第22話 vs《副露マエストロ》クソ鳴きメスガキ(その⑧:清一色の鳴き待ち換え)

 麻雀を学んで最初のうちに楽しいことといえば、とにかく和了あがることであろう。高い手でもいいしクズみたいな手でもいい。ともあれ和了あがりは楽しいものだ。


 そこから少しだけ慣れてくると、今度はブラフを多用したくなる時期がくる。

 使い道もない端牌のドラを鳴いたり、高い手を装って河を作ったり、そうして全然自分の手が高くもなんともないのに相手を警戒させて降ろすのが楽しくて仕方がない頃がやってくる。


 ノーテン立直もその一つ。

 供託1000点を支払うという大きなリスクを冒してはいるものの、それゆえ読み筋から外れる邪道の戦術である。クラシックルールにおいては1000点の重みは想像以上のものがあり、おおよそリターンに見合わない支出と言える。だからこそ同卓している立場からすると、まさかノーテン立直で来るとは思わない。


 無論、あれをノーテン立直と断ずる材料はないが。


(構わないわ。残りの局数はあと二回、フローラの優位はほぼ決定的だもん)


 南三局、流れ1本場で供託1本。

 ドラは3索。


 モブ  :23500

 ピープス:28300

 リンシヤ:22500

 フローラ:44700


 場に1300点落ちているとはいえ、フローラとの点差を詰めようと思ったら満貫直撃以上の条件が求められる。

 ここからオリに徹すれば、フローラが負けることはほぼない。


(…………むしろ不利になったのはあの子の方よ。あの場面は、親のピープスちゃんに連荘させてあげなきゃ駄目な場面だったもんね)


 しかし、である。






(…………手が一色手傾向ね)


 8巡目。

 フローラの牌姿ぱいしはまさかの索子の清一色チンイツ模様。

 11233455679七七


 清一色チンイツドラ2。鳴いて跳満の大物手である。


 無論急所の8索がそのまま入ったら平和ピンフドラ2で黙聴ダマテンに構えることも考える。

 それだけでなく、もっと急所の2索が入ったなら一盃口確定で、平和か一気通貫を天秤にかけることもできる。打9索の平和構えは待ちが多いがドラ筋かつ自分で3枚使いの36索待ちで、打5索の一気通貫構えは筋8索でロン和了あがりができる。

 2索8索が入れば清一色チンイツに行かなくても済む。

 非常に贅沢な手である。


(…………オリるだけでいいのにね)


 11233455679の部分が難しいが、この一色手は暗刻がない分まだ簡単な方である。

 暗刻がないときは確定順子しゅんつを抜き出せばいい。

 この場合は123であり、残り部分は13455679。


 345567に1と9のくっつきと見なせば、受け入れは123789。

 13+455679という嵌張カンチャン両面リャンメン嵌張カンチャンの分け方をすると、2+368。

 左右対称系なので、逆の134556+79という嵌張カンチャン両面リャンメン嵌張カンチャンにも抜き出せる。その場合は8+472。


 よって受け入れは12346789と非常に広い。


(…………流石にこれをオリるのは、むしろ付け入る隙を与えてしまう)


 妙に落ち着かない。

 そんな違和感をフローラが感じている最中。

 不意に、上家のリンシヤから打4索という非常に甘い牌が出てくる。


 リンシヤの河:

 九白發中8北一4


 フローラの河:

 北九①二白⑨六⑥


 フローラの河にはドラ色の索子は高い。しかも4索はドラそばである。

 これを押してくるということは、一向聴イーシャンテン気配で、この局和了あがりを目指していることが伺える。


「……チー」


 牌姿ぱいしをしっかり確認して、フローラは4索をチーして拾った。

 連続した形を残すため、当然の35の嵌張カンチャン捌き。打七萬で清一色チンイツ一向聴イーシャンテン


 フローラの牌姿ぱいし

 112345679七 435


(…………ん)


 11234567+9の、三面張+9索くっつきなので、受け入れは147と789、合わせて14789索の合計5種類である。

 仮に親がもう一枚索子を勝負して出してくれたら、約半分は鳴いて清一色チンイツ聴牌テンパイに取れる。

 もちろんツモで引いてしまってもいいわけで――。


(…………順調なツモね)


 フローラの牌姿ぱいし

 112345679七 435 ツモ7索


 10巡目にして、嵌張カンチャンの8索待ちで聴牌テンパイ

 打点は跳満。とどめを刺すにふさわしい大物手である。


 とはいえ、親のリンシヤに筒子が高い。どこまでこの嵌張カンチャンで押し切るかが難しいところであるが――。


「……ちっ」


 対面のピープスがフローラを警戒しながら、1索を切った。

 何となくフローラが染め手なのを察しているのだろう。

 実際1索は受け入れの一つ。

 ポンで鳴いたら147索の三面張に待ちかえができる。

 しかし――。


(でもこれは鳴かないよーだ)


 これを鳴かないのが《副露マエストロ》。

 まだフローラの最終手出しは七萬。他家から見た彼女の牌姿ぱいしと河は、


 フローラの牌姿ぱいし

 ?????????? 435

 フローラの河:

