第18話 vs《副露マエストロ》クソ鳴きメスガキ(その⑤)

 東三局。点数状況は既にフローラの一強状態。

 運だともいえるが、実力差が出ているとも言える。少なくともフローラの腕がなかったら成就していない3900と2000-4000であった。


 モブ  :24100

 ピープス:26000

 リンシヤ:28000

 フローラ:41900


 ドラは五萬。リンシヤの親番である。

 得点差は既に14000点近く。これを捲ることを考えると、三翻ぐらいの手を上がっておきたいところである。


(東三局、そろそろ折り返しということを考えると、ここで加点しておかないと厳しいですわね……)


 そう考えるリンシヤの思いとは裏腹に、フローラの鳴きは止まらない。


「ポン」


 フローラの牌姿ぱいし

 ?????????? 東東東


 河は筒子が高い。

 そして実際、一枚②筒を勝負したところ、それを食われて二副露の形を与えてしまう。


「チー」


 フローラの牌姿ぱいし

 ??????? ②①③ 東東東


 フローラの河:

 74二北72中


「へーえ……ぬるいねぇ」


 フローラから煽るような台詞が飛んできた。幼い少女の言葉とは思えない辛辣さ。

 流石に勝負しすぎたであろうか。別にリンシヤの牌姿ぱいしは特段いいわけではない。

 親だから押したというだけであって、正直先ほどの②筒は絞っても問題なかった。


(……。下家のフローラさんから打⑨筒……。筒子余りということは、そろそろでしょうか)


 フローラの鳴きのレンジは読めない。ブラフもあれば本手もある。

 少なくともこの半荘ではまだ打点の安い鳴きを見せてはいない。

 そのためあの打⑨筒が、ただ筒子が余ったふりをしているだけということもありうる。

 当然逆も然りであり――順当に筒子の染め手が聴牌テンパイしている可能性もある。


「……」

「なあに? こっちを見つめても何にも分かんないよ?」


 河を見ろよ、と低い声。

 舌足らずのしゃべり方と裏腹に、この少女の言葉には、歴戦の猛者の風格が見え隠れする。


 フローラの河:

 74二北72中⑨


(言われた通り河を見ても……正直情報らしい情報はありませんわね)


 筒子が高いということだけは分かる。

 しかしそれは別段、フローラだけ筒子が高いという訳ではない。


 モブの河:

 北九11一二中


 ピープスの河:

 西九発①西三


 リンシヤの河:

 一北白9①


 フローラの河:

 74二北72中⑨


 全般的に見て、萬子がやや安く、フローラだけ索子を多く切っているという状況である。筒子が高くなっている要因としてはフローラへの警戒が大きいだろう。

 萬子はドラが五萬だから高くなってもおかしくはないのだが、中張牌ちゅうちゃんぱい以外はだんばらに切られている。こういう時は、萬子の真ん中でみんなターツを持っており1ブロック手元にある(が2ブロックはなさそう)というような推論ができる。


 しかしそれ以外の情報はない。

 筒子は決定打となる情報に乏しく、フローラの鳴きが不気味に映る。


(……。南が姿を見せていませんわ。それに白發もまだ死んでいるわけではない……)


 ブラフか本手か、既に一向聴イーシャンテン以上なのかそれとも遠い鳴きなのか。

 深く読み過ぎると却って大やけどする。それがフローラの自由自在の鳴き麻雀。


(……もう少し、切り込んでみますわ)


 普通に考えれば、巡目が浅いときほど押しやすく、巡目が深くなればなるほど押しにくい。

 そう考えたとき、中盤に差し掛かった二副露の相手に押せるかどうかはかなり際どいボーダーライン上とも言える。しかしリンシヤは、親であるという理由ただ一点で押し寄りの判断を取った。


 打⑦筒。






 ◇◇◇






(……ちっ、やるじゃん)


 フローラの牌姿ぱいし

 五③④⑥南南發 ②①③ 東東東


 フローラは内心で舌打ちをした。確かに先ほどの打⑨筒の段階の牌姿ぱいしでは、まだ張っていない。

 実際、打⑨筒子のところは打發が一番広い。しかしフローラに言わせれば、ここは打⑨筒の方が勝ちやすい。


(打点の種である五萬、南、發は残しておきたいし、万が一どこかから立直が入ったとしても、安牌候補の南と發で安全に降りられる……。一方で、⑨筒を下手に抱えると、他から立直が入った時に打⑨筒は苦しすぎる)


