第17話 vs《副露マエストロ》クソ鳴きメスガキ(その④:鳴きでアガリ牌釣り出し)

「丁度いいからピープスちゃんも入りなさいよ」


 そんな鶴の一声で決まった四人麻雀。面子は、フローラ、リンシヤ、ピープスとあと一人。

 賽子による場決めが終わり、洗牌シーパイの段階に入る。

 卓に着いて分かったことだが、案外この部屋は広かった。『高貴な人を招き入れて遊戯に耽るための特設室』ということもあってか、椅子の座り心地も悪くない。改めて今から行われる麻雀を前に、気持ちの高揚を感じる。緊張と言ってもいいだろう。

 とにかく落ち着かなかった。フローラからひしひしと伝わってくる敵愾心も含め、どうにも落ち着かない。


 モブ  :30000

 ピープス:30000

 リンシヤ:30000

 フローラ:30000


「別に列を組んでもいいわよ、フローラが勝っちゃいそうだけどね」


 少女の言葉は、聞いていてあまり面白くないものだった。

 列を組む、とはコンビ打ちのことである。

 どうやら随分と実力を低く見積もられているらしい。


「そんなことはしませんわ。あくまで実力で勝負いたしますわ」

「ふぅん」


 心底どうでもよさそうな返事が返ってきた。

 本当に歯牙にもかけていないのだろう。


「どうでもいいけど、あっさり負けないでね。つまらないから」






 東一局、ドラ2索。

 10巡目に入って出てくる⑤筒。そこにフローラから声がかかった。


「ポン」


 ?????????? ⑤⑤⑤


 ⑤筒をポンして打⑥筒。


(……⑤⑤⑥を捌いたということでしょうか? 古くからの格言では、『チー出しソバあり、ポン出しソバなし』と言われますが……)


 筒子回りが安全度が高まったと言える。とはいえこちらが押し返せる牌姿ぱいしかというとそうでもない。

 リンシヤの手は、あまり良くない。


 一一三五五③④56889白


 頼みの③④筒の両面リャンメン塔子ターツも、⑤筒ポンが入って随分と弱くなってしまった。

 十中八九、あのフローラの仕掛けは断么九タンヤオであろう。一萬9索白を落していけば、最後まで降りきることはできそうである。


(聴牌まで遠いですし、愚形残りですし、この手は降りましょう……)


 リンシヤの手はひどい。

 愚形残りの三向聴。打点も見えない。この手を例えば無理に断么九にしたところで高くはならない。

 これほどまでに自分の手が弱い以上、流局するのが一番いいのだ。


 そこに来てツモ⑦筒。

 フローラが⑤⑤⑥筒を鳴いて捌いたので⑦筒は比較的安全である。止める牌ではない。今のうちにツモ切ろうかと思ったが――。


(……ここで一萬対子落としは弱気過ぎでしょうか?)


 この⑦筒すら打つのも躊躇われるほどの弱い手。

 リンシヤはあっさりと一萬を打って手を崩した。


 それが幸を成した。

 フローラの鳴きで⑤筒が薄くなったのを見てか、対面が⑥筒⑦筒と両面落としを始めたのだ。そしてその⑦筒に声がかかった。


「ロン」


 二三四⑤⑥22567 ⑤⑤⑤


「断么九ドラドラで3900」


 フローラの和了。

 その待ちは絶好の④⑦筒待ち。リンシヤは目を凝らして牌姿を眺めた。


(……二三四⑤⑤⑤⑥⑥22567から⑤筒をポンしたのですのね。ドラの2索と⑥筒の双ポン待ちではリーチせず、盲点になりやすい④⑦筒を釣りだした、と)


 実際にリンシヤも、これを⑤⑤⑥筒の鳴きだと読んだ。

 そこにターツが残っていることは読めなかった。⑤筒が使いづらくなったおかげで出やすくなり、そして盲点となる待ち――この鳴きは確かに鋭い。


 モブ  :30000→26100

 ピープス:30000

 リンシヤ:30000

 フローラ:30000→33900


(もちろん手に⑤筒暗刻がある分⑥筒自体が悪くないし、手変わり見て黙聴でも良さそうですが)


 それでも両面が強いというのが大原則であり、鳴いたときの見え方も強い。黙聴の双ポン5200よりは鳴いて両面3900のほうがいい。

 クソ鳴きだと揶揄されているような雀士とは思えない繊細さ。やはり目の前の少女は腐っても《十三不塔》の一人なのだ。






 続く東二局。ドラは發。

 誰でも使える字牌がドラ――クラシックルールにおいては非常に意味が大きい。

 そんな中、早速二巡目に少女が動いた。


「ポン」


 やはりポンが入ったのはフローラ。しかしそれは①筒のポンである。


 フローラの牌姿ぱいし

 ?????????? ①①①


(……混一色、チャンタ、トイトイ、役バック、考えられる手役はまだ色々ありますわね)