 北九①二白⑨六⑥七七


 という形である。

 七萬対子落としで染めに向かったように見えるが、ドラ3索だから鳴いた断么九タンヤオもまだ否定されてはいない。

 索子がまだ溢れていないし対子落としした直後なので、まだ聴牌テンパイしきってない、ぎりぎり一向聴イーシャンテンのように見える。


 もしこれを鳴いたら、打9索になるので、


 フローラの牌姿ぱいし

 ??????? 111 435

 フローラの河:

 北九①二白⑨六⑥七七9


 となり、「端牌の1をポンで鳴いても和了あがることができる役」「七萬の対子より9索を引っ張りたい牌姿ぱいし」という情報と、9索という索子余りの情報を与えてしまうので、一気に索子が出にくくなる。


 それに、鳴いたところで1索は0枚(他家が既に1枚切ってる)、4索は2枚、7索も2枚の残り4枚で、今の嵌張カンチャン8索の3枚待ちと比べても、枚数が1枚しか変わらない。


(親が早めに打8索してるってことは、親は8索掴んだら切ってくれそうだしね)


 よってこの1索は鳴かないのが正解。

 ピープスも和了あがりに向かっているということは、親の連荘の可能性がますます減っているともいえる。ここで1索を鳴いて、染めを強く警戒させると、現状2着目のピープスはオリてしまう可能性もある。ここは二人がかりで親を流すのが一番フローラにとっていい。


 結構押せるところまで押しそうだ――とフローラが考えていると、さらに11巡目のツモが予想外のところに刺さった。


 フローラの牌姿ぱいし

 1123456779 435 ツモ7索


(ん…………ツモ7索?)


 打1索で89索待ちに変えられる。

 高目一気通貫もついて、清一色チンイツドラドラ一気通貫で倍満手になってしまった。


(…………ふ)


 打1索。

 オリるのが余計に難しくなってしまった。筒子を引いてもある程度勝負だろう。


 リンシヤの河:

 九白發中8北一【4】北②

 ※【4】はフローラが鳴いたもの。


 点数状況的にはオリてもいい場面だが、生意気な小娘の心を折るなら丁度いい手が入ったともいえる。


 今の打1索で、対面のピープスはますます険しい顔をしていた。

 索子があふれてしまった。しかも、先ほど鳴かなかった1索。読める人には読めてしまうだろう。

 実際、ピープスは手から何の脈絡もない萬子を切ってしまった。面子を崩しているようにも見える。次にもう一牌フローラへの安牌を切り出したら完全にオリだろう。


(ふふ、今の1索、怖すぎるわよね。分かるわよ。ピープスちゃんはもうオリでしょ?)


 フローラの牌姿ぱいし

 ?????????? 435

 フローラの河:

 北九①二白⑨六⑥七七1


 ドラが3索で、既にフローラは435で一副露している。

 その状態でなお1索をぎりぎりまで引っ張って持っていた(あるいはスライドした)ということは、手にまだもう一枚ドラの3索を持っていそうに見えるだろう。

 となると、フローラの手は最低でも混一色ホンイツドラドラの満貫濃厚。


 ここに索子をかぶせてくるような奴がいるとは到底――。






「……。通りますかしら?」

「!」


 その時。

 親のリンシヤが。

 続けての打4索。

 ドラそばの危険牌。


 フローラの牌姿ぱいし

 1234567779 435


(…………。この子、正気……?)


 思わず眉を潜めたフローラ。

 続くリンシヤの言葉は、過ぎた挑発であった。


「1索通って片筋、そして先ほど嵌張カンチャンで4索チーしているから4索のネックがまだ残っている可能性はやや低め、ですわよね」

「…………」


 そんな浅はかな読みで、清一色チンイツ気配濃厚のこの自分に4索を通したというのか――。

 フローラは思わず絶句した。


 しかも引いてきた牌は③筒。


 リンシヤの河:

 九白發中8北一【4】北②4


 リンシヤの最終手出し②筒(※4索はツモ切り)の関連牌で、それなりの危険牌である。

 たった一牌通されただけで、今度は倍満の手からオリを考えさせられる場面になった。


(いいえ違うわ)


 瞬間、フローラは自身の弱気を打ち消した。

 リンシヤは立直をしていない。


 先ほどの局といい、このリンシヤという少女は、聴牌テンパイしたら立直をかけてくる性格である。

 そもそも点数的に負けていてラス目なのだから、ここから着順上昇を見据えたら立直は当然である。

 そもそもここから親に対してオリるとして、索子が安全という保障はない。


(そうよ、こんな③筒なんかで日和って倍満手を崩すなんて、馬鹿馬鹿しすぎるわ。それより、相手の切ってくれそうな8索9索を咎めるほうが大事。この手でこの半荘にとどめを刺しきるほうが勝率は高い――)


 打③筒。

 そして――。






「ロン」


 リンシヤの牌姿ぱいし

 ①②④⑤⑥⑦⑧⑨三三四五六


「一気通貫。3,900は4,200」


 モブ  :23500

 ピープス:28300

 リンシヤ:22500→27700(※供託1000点込み)

 フローラ:44700→40500


「――――――――」

「連荘、ですわ」


 無言で相手の牌姿ぱいしを眺めているフローラに、リンシヤが真っ直ぐ射抜くような目で続きを促した。


 南三局、二本場が始まる。

 リンシヤとフローラの点数差は、12400点。


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