第16話 vs《副露マエストロ》クソ鳴きメスガキ(その③:鳴きブラフと理牌崩し)

『クソ鳴きメスガキ』こと《副露マエストロ》フローラといえば、《龍使い》の天敵の一人である。


 王道の麻雀を打つ《龍使い》と違って、《副露マエストロ》の麻雀は邪道に等しい。

 すなわち、普通の手筋では上がれない手を上がる。鳴きを多用して普通の手筋では下ろせない相手をブラフで下ろす。あるいは鳴き進めてその局を安く蹴る――。


 それ故、晩餐会の話題は専ら《副露マエストロ》と《龍使い》の戦いの話になった。

 もし二人が戦えば一体どちらが勝つのだろうか、と。






「いやはや、これはこれは! 吾輩も長生きしましたが、今日ほど感激したのはいつぶりのことやら。大陸最強と名高い《龍使い》殿とお会いできて光栄の極みですな!」

「《龍使い》です。こちらこそ、ペン=サンマン辺境伯の晩餐会にお招きいただきまして光栄の至りです」


 そんなありきたりな社交辞令から始まり、やれ《十三不塔》は護国の英雄だの、生きる伝説だの、そんなむず痒くなるような話題がひとしきり。

 ペン=サンマン辺境伯は、非常に声の大きい溌剌とした御仁であった。

 よく言えば明朗。悪く言えば憚り知らず。


「ご無礼を承知でお伺いしますが」


 ペン=サンマン辺境伯は身を乗り出して尋ねてきた。


「《龍使い》殿と言えば、《十三不塔》の中でも、唯一無二の打ち手! 能力者でもなければ加護持ちでもないと聞きますな! それでも尚お強いのは何故でしょうな!」

「それは……」


 俺は少しだけ言い淀んだ。

 だが、隣の明るい方言娘が口を挟んできた。


「目がええんや、辺境伯殿! こいつはほんまに目がええねん!」

「おいアヤ」

「恐ろしい観察眼やでー! 魔眼の使い手と言うても過言やないで! 何でも見透かすんや!」


 豪奢なドレスを着た方言娘アヤが、ペン=サンマン辺境伯に負けず劣らずの大声で溌剌と答える。

 自分のことが褒められた訳でもないのに、何故か彼女は自分ごとのように誇らしげであった。


「なんと!」

「せやで!」


 この二人、馬が合うところがあるのか。

 地方の名士であるペン=サンマン辺境伯に一歩も引く素振りもなく、《ジンクス》の二つ名の少女は朗らかに振る舞っていた。


「せやから、『クソ鳴きメスガキ』があかんねん」


 にい、と口元を釣り上げて、“経験値の魔術師”が声を低くした。


「本来読んではいけない偽の情報を読まされて、判断が狂わされるんや」

「……まあ、たまにやられるな」


 目がいい。観察眼が鋭い。

 確かにそれは俺の強みの一つ。このア・カドラ大陸の人たちと比較すると、俺はかなり踏み込んだ読みが出来ている自負がある。

 だがそれ故に、読みを過信してしまい、相手のブラフにやられることもある。


「『三味線ヤニカス』も同じやけどな。『クソ鳴きメスガキ』のフローラはんの打ち筋は、独特で読みづらいんや。せやから、フローラはんはここ一番でロナルドはんの読みを外してハメてくるんや」

「……まあな」


 間違いではない。

 確かにフローラの仕掛けのレンジは広い。あれを深読みして失敗したことが何度あったことか。

 それでも一応俺は、フローラ相手に勝ち越してはいる。苦戦はしているが、勝ち越している。


「ふぅむ、読みの鋭い《龍使い》殿と、読みの裏をかく《副露マエストロ》殿と……お二人がもし闘う日が来るとすれば、それは是非とも見てみたいですな」

「……」


 独特な打ち筋で読みの裏をかく。確かにそれはフローラの強さの一つの要因ではあるのだが――。


(ちょっと違うな。フローラの強さは、上がれない手を仕掛けて仕上げてしまう引き出しの豊富さにもあるんだ)


 二つ名は《副露マエストロ》。

 俺達は冗談半分に『クソ鳴きメスガキ』とからかっている。

 だが、彼女のシビアで鋭い独創的な麻雀は、とても学びが多く参考になることが多い。


 もし鳴きの引き出しを増やしたいなら、フローラの麻雀を見ておいて損はしないだろう。

 あの麻雀は、見ていてワクワクする麻雀である。ゴミ手を鳴いて捌くのが上手いのだ。


(リンシヤにはいい刺激になるだろう。フローラに『弟子を頼む』と手紙を書いたから、きっと今頃はピープスと一緒に麻雀修行に打ち込んでいるはずだ)


 ご馳走に舌鼓を打ちながらも、俺はふと、弟子たちに思いを馳せた。

《副露マエストロ》のフローラ。

 きっと彼女ならば、俺の弟子二人をびしばしと鍛えてくれるに違いない。ピープスはどうでもいいが、せめてリンシヤの方はしっかり面倒を見てほしいものである。


(そういえばフローラと最近会ってないな。また今度お話でもしようかな)






 ◇◇◇






「ポン!」


 東三局4巡目 ドラ⑥筒。

 二枚目の一萬を鳴くフローラ。


 しかし牌姿は、

 一一二六六③⑥3466東東

 ↓

 六六③⑥3466東東 一一一

 という形で、役は東頼み。いわゆる役牌バックである。


 続けて6索も「ポン!」と仕掛けて、フローラの牌姿は下記のようになった。


 六六⑥34東東 666 一一一


 2副露。まだポン材は残っている。


(でも、2索はスルーですのね……)


