第15話 vs《副露マエストロ》クソ鳴きメスガキ(その②:クソ鳴きで場を安くする)

 クラシックルールと呼ばれる麻雀がある。

 一発、裏ドラが無く、赤ドラも無い。カンしても新ドラは増えず、符だけ増える。

 流局時のテンパイ料がなく、リーチ者も流局時は手牌を伏せる。


 この場の麻雀は、どうやらそのクラシックルールに則るとのことだった。


「赤も一発もないし、当然御祝儀もチップもないの。リンシヤちゃんは大丈夫だよねぇ?」


 むしろ御祝儀がないから下手な子は助かっちゃうかもね――などと失礼を口を叩く少女。やはりフローラは、どこかしらリンシヤに敵愾心を抱いているように見える。


「30000点持ちの30000点返しだから、オカはないの。気をつけてね?」


 オカがない――つまりトップ取りより連対(※ニ着までに入ること)が偉くなる。

 順位点計算にオカがあれば、3位と4位を一回ずつ取ってもトップ一回でそのニ回分をほぼチャラにできるが、オカがないルールだと、1位と4位の価値がほぼ同じになる。


 順位点の傾斜がそこまで強くない。

 それがどこに効いてくるかと言うと、2位、3位の人の打ち方に影響が出てくる。トップを無理して取ろうとせず今の着順をキープする選択を取りやすくなるのだ。

 例えば『1位と9000点差で3位と1500点差』の2位だったとき、満貫ツモや5200直撃を作るために無理をして手役を追うか、接戦の2着をキープしにいくかで手の作り方が変わる。トップ取り有利であれば手を作りたくなるし、今の着順が一つ上がるのも落ちるのも同じ価値なら着順キープが偉くなる。クラシックルールは後者である。


 他にも、目を引く特異なルールとしては、


 ・テンパイでの連荘はできず、親がアガったときのみ連荘。

 ・リーチ後の暗槓は不可。

 ・現物喰い替えあり。


 というものがあり、今までリンシヤがやってきたような麻雀とはまるで異なっている。




(とはいえ、麻雀は麻雀ですわ。火力が出ないなら出ないなりに、真っ直ぐ打つだけですわ)


 一通りのルールを聞き終えたリンシヤは、早速打てばわかると考えて卓についた。

 一発、裏ドラが無く、赤ドラも無い。つまり打点を作るなら手役を効率的に絡めていく必要がある。三色同順、一気通貫、純チャン、混一色。とはいえ手を無理に寄せに行きすぎると和了率が大幅に下がるので、どの程度手役に寄せていけばいいのかは都度考えないといけない。


「ふふ、サービスしてあげるぅ。試しに東風戦するから、フローラの麻雀を後ろから見てていいよ」

「えっ」


 などとあれこれ考えていた矢先に、フローラから望外の提案がやってきた。東風戦の感触を掴むために、フローラの麻雀を後ろから見ていていいと言うのだ。


(打ち筋を私に分析されても構わないとでも……? 自信の現れかしら)


 ありがたい話だが癪に障る提案でもある。

 悩んだが、感情を殺せば利のある選択肢は明らかであった。


「……では、お言葉に甘えて拝見いたしますわ」

「ふふふ、じゃあじっくり見ててねぇ?」


 格の差を。


 付け足された言葉は、小さい呟きだった。

 しかしリンシヤは思わずはっとしてしまった。

 少女から微かに漂う、あまりにも強い敵愾心。“私達の領域に入るな”――とばかりに、言葉の端々に強い棘があった。






 ◇◇◇






「じゃーあ、クラシックの打ち方を教えてあげるねぇ?」


 試し打ちの東一局。

 北家フローラの配牌は少々悪い。


 フローラの牌姿ぱいし

 一一二①①⑤⑦⑨5東西北白


 ドラが北。自分の風とはいえあまり嬉しくない配牌である。

 自分ならどうさばくか。リンシヤはしばし悩んだ。


(……配牌で七種、まずは打西か打5索から、役牌を重ねるイメージで混一色ホンイツ混全帯么九チャンタを見つつ……かしら?)


