第20話 vs《副露マエストロ》クソ鳴きメスガキ(その⑦:鳴き読みの基本 その他)

 鳴き読みというものがある。

 基本的に面前の方が読みにくく、鳴きの方が読みやすい。

 理由としては「①一手進んだことが明確」「②入り目と手出し牌が確定している」「③役の範囲が限られてくる」という点がある。


 それゆえ、実戦で頻発する読みの法則がある。


 例えば。

 ・三副露からの塔子ターツ落としは、単騎待ち。

 ・一副露~二副露からの塔子ターツ落としは、その瞬間はノーテン(一向聴イーシャンテン)。

 ・鳴きと同時の塔子ターツ落とし完了はテンパイあり。

 ・先切り牌のまたぎ筋は安全。

 ・上家が切っている牌は安全。


 ――等である。


(ふぅん、これぐらいのことは《龍使い》から教わっているものだと思っていたけど、全然そんなようには見えないわね)


 フローラは少なくともピープスに対する警戒度を少し下げた。

 リンシヤはまだ鳴き仕掛けをしてきてないが、ピープスの方は上記の鳴き読みを警戒する素振りが見られない。つまり裏を返せば、フローラの鳴きに対して読みを入れてギリギリまで攻めてくるという相手ではないということである。


《副露マエストロ》と呼ばれるフローラだからこそ、鳴きに対してのケアは相応に鋭い。

 そして――この大陸では間違いなく指折りの精度を誇っている。

 とはいえ、である。


(……読みの技術のほとんどは、全部あの《龍使い》に教わったことだけどね)


 鳴きの読みについてもその例に漏れない。


 そもそも、麻雀であらゆる勝ち負けを決めるようなこの世界で、麻雀の技術をあんなに惜しげもなく公開するようなあの男・・・の方が異常なのだ。


 読みの精度。

 読みの引き出し。


 フローラは知っている。

 能力を一切使わずに、あの《十三不塔》の面々と対等以上に渡り合っている《龍使い》の、その底知れない強さを。


 どこでその知識を身に着けたのかは不明だが、少なくともこの大陸のどこを探しても、あれだけ体系化された麻雀技術を持っている人間はいない。

 ただ一人で闇雲に麻雀に打ち込んだところで、あれほどの知見を獲得できて、知識として整理できるとは思えない。


 どこかから麻雀の深淵の知識を引っ張ってきたとしか思えないほどの鋭さ。


(……ほんと、どうしてフローラじゃないの)


 弟子。

 何気なくそんな肩書を名乗っている人間がいる。

 それがフローラには見過ごせない。


 否、もうフローラほどの立場になってしまった以上、そんなことを気にしなくてもいいのかもしれないが――。


(どうして私に、全てを任せてくれなかったの)


 フローラの心の中に影が落ちる。

 彼女の心境は、他の誰も知る由はない。






「チー」


 南一局、ドラが⑤筒。

 後半に入って早々、フローラが早速鳴いて手を入れた。


 フローラの牌姿ぱいし

 ①②③⑤三四五345678


 ⑤筒単騎待ちから立直を打たずに形テン維持。

 そんな折、上家から出た④筒をチー。

 打①筒で三色同順さんしょくどうじゅんの確定形に受ける。


(ふふ、①③⑤の両嵌リャンカン形から嵌張カンチャンを鳴いて捌いたように見えるでしょう? この②筒は切られやすい盲点なの)


 断么九タンヤオ三色同順さんしょくどうじゅん、ドラ1の3900。

 索子にくっつけて好形こうけい変化を見るまでは、この盲点となる単騎待ちで遜色ない。


(ふふ、⑤筒引いてスライドしちゃってぽろっと出してくれる人もいるんじゃないの?)


 そんなフローラの期待もあったが――。


「……リーチ」

「!」


 今まで潜伏していたリンシヤから立直が出てくる。

 しかし宣言牌は②筒。宣言牌が放銃に回った。


「立直棒は要らないよ、ロンで。3900ね」


 フローラの牌姿ぱいし

 ②三四五345678 ④③⑤


 モブ  :23500

 ピープス:28300

 リンシヤ:27400→23500

 フローラ:40800→44700


 決着はあっさりしていたが――この局も結果的に、リンシヤの手組が見れなかった。


 宣言牌が②筒ということで、副露が入っていて愚形待ちだったフローラは助かったともいえる。

 基本的には、立直相手には待ちの良さが大事になってくる。

 待ちの枚数という観点で見れば、単騎待ちや嵌張カンチャン辺張ペンチャンの待ちは非常に不利で、場況が良ければもう少し補正してもいいものの、基本的には両面リャンメン相手には立ち向かえない。


 今回の単騎②筒待ちは、場況がそこまでいいという訳ではなく、フローラの河と牌姿ぱいしから予想したとき盲点になりやすいというだけに過ぎない。

 当然、他家からの立直が入れば出てきづらい牌になる。


 運よく宣言牌が和了あがり牌だったから良かったものの、あの立直が成立していれば、フローラの方が不利だったことは否めない。


(……。クラシックルールでも立直を打ってくる、ねぇ)


 気に食わない。

 この局も無事制したというのに、フローラの胸中に再び、もやのような影が差す。

 平然としたあの横顔。

 それ以上の情報が伺い知れない。


 これだけ買っているというのに、勝ち切ったような気がまだしない――。






 ◇◇◇






 南二局、ドラが八萬。

 7巡目、ここでもフローラは鳴きで入った。


「ポン」


 フローラの牌姿ぱいし

 三三三六七八④⑤⑤⑥⑧22


 この牌姿ぱいしから、出てきた⑤筒をポン。これができるのも、《副露マエストロ》の柔軟さがゆえである。

 理由は簡単で、これも釣り出しのポンに分類される。


断么九タンヤオドラ1の手。立直は打ちたくないし、ちょうど⑤筒が枯れて困ってしまう人もいるはず……でしょう?)


 フローラの牌姿ぱいし

 三三三六七八⑥⑧22 ⑤⑤⑤


 ここで打④筒。

 筋の⑦筒が放銃になる、というのも都合がいい。

 もちろんフローラのこの仕掛けが怖い仕掛けかと言われると微妙だが、7巡目のこの鳴きで聴牌テンパイが入ったようには見えておかしくない。


 この鳴きを見てもう追いつけないと思った人がいるのであれば、ここで安全進行を意識して、筋の⑦筒ぐらいは今のうちに切ってくる可能性は高かった。


 元々の牌姿ぱいし、④⑤⑤⑥の中膨れ部分があるおかげか、両面リャンメン率は確かにそれなりにある。

 だが今は7巡目。

 好形こうけい変化を待って一向聴イーシャンテンを続けるより、聴牌テンパイを取っておくほうが重要となる巡目でもある。


(さあて、後は他家の動き出しを観察させてもらおうかなーと)






「……立直」

「!」


 そんな折であった。

 フローラがあまり警戒をしていなかったリンシヤから立直が入ったのは。


 リンシヤの河:

 8一二南中白 ⑥立直


(……? 確かに、一二萬の辺張ペンチャン払いはありましたけども……)


 ぱっと見たところ、辺張ペンチャンより、役牌を引っ張るほどの遅い手……のように見える。

 運がいいだけの立直だろうか。あるいは打点も伴った本手であろうか。


 河が薄い分、情報が全くないが――。


「……どうせ大したことのない待ち、ですわよね」

「――――!」


 リンシヤからの分かりやすい挑発。

 明らかにこの台詞は、フローラの先ほどの言葉を揶揄したものだと思われた。


(殺す)


 フローラは目を鋭く細めた。それは獲物を狙う蛇の瞳――。

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