 フローラの鳴きは繊細であった。

 10巡目に出てきた2索を、フローラは鳴かずにスルーしたのだ。

 ここまで鳴いたら2索チーで役牌バックの聴牌に取りそうなものだが、それをすると役牌以外はほとんど何を切っても良くなってしまう。

 それならまだ、トイトイ含みの高い手を相手に警戒させておいたほうがいい――ということであろう。


 現に、河には白、發、南が切られてしまっている。

 ここであからさまな役牌バックだと露呈してしまうと、残りの役牌である中と東以外は何も警戒しなくてよくなってしまう。怖い手に見えないのだ。

 それなら安い聴牌は捨てて、他の生牌も打ちづらくしたほうが価値が高い。

 形式聴牌の罰符収入がないクラシックルールなら、尚の事2索スルー寄りである。


(……あ)


 次の瞬間、リンシヤは副露の効果を目の当たりにした。

 恐らくだが、フローラを警戒して親が降りたのだ。こちらに安牌の③筒連打。

 このタイミングの中張牌対子落としはかなり降りたように見える。


(……なるほど。『一一二六六③⑥3466東東』というぱっとしない牌姿なのに、親を降ろしてしまいましたわね)


 2索鳴かずにトイトイを警戒させた甲斐あって、この局も流局。

 点棒移動がないままオーラスに突入することになった。






「ポン!」


 オーラス、ドラ五萬。親はフローラ。

 5巡目にして場に放たれた三萬に、フローラが声を上げる。だがそれは、背後から見ているリンシヤからすると信じがたい形からの鳴きであった。


 フローラの牌姿:

 二三三五五七②④33457


(えっ……ええ……?)


 三萬ポンから打二萬。牌姿は露骨な断么九。

 しかし明らかに形が悪い。一番いい両面ターツから食い潰している。

 五五七②④33457 三三三


(……断么九タンヤオドラドラ、5800点は決め手。親の和了あがりやめがない以上、ここは確かに和了あがりが偉い、ですけども……)


 鳴いてもバラバラの手。好形こうけい塔子ターツが少ない。

 確かに何もせず親被りを受けるとラスになるので、前進するほうがいいのはいいが、それにしても形が厳しい。

 否、むしろ嵌張カンチャンだらけで形が厳しいからこそ、鳴いて捌こうということだろうか。六萬③筒6索は仕掛けていく方針なのだろう。


(この三萬、咄嗟にポンできる人ってどのぐらいいるのでしょう……)


 リンシヤが首をひねっている間に、フローラは手牌を並び替えて理牌を崩した。

 ④七五五43357② 三三三


 一体どんな意味が、と考える暇はなかった。

 すぐに有効牌が出てきたのだ。


「チー!」


 出てきた4索をチー。確かに4索も鳴きが効く。フローラは打7索の一向聴になった。

 ④七五五34② 435 三三三


 面子からチーして34索の両面ターツを作る鳴きである。しかもこの4索チー打7索は、純粋に『357』のリャンカン形から4索チーしたように見えるので、25索待ちが盲点になりやすい。


(! 理牌リーパイを崩したのは、手に4索があることを悟らせないため……ということですのね)


 理牌リーパイしたままだと、35の索子を抜き出した時に、間に謎の1枚があることが分かるので、4索が残っているのがばれてしまう。なので理牌リーパイを崩しているのだろう。

 こういったところも《副露マエストロ》の細かい技術なのだろう。


 ②④筒の並び替えにも意味があるように見受けられる。ただ、その理由を聞きだす前に③筒が入って、フローラはあっさりと聴牌テンパイ形になった。


 フローラの牌姿:

 五五34②③④ 435 三三三


(先程は運良く③筒が入りましたけども……盲点になっている25索が狙いの本線なのでしょうね……)


 シャンテン数をシンプルに下げて、遠い和了を手繰り寄せた一局。

 愚形だらけの三向聴から手を育てた結果、運良く③筒ツモや③筒チーが出来たあとの形がとても強く、打点もそこそこある手に成就した。

 確かに最終形と比較すると、5巡目時点の手とは雲泥の差である。


 二三三五五七②④33457

 ↓

 五五34②③④ 435 三三三


(三萬ポンの時点では目を疑いましたけども、最終形を見れば至って普通の、普通に強い断么九ドラドラの手……)


 あの手をきちんと聴牌まで持っていけただろうか。

 振り返って考えてみるも、リンシヤにはその自信がなかった。


 この先の展開は見るまでもない。

 案の定、子の一人が、親のフローラに比較的押しやすそうな2索を切って放銃となった。

 この展開、フローラの運が良かったのもあるが、半分は腕前で手繰り寄せたトップでもある。






「ふふふ、クラシックルールだと和了辞めはないから、本当はまだフローラの親番が続くんだけどぉ」


 とフローラは口を開いた。


「そんなことしてたら日が暮れちゃうもんね」


 もうルールは分かったでしょう、とばかりに。

 フローラはその細い指先でつんつんと卓の賽子サイコロを弄んでいる。


「こちとら《龍使い》にお願いされちゃってるもの。リンシヤちゃんとピープスちゃんの面倒を見ろってね。仕方ないから遊んであげるぅ」


 言葉の端々には、やはり若干の棘。

 うら若き天才、副露マエストロの少女は、獲物を狙う蛇のごとく目を細めて笑った。






 ◇◇◇






 《龍使い》の弟子。

 それがどういう意味を持つのか。あるいは、周囲にどのように受け止められるのか。

 この頃はまだ、リンシヤ達は、そのことについて深く知るよしもなかった。






――――――

 参考:

 https://note.com/ritsumi/n/n2e4f26d878d6


 麻雀AIは時に驚くような鳴きを見せます。鳴きの判断って教科書のようなものが少ないので、AIの牌譜を見るととても勉強になることが多いんですよね……。

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