第5話 バレてる?
わたしは一条きらら。謎の組織から世界を守るスパイ。
……という設定でずっと生きている。俗に言う中二病というやつだ。自覚しているのにやめられない。だって楽しいんだもん。
それに勉強も運動も一流のスパイだから頑張れる。もっと優秀な成績を取って文武両道で、もっといえば可愛くてみんなから信頼されるスパイなりたい。それがわたしのモチベーション。
クラスでわたしがスパイだってバレないようにみんなと仲良くして、隙あらば謎の組織の情報を集める。
みんなはわたしと友達になれて嬉しい。わたしはみんなの目を欺いてスパイ活動ができて、おまけに成績も上がって嬉しい。世界が幸せになる最高の遊び。それなのに……。
「影野くんにバレた? わたしの秘密」
男子は全員スキンシップを取ればわたしと仲良くなる。こういう言い方はあんまり好きじゃないけど女の武器ってやつ。
だけど、それだと女子に嫌われちゃう。どのグループにもそれなりに絡みつつ、グループ間のバランスを取るという超難度ミッションを小学生の頃からこなしている。
おかげでわたしが所属するクラスはいじめもなく平和そのもの。少なくともわたしの目が届く範囲ではそういうことになっている。ちなみに目が届く範囲はSNSや裏サイトも含めてだ。
特定の誰かがのけ者にされてるSNSのグループの情報もわたしの手にかかれば入手は簡単。全員の味方であり、全員の敵。
わたしに敵意が向けられなければそれでいい。そういう超越した存在になっている。
「なんであそこまでして何もしないのよ」
胸を押し当てて、反対に影野くんをわたしに密着させたのに連絡先の交換も言い出さないなんて。どんなに奥手な男子でも『俺のこと好きなんじゃね?』って勘違いするはずなのに!
もちろんその勘違いはやんわりと否定させてもらうけど。
「それにしても……」
ドライヤーで髪を乾かしながら影野くんの言葉を反芻する。
なんでわたしがスパイだってわかってんだろ。あまりにも八方美人で疑うのならまだわかる。過去に女子絡みの辛い経験があってものすごく警戒してるとか。
ピンポイントでスパイなんて単語はそうそう出るものじゃない。
いつもならすぐにサラサラになる自慢の黒髪は今日だけな不思議とブラシの通りが悪い。それでも何度かすブラッシングしているうちにいつものコンディションになるんだから日頃の努力は裏切らない。
これもスパイ活動の一環。女子をも魅了するサラサラ黒髪でみんなの心に入り込む。もしスパイじゃなかったらここまでのモチベーションは保てなかった。まさかわたしの綺麗な理由がスパイだなんて誰も思ってない。
「どこまで秘密を知ってるんだろ」
スパイとして活動して長いけど、影野くんとは高二で同じクラスになって初めて接点ができた。本当に点レベルの小さな関係性で、一年の時は存在すら知らなかった。少なくともわたしは。
もしかしたら影野くんは噂レベルで、あるいは学校で見かけてわたしの可愛さに見惚れたかもしれないけど、それだけでスパイと断定するなんて人間技じゃない。
「……影野くんは本物のスパイとか?」
冴えない高校生の正体が悪の組織から世界を守るスパイだった。勉強も運動もイマイチだけど実はめちゃくちゃ頭が良くて強くて武器の扱いもうまい。それはそれで憧れるスパイの形だ。
能ある鷹は爪を隠す系だと普段の成績が悪くなっちゃうからわたしは諦めた。今のキラキラ女子高生系スパイの方が生活が充実してるから趣味と実用を兼ねられている。
「本物だったらすごいかも」
悪の組織なんて存在しないという現実的な自分と、わたしをスパイだと見抜いたからもしかしてという夢見る自分が心の中でバトルする。
化粧水を全身に塗るというルーティーンすらも楽しく感じるくらい心が踊っていた。
「下心もなさそうだし、本物だったらすごいし……」
わたしがクラスメイトと仲良くするのは全然自然なこと。まだ輪に入りきれてない影野くんを気に掛けるのは実にわたしらしい行動だと思う。
今までスパイとして積み上げてきた実績がわたしの行動を保証してくれる。
「もう少し監視してみよう」
まずはスパイらしくターゲットを監視だ。本物のスパイならカッコいい。わたしの秘密を知っているなら漏らさないように釘を刺しておく。弱みを握られて活動が制限される展開も熱いと言えば熱い。
長年続けたスパイ活動のスパイスだ。なんてつまらないギャグが浮かぶくらい心が浮ついていた。
「……友達に、なれるかな」
ベッドに身を投げ出して真っ白な天井を見つめる。わたしは友達が多いけど、それはあくまで表面上の友達。
休日には一緒に買い物やカラオケにも行くし、恋愛相談だって受けたりする。でも、心の底から満たされることはない。
本当に誰かと一緒にしたいのはスパイ活動だ。敵でも味方でもいい。わたし一人だけの世界に飛び込んできてほしい。
どこまで秘密を握っているのか、本物のスパイなのか、気になることはいろいろあるけど、一番の本音は影野くんと友達になりたい。そう思える相手が初めてだったから、相手の性別は気にならなかった。
たぶんクラスメイトに一番バレちゃいけないは、クラスに馴染めてない彼と本物友達になりという気持ちだ。全員平等の上辺だけの付き合い。そう思わせた上で一緒に遊びたい。
わたしは有能なスパイ。絶対にこのミッションを成し遂げてみせる。ますますモチベーションが上がったわたしは疲れた体を頑張って起こして寝る前のストレッチに勤しんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。