第21話 vs《副露マエストロ》クソ鳴きメスガキ(その⑦:ノーテン立直)

 クラシックルールにおいては、立直はかなり不利な行動である。

 立直をかけた場合には、基本的に全員が降りに回って受けるので、普通の両面待ち程度では、出和了あがりはほぼ期待できない。よって黙聴ダマテンか副露でロンを狙っていく傾向が強くなるのだが、リンシヤの選択はあえての立直。


(あえて立直ってことは、出和了であがりが利かない形……?)


 フローラは指先で牌を弄びながら考えた。

 有力候補は、断么九タンヤオ平和ピンフがつかない両面リャンメン


 リンシヤの河:

 8一二南中白 ⑥立直


 一萬、南、白、以外は全部手出し。

 ⑥筒切り立直ということは、普通に読めば⑥筒は関連牌だったはずである。

 入り目でないと仮定すれば、跨ぎの⑤⑧筒、④⑦筒待ちが濃くなる。双碰シャンポン形も仮定するなら、④④筒や⑧⑧筒のような対子を持っていることもありうる。


 だが、いかんせん通ってない筋が多すぎる。濃い牌もさほど出てなければ、価値の逆転している変な牌も出ていない。

 こういう薄い河の時は、⑥筒が関連している割合はむしろ少なくなる傾向が多い。


(…………)


 フローラの牌姿ぱいし

 三三三六七八⑥⑧22 ⑤⑤⑤


 手元の牌に安全な牌はない。

 切り順で考えれば、一萬二萬の手出しの順番に情報が少し残っており、二萬に何かを求めていたように見える。四萬あたりを持っているか、断么九タンヤオへの渡りを一瞬見ていたか。即ち、辺張ペンチャンの三萬受けを払っているが三萬が安全とは限らない。


(……。とはいえ、降りなら三萬の暗刻落としね)


 情報がない以上、しばらくは押す。

 フローラの⑤筒鳴きの後に⑥筒切り立直。

 立直が入ったとはいえ、⑤筒のワンチャンスを頼りに⑦筒が出てきやすい状況に変わりはない。


 打9索。

 打發。

 打③筒。


 ツモって来た牌を押し返す。

 9索は第一打8索の外牌で、發は字牌、③筒は⑥筒の筋。いずれも押し返しやすい牌である。

 いくら嵌張カンチャン待ちとはいえど、この程度の牌では回らない。押し引きの基本である。


(…………)


 ――ツモ六萬。

 悩むのは、こういう厳しい両無筋である。

 ドラが八萬なので、六萬ロンの時は絡んでいてもおかしくない。

 そもそも三六萬は四枚見えの筋。僅かではあるものの、暗刻筋は危険度が上がる。


(…………押してもいいんだけど)


 既に巡目も進んで11巡目に差し掛かってきている。

 嵌張カンチャンの待ちでずっと押すような手でもない。

 クラシックルールでは、ノーテンの罰符がないので、流局になれば立直も愚形待ちもノーテンも一緒である。

 愚形待ちで巡目が進んできた場合は、オリ寄りの選択が正着になる。


 あえて相手にチャンスを与えることはない。

 そう考えたフローラは⑥筒に手をかけた。立直には5索七萬が通っており、2索対子と七萬でオリきれそうである。

 巡目的にはまだもう一枚ぐらい無筋を掴んで勝負することになりそうではあるが、先の推理(=河が薄いこと)から⑧筒はまだ切りやすそうである。


「…………ふ」


 結局、フローラはオリを選んだ。感情に任せて、非合理的な打牌を選ぶ理由はない。そもそもトップ目は押し過ぎが罪であり、守備気味に構えたほうが着順を守れる確率が高まる。

 予定通り、打2索、打七萬、と手を崩していく。

 2000点の聴牌テンパイにはそこまで価値はない。


 道中、脇から⑦筒がこぼれ出たが気にしない。読み通り⑤筒のワンチャンスを頼って⑦筒を打ってくる人はいたが、これはもう手順の前後というもので、これを拾う手筋はなかったのだ。

 上がっても2000点。

 断么九タンヤオドラ1の嵌張カンチャン待ちを粘っていれば拾えた和了あがりだが、他家から立直を受けていてトップ目なのに押し切るその手筋は、フローラの押し引きバランスからは酷く逸脱している。


(……これでいい)


 ――そしてこの局も、流局となった。


 モブ  :23500

 ピープス:28300

 リンシヤ:23500→22500

 フローラ:44700


 南三局、流れ1本場に突入。

 洗牌シーパイの際に、立直不成立となって流れてしまったリンシヤがぼそっと囁く。


「……。ノーテン立直は罰符ナシですわよね」

「…………あ?」


 思わず目が合う。

 令嬢の瞳には、硬い意志の炎。






 ◇◇◇






 ノーテン立直が有効になる場面はいくつかある。


 例えば、点数が競っている相手の親落とし。

 待ちが絞りにくい捨牌を作って捨牌一段目ぐらいを目途に立直をかける事によって、他家を降ろさせるというやり方がある。


 他にも、優勝阻止の他家援護。

 例えばリーグ戦で、特定の人がトップを取ればほぼ優勝が確定してしまう時に、他家を援護するために1,000点を提供する目的でノーテン立直を打つケースが考えられる。

 もちろん自分自身にも優勝の目がある場合に限られる。


 いずれもかなりリスキーな選択肢であり、トリッキーな打ち筋ではあるが――。


(…………へえ、ノーテン立直ねえ)


 フローラはこんなことで動揺はしない。

 こんなことはどうとでも言えるのだ。ノーテン立直だった証拠もない。きちんと聴牌テンパイしている立直だった可能性も十分ある。

 こんな真偽が判断できない情報で揺さぶりをかけてくるのは、心理戦の範疇でしかない。

 気にするだけ損をする情報である。


(…………)


 気に食わない相手。

 一度も見ることがなかった牌姿ぱいし

 クラシックルールでの立直。

 度重なる挑発。


 フローラは、《副露マエストロ》は、そんな安い駆け引きで揺れるような打ち手ではない。


(……………………)


 そう、決してそんなことで揺れるような雀士ではない、はずなのだ――。


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