 ドラの五萬は重ねたり塔子ターツにする使い道がある。南はポンできる。

 發は安牌としても優秀で、重ねても強い。

 ⑨筒は端牌でくっ付きとして弱いから、他家牽制のブラフに使う価値が十分にある。


 だからこその打⑨筒。

 親が上家というのも好都合であり、親に自由に麻雀を打たせない意図もあった。すなわち、変な筒子を抱えて沈んでもらおうという狙いである。

 絞り殺しの逆。絞らせ・・・殺し――とでも言うべきか。


 ただし、押し返されるのは少々予想外である。打⑦筒は想像以上に強い。①②⑦を払っているということは、筒子の先切りでコンパクトな牌姿ぱいしにまとめてきたとも読めるが、純粋に好形こうけい一向聴イーシャンテン以上のようにも見える。


(……)


 考える。しかし答えは出ない。

 しばらくの沈黙。リンシヤの表情は読みづらい。幼き《副露マエストロ》は、この日一番の長考に沈んだ。


「……フローラさん」


 そんな折、相手のリンシヤが口を開いた。

 手元で理牌リーパイしながら、静かな声で含みを持たせながら。


「相手の顔を見つめても何も分からない……ですわよ」

「……」


 奇しくもそれは、先ほどフローラが投げかけた言葉。

 挑発としては、十二分以上の効果があった。


(……殺す)






 ◇◇◇






 最終的に、東三局は流局となった。

 フローラがあの打⑦筒に警戒を強くして、五萬切り飛ばしての混一色ホンイツ一気寄せに向かえなかったことが理由であった。

 混一色ホンイツ気配濃厚の自分に、明らかに怖い⑦筒を切り飛ばしてくるということで、ドラが固まっているように見えてしまったのがフローラを躊躇わせた一因である。

 とはいえフローラもノーテンだったわけではなく、

 

 フローラの牌姿ぱいし

 五六③④⑤南南 ②①③ 東東東


 の形で聴牌テンパイが入っており、四七萬が出てこなかったのが不運であった。

 肝心のリンシヤの牌姿ぱいしは、ついぞ開かれることはなかった。親番が流れて、得点は変わらず。

 流れて進む、東四局の一本場。


 モブ  :24100

 ピープス:26000

 リンシヤ:28000

 フローラ:41900


 条件はほぼ変わらず、点差は13900点。


(……ちぇ、どんな手から⑦筒を押してるのか、見れなかったじゃない)


 ただの全ツッパのカモなのか。

 それとも、押し引きを十分熟知している麻雀強者なのか。


 あの《龍使い》の弟子という、この麻雀打ちの貴族令嬢は一体――。

 フローラの疑問は、まだ小さな種として胸中に残ったまま。






 ◇◇◇






「……」


 リンシヤはリンシヤで、七巡目時点のクズ手からの打⑦筒を悔やんでいた。


 モブの河:

 北九11一二中


 ピープスの河:

 西九発①西三


 リンシヤの河:

 一北白9①


 フローラの河:

 74二北72中⑨


 リンシヤの牌姿ぱいし

 三五七22346688⑦⑦⑧


(……7巡目ぐらいで二向聴リャンシャンテン。⑨筒の余った二副露染め手にここから打⑦筒はやりすぎでしたわね……)


 今のうちに⑦筒を切れば後半筒子を勝負しなくていい――そういう願望が先走ってしまった、要らぬ⑦筒無駄押しであった。

 自分が二枚持ちである以上、染め手のキー牌の可能性も高く、少なくとも愚形残り二向聴リャンシャンテンから押す牌ではない。これが好形こうけい確定の一向聴イーシャンテンであれば十分押しもあるのだが。


 形を維持して打2索がロスが少ない。ツモ四六萬やツモ568索などネックが解消されていって前に出る選択肢が出るぐらいで、⑦筒という勝負牌を今押すほどの手牌価値はない。

 だが、それがゆえに――。


(あの打⑦筒で、フローラさんの打ち方がちょっとだけ不自由になっているようにも見えましたけども……?)


 鋭敏がゆえの弱点。非合理な打牌への読みがズレてしまうこと。

 リンシヤはまだ確証を持てていないが――あの一打には上手く言葉に言い表せない手ごたえがあった。


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