第19話 vs《副露マエストロ》クソ鳴きメスガキ(その⑥:鳴き読みの基本 三副露からのターツ落としは単騎)

 東四局、流れ一本場。

 モブ  :24100

 ピープス:26000

 リンシヤ:28000

 フローラ:41900


(思い切り負けさせろ……って言ってたが、もう既に何もしなくても負けてんじゃねェか)


 配牌を触りながらも、ピープスは内心で毒づいた。

 確かに、あの《龍使い》に頼まれて、フローラとリンシヤを引き合わせたのはピープスである。リンシヤを思いっきり負けさせてほしい、という意味の分からない指令を受けてその通りに働いた。

 どういう意味があるのかは分からない。精神面を鍛える意味があるのかもしれないし、大負けすることでしか得られない経験もあるのかもしれない。あるいは、圧倒的に格上の相手と打つことで学ぶものがあると踏んだのか。


 問題は、この場にピープスも陪席しているところである。

 ピープス自身は別に、負けてこいとも何とも言われていない。別にフローラと戦ってもいいし戦わなくてもいい、もののついでのような扱いであった。


(……まぁ、そりゃあ俺と《龍使い》の最初の出会いは良かったとは言えねえ。俺があの人を見誤って、カモだと思って侮っちまった。そして痛い目にあっただけだ)


 文句はない。最初に失礼を働いたのはこちら側である。

 別にあの《龍使い》ロナルドからすると、ピープスなんてさして気にしていない存在なのだろう。

 便利な駒だから手元に置いているというだけ。だが引き換えに、麻雀の技術をたくさん教えてくれる。

 ある意味最も分かりやすい『利害関係』という間柄である。


(……こういうのが、一番腹立たしいんだよなァ)


 もしも――。

 仮にピープスが、かの《十三不塔》にも引けを取らないような腕前の雀士であったのであれば。

 少なくともこんなお使い係・・・・のような扱いは受けていなかったはずである。


 そんなどうでもいい仮説が頭の中から離れない。


(もし俺が、もっと名の知れた雀士であったのであれば、こんな扱いじゃ済まねえはずだ)


 ――そうであれば、少なくとも麻雀初心者の令嬢のための雑用係みたいなことをやらされることはなかった。


(これはチャンスだ)


 名前を上げる貴重な場。

 あの《十三不塔》の一人と対等な条件で打ち合える数少ない機会。

 もしこの場で、あの《副露マエストロ》フローラに勝ってしまったとすれば。


 この《透かし見》ピープスを無視することはできないだろう――と。






(とはいっても、俺の『裏ドラ確認』はこのクラシックルールじゃほとんど意味がねえ。裏ドラが乗らない以上、供託払ってまで裏ドラを見ても大した情報にならねえ)


 もとより、ピープスは立直麻雀を好む打ち手である。

 裏ドラを確認できる能力を持っていることが大きい。裏ドラを搦めて手を作りにいけるからである。鳴くと当然裏ドラが使えないので、必然と面前志向になる。


(……このクラシックルールじゃ、俺はほとんど能力なしと同じようなもんだ)


 よって、無理に面前にこだわらなくていい。

 どちらかというと、鳴きで向かっていく打ち方が有利になる。


「……ポン」


 なので、シンプルに鳴いて手を進めていく。


(これ以上親で上がられたら追い詰められねェ)


 現状、フローラの親番。フローラの点数は41900。

 ここで連荘されたら追いつくのはほぼ絶望的になる。よってここは1000点でもいいので和了あがりに向かう方がいい。


「……チー」


 ピープスの牌姿ぱいし

 七八九②④三四 768 白白白


(……頭がない形になってしまったが、一向聴イーシャンテンには漕ぎつけた)


 二副露で高そうに見えない鳴き。親を蹴るための軽い手ということが周囲にも露呈してしまっているだろう。ドラの九萬が入っているが、それでも2000点程度の手。

 見るからに安い晒し方である。


「……ふぅん」


 フローラからどうでもよさそうなふぅんの声が聞こえた。何か読めたのかもしれない。だが、読めるような情報は特に晒していないはず――。

 問題は、次の牌を鳴くかどうかである。


両面リャンメン両面リャンメンならスルーもあるかもしれねえが、単騎待ちになってもいいなら……)


 続けて出てくる③筒も当然のチー。

 打四萬で聴牌テンパイに取る。10巡目で間に合ったのか間に合ってないのか分からないこの場面。


 ピープスの牌姿ぱいし

 七八九三 ③②④ 768 白白白


 単騎待ち。

 当然もっといい待ちになれば待ち換えに取る。もちろん打点面も考えると、ドラの九萬あたりが最高である。


「…………へえ」


 フローラの蔑むような視線も全く意に介さず。あくまで愚直に、親を流しに向かう。


 三副露。

 面前派のピープスにすれば慣れない手筋。しかしそこまで悪い感触はしない。

 この手は么九ヤオチュウ牌や字牌を持ってくればいいだけなので、実質今の形は仮テンのようなものである。


(早く字牌かドラを引いてくれ……!)


