったぞって怒られちゃった。影野くんのせいだよ?」
「え……ご、ごm」
「でもなんか思い出になったかも。影野くんとあんな風に喋ったのって初めてじゃん? 初めての共同作業を形に残せた的な」
俺は何も悪くないのに謝ってやろうと思ってたのにそれを遮るとはなんてやつだ。地球侵略を目論むやつらのスパイに頭を下げるなんて地球人としてのプライドが許さないのに、一条がスパイであると気付いてない演技をするために泣く泣く腹の底からしぼり出した謝罪の言葉だぞ。
「せっかく同じクラスになれたんだからもっと仲良くなりたいなって。ねえねえ、さっきスマホでなに見てたの? なんか笑ってなかった?」
「そんなこと……ないよ」
「えー? 絶対笑ってた。わたし、影野くんのこと超見てたから」
監視していたことを明かすなんてスパイだと自白しているようなものだ。あえてバラすことで俺の反応を観察するつもりか?
いいだろう。受けて立つ。お前がスパイだとすでに知っている。ではなぜ俺は挙動不審なのか。美少女が目の前にいるからだ!
おあつらえ向きに一条は胸の谷間をアピールしている。その見え見えのハニートラップにまんまと引っ掛かってやる。
女子は胸への視線に敏感だとZの投稿で見たことがある。絶対にバレないようにチラ見しても気付くらしい。それならばガン見してやる。どうせ気付かれるのなら堂々と至近距離で脳裏に焼き付けてやろうじゃないか。
動画や画像で見るのとは違う、ハッキリと露出されたものではなく制服の隙間からチラリと見える柔らかなそうな肉の塊。生々しい質感が視覚からでも伝わってくる。
それこそ口角が上がりそうになるくらいの絶景だが、さすがにそこまですると今後の学校生活に支障が出そうなので必死に堪えた。
「影野くん、今めっちゃ見てたでしょ?」
他の誰かに聞こえないように抑えた声は吐息みたいでやけに色っぽい。耳まで赤くなっているのが自分でもわかる。
「わたしのことそういう目で見てるんだ? 影野くんは違うと思ったのに」
なぜか残念そうな雰囲気を醸し出して視線を逸らす。俺がガン見してる方が都合が良いんじゃないのか!?
わざと引っ掛かったのがバレた? いやまさか、あの視線は下心丸出しのダメ人間だっただろ!
「み、見て……ない」
「絶対見てた。いつもみんなに見られてるから視線に敏感なんだ」
Zで得た情報は真実だった。全ての真実はZに集まる。早く同志に相談したい。そして前田くん、速く来るんだ。チャイムが鳴るまであと三分。キミが来てくれれば三分を待たずして一旦解放されるんだ。
「さっきもエッチなやつ見てたんでしょ? 絶対そうだ」
「違う。違うよ!」
「必死に否定するのが怪しいなぁ。スマホ見せてよ。チラっとでいいから」
「それは……」
恍惚な笑みを浮かべる一条に対して俺は露骨に困惑していた。完全に実権を握られてしまっている。Zの画面を開いたままスリープ状態にしたから今画面を開けると同志達とのやり取りを知られてしまう。
このまま一条の誤解を解かなければ俺は朝の教室でエロ画像を見る変態だ。誤解を解けばZのやり取りを見られて宇宙評議会に消される。
宇宙評議会に籠絡されたクラスメイトは敵とは言え、冷ややかな視線を向けられたまま今まで通り登校できるほど俺のメンタルは強くない。
なるほど。一条はこの究極の二択を迫るために俺を監視していたのか。スマホを見てニヤリとした瞬間を逃さないように。スパイだとバレていても関係ないくらいの詰みの状況を作り出すとは、やはりこいつは優秀だ。
「……無修正だから」
「え?」
「無修正のエグいやつだから。さすがに見せられない」
咄嗟に出た言葉に今度は一条は困惑の表情を浮かべている。アイドルの水着とかその程度だと思っていたのだろう。本来は違法なものだが、Zには本当に海外の無修正画像が転がっている。
国が違えば体格が違うように、それは脱いでも同じだった。いくら体格差があると言ってもそこまでサイズが違うものかと今でも感嘆する。女子の下ネタの方がエグいとZで言われているが、こっちだってそれなりのエグさだ。
ウソの中に少しの真実を混ぜることで相手は信じさせることができる。これもZで学んだことだ。今この場ではエロ画像を見ていないが、家では本当に無修正のとんでもない画像を拝んでいる。
その事実が咄嗟の言葉に真実味を与えて、実際に一条は思いがけない俺の告白に狼狽していた。
「マ、マジ?」