 しかしリンシヤの予想は予期しない形で外れた。

 上家の打一萬。

 そして――。


「ポン」

(えっ)


 フローラの牌姿ぱいし

 ①①⑤⑦⑨5東西北白 一一一


 一萬ポンの打二萬。

 開始早々、予想外のところから鳴きが入った。


(えっ、混一色ホンイツは投げ捨てますの……? )


 リンシヤは目を丸くした。

 この鳴き、尋常ではない。この鳴きだけで、上がり目が混全帯么九チャンタ、トイトイ、役牌に絞られてしまっている。

 どうせ鳴くなら①筒あたりで、混一色ホンイツぐらいは残したいところである。


 振り返ったフローラは、にやにやした顔を浮かべて「こっちおいで」と手招きしている。

 とりあえず耳を寄せると、こしょこしょと少女はつぶやいた。やけに耳にくすぐったい小声だった。


「……こんな手で先手取れると思ってるの? 自風の北がドラなんだから、それを警戒してもらいつつ、北重ねを見据えてゆっくり手作りするのよ」

(えっ、えっ)


 絶対に間違っている。

 リンシヤは半ばそう確信した。

 だが反論もできない。一理あるような気もする。


「ブラフにするなら染めっぽい捨て牌を見せるやり方もあるけど、混一色ホンイツにならないし、手なりで進めても役牌バックっぽく見えるじゃない?」


 くすくす、と幼い子供特有の高い笑い声。

 短い指が牌をなぞった。


 四巡目。

 フローラの牌姿ぱいし

 ①①⑤⑥⑦⑨東北白發 一一一


「ほぉら、どの役牌が重なっても役アリの後付けになるでしょう?」


 フローラは自慢げにそう説明したが、全然強そうには見えない。

 確かこういう構え方を後々付け・・・・、と習ったことがある。師匠も、これを推奨しなかった。

 こんな鳴きを覚えるより、愚直に手を作っていくことを覚えるべきだ、と。

 しかし、目の前の少女はいとも簡単にこれをやってのけている。






 ――六巡目。

 フローラの牌姿ぱいし

 ①①②⑤⑥⑦⑨北白發 一一一 ツモ白


 あっさりと白を重ねる。

 今まで手役がなかったこの手に上がり目が生まれた。

 しかし、フローラは全然違うところに着目していた。


「見て、対面。私の仕掛けに嵌③筒チー打北ですって。こういうときは、手が早いか手役がらみでしょうね。要注意ね」


 打發としながら、フローラは対面の様子をうかがっている。

 確かに打北は強い。万が一ドラの北を鳴かれた時どうするか、を考えると、価値のない牌姿ぱいしからは放ちにくい牌である。

 一向聴イーシャンテン聴牌テンパイぐらいはありそうである。


「こういう他家の進行速度を探るのにもクソ鳴きは使えるのよ」


 実際、対面の河は、

 91⑨18北

 と色に寄せている気配もなく、打北がやや強い雰囲気となっている。

 二巡後、あっさりと対面は断么九タンヤオのツモ。


 対面の牌姿ぱいし

 五六七⑧⑧34557 ③②④ ツモ6


(……断么九タンヤオ一盃口の一向聴イーシャンテンから嵌張カンチャンの③筒をチーしたのかしら?)


 あの嵌張カンチャンの③筒も、リンシヤなら鳴かない。

 だが、⑧筒ポンや4索チーの変化があり、鳴いた後の手組も少し変化が見える。《副露マエストロ》のフローラの一萬ポンを警戒して、緊急回避的にあの聴牌テンパイを取ったのかもしれない。


 確かにあれは、立直してもリーチ断么九タンヤオであまりいい手ではなく、愚形待ち。不穏なフローラの仕掛けに全突っ張りは怖い。

 危険な牌を掴んだら降りも見据えつつ、好形こうけい変化を残して断么九タンヤオで局を流す、という発想なのだろう。


 立直があまり偉くない、裏ドラ一発がないからこそ鳴き優位になる、そういうバランスあっての喰いタン。そう考えると理屈はわかる。

 しかし、あれは――。


「……ふふ、クソ鳴きのおかげで場が安くなったねぇ」


 ざぁこ、と少女は嘲った。

 他家にドラを意識させつつ、警戒度の高い敵を炙り出しつつ、場を安くする。

 彼女独特の異様な鳴きは、クラシックのルールの中で異彩を放っていた。


「もう少し見せてあげるね、フローラの打ち方を」


 こんな打ち方は間違っている、とリンシヤは強く思った。

 しかしそれを否定できるような材料は、今のリンシヤにはなかった。






 ―――――

 クソ鳴きというと失礼ですが、園田賢さんや鈴木たろうさんの見せるとんでもない鳴きが好きです

 LuckyJとかSuphxとかの麻雀を見てても思いますが、麻雀って自由でいいんだよな、と常々思っています


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