 どれかはまだ絞れない。狙いがわからない段階では、過剰な警戒はむしろ損である、

 こういう相手には今のうちに、⑨筒あたりは切ってしまいたい。後になればなるほど筒子が切りづらくなってくる。

 だがしかし――。


「⑨筒ポン」


 フローラの牌姿ぱいし

 ??????? ⑨⑨⑨ ①①①


 更に続けて――。


「北ポン」


 高速の三副露。

 端牌に字牌と鳴きやすい牌ではあったものの、随分怖い形に見える。


 フローラの牌姿ぱいし

 ???? 北北北 ⑨⑨⑨ ①①①


 端牌だけでなくオタ風も鳴いて随分圧の強い副露である。

 これではもはや、立ち向かっていくことは厳しい。


 ここまで僅か、たった4巡の出来事である。


(……3900和了あがられたところに、続けて満貫級の和了あがりを決められてしまったら、追いつくのはほぼ絶望的ですわね)


 リンシヤは内心で警戒を高めた。

 ドラも不気味な發。つまり混一色ホンイツ、トイトイ、混老頭を否定できないあの怖い鳴きの構成ターツに入っていておかしくない牌である。

 そうなってくると、この巡目からでもオリを意識せざるを得ない。


「……怖い? ねえ、怖がってるの?」


 煽るようなフローラの笑み。

 しかし言葉と裏腹に、どことなく顔に影が掛かっていて、凄みのようなものがにじみ出ている。

 あれこそが副露マエストロ。

 立直が怖いのは当たり前だが、鳴きが全く侮れないのは麻雀強者の証拠――。






 ◇◇◇






(ふふーん、苦しんでもらお)


 フローラの決断は早かった。


 配牌は正直良くなかった。

 478①②④⑦⑨⑨六六北北

 だが、第一ツモが①筒で、あっさりと方針が決まった。

 第一打は4索。混一色ホンイツ混全帯么九チャンタとトイトイを見据えた打点派の一打である。


(だってこの手、普通に伸ばしたところでリーのみ愚形なんだもの)


 当然、出た①筒はポンをする。

 同じ色の端牌と字牌で3対子ある。鳴きやすい条件が揃っている。七対子の2向聴シャンテンは見なかった。

 序盤は鳴いた方が早い。さらにクラシックルールでは副露で相手を降ろしやすい。このバラバラの手牌構成であれば、強くみえる情報は晒した方がいい。

 加えて、鳴いても打点が望める。


 色々条件を加味しても、かなり鳴きの手である。


 鳴きやすい①⑨北が対子だったのが決め手であった。


 六萬が対子でなくても鳴く。

 筒子があと1~2枚少なくても鳴く。

 萬子索子で両面リャンメン塔子ターツが2個あったり、萬子索子で面子が一個完成していても鳴く。


(六萬からは鳴かないけどね。混一色ホンイツの方が柔軟だもの)


 フローラの河:

 4六六8


 フローラの牌姿ぱいし

 7②④⑦ 北北北 ⑨⑨⑨ ①①①


 このバラバラの手牌。まだまだ和了あがりが遠そうな形である。

 しかし、上家はチーさえ警戒せざるを得ない。それに他の面々にしても、筒子と字牌の生牌においそれと手をかけられないだろう。


(ふふーん、あとはこのまま一人旅させてもらお)


 この鳴き晒しを作ったら、あとはもう勝ちも同然。

 どう見ても安くは見えないこの鳴き。

 フローラがまだ張っているかどうかは分からない鳴きだが、張っているとすれば高いことは間違いない。そんな副露だからこそ、フローラはほぼ勝ちを確信していた。






 ――実際、この局は14巡目に、


 フローラの牌姿ぱいし

 ②②④④ 北北北北 ⑨⑨⑨ ①①①①


 の形で聴牌テンパイが入った。

 道中で①筒、北の加カンを行い、さらに周囲に圧をかける。

 それこそがフローラのスタイルである。クラシックルールなので尚更加カンしやすいが、もしこれがクラシックルールでなかったとしても加カンは行っていた。

 そもそも他家から高そうに見える手である以上、加カンしない選択肢はほとんどない。


(降ろさせるためのブラフ、少し遠回りでも打点を追う手作り、他家を抑制しているうちに手を育てる進行――そう、これがフローラの麻雀なの)


 ①筒から鳴くことをクソ鳴きという人がいる。

 役が確定せず、受け入れが狭くなり、立直が使えないことを『弱い』と断ずる人がいる。

 そういった人間たちを、フローラは実力で叩き潰してきた。


「――ツモ」


 ことり、と卓に置かれる牌。

 卓にたたきつけるような下品な真似はしない。

 高い和了あがりは、あくまで丁寧に見せつけるのがいい。


混一色ホンイツトイトイ、2000-4000」

 

 モブ  :26100→24100

 ピープス:30000→26000

 リンシヤ:30000→28000

 フローラ:33900→41900


「……麻雀舐めてるの?」


 凍てつくような毒が吐かれる。

 この二局、フローラ以外が麻雀をろくに打てていない。

 そこまで高い手が跋扈しているわけではないというのに――場は既に、《副露マエストロ》の独擅場に成り果てていた。


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