 字牌引き、ドラ引き、いずれでもさっさと待ち換えをしたいところである。

 三萬では出上がりも期待できない。場況が良ければともかく、別に萬子は使いにくい待ちではなかった。


 しかし、数巡たってもいい牌が来ない。

 せいぜい引いて来たのは8索。中途半端だが、三萬よりは悪くない。自分で一枚使っていて、河には一枚も出ていない。

 残り2枚。あまり確証はない。


(……。やけに視線を感じるが、どういうことだ?)


 フローラからの視線を受けつつも、ピープスは自分の有利になるよう牌を選んだ。

 打三萬。

 ピープスはあくまで自分の手に素直に打牌を進めた。河に一枚切れている三萬と残り待ち枚数は同じ2枚で、場況もさほど差がないのであれば、入れ替えても悪くない。三萬は直前の手出し四萬のそば待ちなので、読まれる可能性があった。

 しかし、その放たれた三萬を見て、フローラが小さなため息をついた。


「……どうせ単騎待ちでしょ?」






 ◇◇◇






「……どうせ単騎待ちでしょ? フローラから見たらそれ、だいぶ単騎待ちっぽい見え方してるもん」


 フローラの看破。

 何ということはない。《龍使い》ならもっと精緻に読んでいる。これは初歩に近い鳴き読みである。


 ピープスと呼ばれている青年が、目を少しだけ見開いて固まった。

 咄嗟に平静を取り繕って「……さあな」と低い声で返していたが、見るに図星らしい。

 そもそもそんな猿芝居がなくても分かる。

 三副露でその手出しはかなりの確率で単騎待ちである。


「その鳴きってMAX3900あるのそれ? ドラがどこに行ってるか読みにくいけど、多分その鳴き、フローラも他の人も楽にさせちゃってるよ?」


 フローラは内心、もう心底この半荘戦が心底どうでもよくなっていた。

 41900点。他家より14000点程度勝ってしまっているこの状況で、もうフローラは守れば負けがない状況であった。


「三副露したとき、ピープスちゃんって打四萬だったでしょ? 分かんないけど鳴く前は②④四????って形だったわけでしょ。手出し三萬って、三四萬の両面リャンメン塔子ターツ落としてるわけでしょ。じゃあ『②④三四???』って形から鳴いたことになって、両面リャンメン塔子ターツの三四萬に手をかけざるをえなかったってことは、???の方が両面リャンメンよりも強いってことだから、だいぶ???の部分が完成面子っぽいよね。それも順子形。暗刻系ならそこから一枚切って三四萬残しになりそうだもん」


 フローラの推理は簡単であった。

 あれだけ手が短い状態で、三萬四萬が手出しになるケースは、かなり限られているのだ。


 ここまで丁寧に解説しなくても、そもそも、三副露から塔子ターツ落としになるような手出しのときは、単騎待ちがほとんどだと覚えておけば問題ない。

 複合塔子ターツの時や聴牌テンパイしてない時、振聴フリテンの時などは違うが、それ以外の概ねのケースで、『三副露からの塔子ターツ落としは単騎待ち』が成立する。


「染め手でもないし、打点もなさそうだし、全然和了あがりを取られてもいいよ。どうせフローラがトップ目で局消化だもの」


 つまんなぁい、とフローラはぼやいた。

 十中八九、この推理は間違っていないだろう。


 どこか表情が硬いピープスは、その後、手出し打8索としてまた待ちをどこかに変えてしまった。

 しかしどうでもいい。読む必要はもうほとんどなかった。


 フローラにとっては、よく分からない立直の方が怖い場面であった。

 あんなに待ちも打点も読める鳴きは、警戒に値しないのだ。振り込んでもいいぐらいの点数状況だったといえる。


「……ツモ。一本場で600-1100」


 どこかばつの悪そうな声でピープスがツモり和了あがった。予想通りの牌姿ぱいし


 ピープスの牌姿ぱいし

 七八九西西 ③②④ 768 白白白


 字牌の西に待ちかえして、白ドラ1の二翻の和了あがり。一本場がつくも、軽微な和了あがりとなる。


 東四局、流れ一本場は終結し、これにて南入となる。

 モブ  :24100→23500

 ピープス:26000→28300

 リンシヤ:28000→27400

 フローラ:41900→40800


(……まだ、12000点以上の差があるもんね、ざまぁ)


 半荘戦の半分が終了。

 ここまで、リンシヤの牌姿ぱいしは一度も開かれていない――。


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