気まずそうに俺は頷いた。クラスの誰にも知られたくない秘密であるかのように。もし知られたら不登校になってしまいそうな暗い雰囲気を醸し出す。
「もしかして、クラスの子には興味を持てないくらいすごいやつ?」
「ま、まぁ。そうなる……かな」
このクラスはすでに一条に籠絡されている。どんなに積極的にアピールされても絶対に恋愛関係になることはない。だから今の発言も真実だ。またしてもZに救われてしまった。
「へぇ、じゃあ。わたしが裸でもただの友達でいてくれる?」
「はぁ!?」
「ヤバ。声たか。めっちゃテノール」
「くっ……」
何を言ってるんだこいつは。裸でも友達って、そもそも俺は宇宙評議会のスパイと友達になるつもりは一切ない。まずはお友達からなんて考えてるのならその作戦はすでに失敗しているぞ。
それにも関わらず一条は嬉しそうにニヤニヤと笑みを浮かべている。まだ何か策を隠しているのか? さすがはスパイだ。底が知れない。
「わたしがいきなり裸になったら、それってもうOKのサインだと思うじゃん? ふつう。だけど一条くんは友達のままだから手を出さないんだよね?」
「と……友達じゃ、ないし。そもそも」
「うそー。ショック。わたしはもう友達のつもりだったんだけど」
「それは、その……まだ早いというか」
「影野くんはどうしたら友達なの? 一緒にお昼食べたら友達?」
「そこまでしなくても……」
「じゃあもう友達だね。朝からこんなにおしゃべりしてるもん」
「え……」
一方的に話を進められて、このままではスパイと友達になってしまう。相手の手の内を探るという意味では好都合かもしれないが、それは同時に近くで監視されることを意味する。
Zの同志達にはなんて説明すればいい? スパイと友達になったなんて言ったら裏切者扱いされるかもしれない。だけど真実を教えてくれた同志達には誠実でありたい。半ば強引とはいえ友達関係になったことを隠すのは不誠実だ。
「あ、前田くんおはよー。ちょっと席借りてた」
朝のホームルームが始まるまであと一分というギリギリのタイミングで前田くんがやってきた。遅刻寸前なのに全く焦りを感じさせない。全て計算通りと言わんばかりの余裕の表情だ。
「おはよ。なんか珍しい組み合わせじゃね? っていうか影野が誰かと話してるのがレア」
「そのレアキャラと今友達になった、ブイ!」
勝利報告のようにブイサインを見せつける。笑顔が眩しすぎて前田くんがちょっと赤面している。美人は三日で見慣れても、時折見せる珍しい仕草にはときめいてしまうものらしい。
こうやってクラスメイトを懐柔しているのだから恐ろしい女だ。
「ガチ?」
「ガチガチ。ね? 影野くん?」
「え……あ……」
「わたし達、友達だよね?」
キラキラ女子高生特有の圧に屈して首を縦に振ってしまった。ここで拒否すれば無修正エロ画像を見ていたという誤解をクラス中に吹聴されるかもしれない。
スパイであると知られたくない一条に、俺は平穏な高校生活を送る上で絶対にバラされたくない秘密を握られてしまった。その秘密自体は緊急回避的に出たウソだから始末が悪い。
やはり宇宙評議会のスパイは手強い。ただの高校生が相手取るには少々手に余る。しかし真実を知る者として、絶対に屈するわけにはいかない。
これから俺のダメな部分をどんどん知ると良い。奴隷にする価値のない人間だと気付くだろう。そうして油断したところを刺す!
俺は大器晩成タイプなんだ。大人になったら同志と共に宇宙評議会に反旗を翻す。
くくく。そうともしらず俺と友達になったことで事態が進展したと思っているな。のんきに鼻歌を歌いながら一条は自分の席へと戻っていく。俺みたいなダメ人間と友達になったのが嬉しいと誤解されるぞ。せっかく籠絡したクラスメイトからの信頼を失うんじゃないか?
弱みを握られたものの完全な劣勢ではない。宇宙評議会と戦えている。それが嬉しくてつい笑い声が漏れてしまった。
「くくく……」
前田くんの冷ややかな視線が痛い。俺は将来、お前らを宇宙評議会から救う人間だからな? 真実を知らないお前らを俺は心の中でバカにしているがそれを口にも態度にも出さない。だからお互いそういうスタンスでいよう? な?
Zに同志がたくさんいるとはいえ、前に座るやつにそういう目をされるとチクチクとダメージが蓄積されていくんだ。俺は何の訓練も受けていないただの高校生。メンタルが弱いんだから。
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