第14話 vs《副露マエストロ》クソ鳴きメスガキ

「……なにやってんだ、お前。ボロックソに負けてんじゃねえか」


 あのピープスにそう心配されるほど、リンシヤはひどい有様であった。

 熱くなって麻雀勝負にどんどんのめり込み、一晩でこさえた負債が金貨二枚分。


 師匠のロナルドは、ペン=サンマン辺境伯が開いている晩餐会に出かけており、あと数日は帰ってこない。その数日のうちに、何とかして金貨二枚を稼がないといけない計算になるが――。


「ピープス、何か美味しいお話は……」

「ねェよ」


 すげない回答。

 師匠のロナルドの影響を受けたのか、あまり似合わない煙草をピープスは吸っていた。煙草片手に彼は続けた。


「いい加減気付け。お前がその美味しいカモになってるんだよ。滅多にない美味しい話だからなァ」

「……う」

「お前さ、一般人のふりをして麻雀を打っているお嬢様だって薄々感づかれてるぜ。おかげでしょうもねえ雀ゴロどもがお前をハイエナしようと寄ってきてやがる」


 もう既にお嬢様ではない――そう言い返そうとしたリンシヤだが、辞めておいた。

 そんなことはどうでもいい。今、自分にとって大事なことは『カモだと認識されている』という事実のみなのだ。


「場所を固定せずに変えてるんだろ? 色んな卓に挑戦してるんだろ?」

「……はい、変えてますわ。あまり覚えられないように気を付けているつもりですわ」

「なのにカモだと認知されちまったって、お前よっぽどだぜ」


 恐らくだが。

 あの辺張ペンチャン罰符のペンバーという男に派手に負けてしまったせいで、衆目を引いてしまったのかもしれない。

 根拠のない推測でしかないので、そんなことはおくびにも出さないが、リンシヤは半ばそんな確信を抱いていた。


「……決して美味しい話じゃねえが、レートがもっと高い卓なら他にも山ほどあるぜ。金貨二枚どころじゃなくてもっと稼ぎ返すこともできる。おすすめしねェがな」

「……」


 ピープスは心底どうでもよさそうに切り出した。彼はこういうところが淡白である。

 今のリンシヤのありさまで高レートの卓に行けば、もっとカモにされてもおかしくない。そんなことは分かりきっている。だというのに平然とそれを提案できる――それがピープスの悪い部分でもある。

 リンシヤは少し躊躇った。躊躇ったものの、まだ残っている理性が回答を導き出した。


「……。レートの低い麻雀で結構です。無理なく勝てる相手と戦いますわ」

「……はん、面白くねェや」


 悪態をついたピープスだが、続けて「まあそれが正解だろうよ」と平たい声でこぼした。ここで無闇にリスクを上げては死ぬ。それぐらいリンシヤにもわかっているのだ。

 だが、続くピープスの言葉は彼女の予想をはるかに裏切った。


「でも驚くなよ。お前の師匠からは『リンシヤを高レートの卓に誘え』って言われてんだ」

「……えっ」


 思わず驚くリンシヤ。


「高レートの卓で滅茶苦茶に負けてこいって言われてんだよ。誰もがお前のことを『美味しいカモ』だって思うぐらい、滅茶苦茶に負けてこいってよ」

「な……」


 何故、という言葉がうまく喉から出てこない。

 ぼろぼろに負けてこい、そしてカモになれ。果たしてそんな助言を師匠がするだろうか。


(……私は、足手まとい)


 胸の奥がちくりと痛む。

 助言の意図はさっぱりわからなかったが、一つだけ分かっていることがある。

 もしリンシヤの麻雀の腕前が強ければ、こんな『カモになれ』なんて指令は受けないのだ。つまりリンシヤは今、戦力としては全く期待されていないということ。


(……っ)


 リンシヤはもう一度考え直した。高レートの卓があるから参加しろ、と師匠が言うのであれば――。


 早く強くなりたい、とリンシヤは渇望した。

 常々そう思っていたが、今日それを強く痛感させられてしまった。負けることが前提・・・・・・・・ということが、これほど身に堪えたことは未だなかった。






 ◇◇◇






 ピープスに連れられてやってきたのは、富裕層向けの宿泊旅館の遊戯室――の更に奥にある特設室だった。

 そもそもこんな部屋があることさえ知らなかったリンシヤは、半ば関心しながらきょろきょろと周りを見回していた。


「ふふーん? あなたがリンシヤちゃん? ちゃんと麻雀打てるのぉ?」


 部屋の主は少女だった。

 にやにやした顔、じっとりした目つき、癇に障るような喋り方、挑発的な表情。

 それらいずれもがこの場に相応しくない。

 しかし、この少女こそがこの場で最も発言力を持っている。


 クソ鳴きメスガキ、と誰かが言った。

 それだけでリンシヤはすべてを悟った。


 十三不塔の一角。

“クソ鳴きメスガキ”こと、《副露マエストロ》のフローラ。


「……ピープスくん? ねーえ、この娘がロナルドくんが言ってた弟子って本当?」

「……そうっす」

「ふーん?」


 にたにたと笑っている少女がこちらを値踏みするようにじろじろと見ている。

 正直、ピープスが《十三不塔》の一人と何かしらのつながりを持っていることも不思議であったが、そんなことは細かなことである。もしかしたら違うのかもしれないが。


 とにかく今大切なことは、この《副露マエストロ》と戦える――ということである。

 カモにされてこい、という指令を受けているとはいえ、雀力を鍛えるにはこの上ない相手である。


「ふーん、ふんふん、なるほどね……」


 何か得心したのか、フローラは小さな顎をこくこくと頷かせてから続けた。


 恐らくだが向こうも、リンシヤと戦うように事前にお願いされているのだろう。

(カモにされてこい……という指令はともかく、このような機会を賜りましたことを感謝いたしますわ、我が師匠)

 と胸中で、師匠に改めて深く感謝する。

 カモにされてこいというのは、きっと『思い切り負けてもいいから全力で戦ってこい』ということなのだろうと前向きに考えられる。

 だから、リンシヤは内心で闘志を燃やしていた。

 それ故、少女の突然の言葉に動揺を隠せなかった。


「殺す」

「えっ」


 まだ年端もない少女から滲み出るのは、嫉妬めいた殺気。

 その対象は、紛れもなくリンシヤ本人。






 ◇◇◇






 ロナルドは知る由もなかったが、《ジンクス》のアヤが他の《十三不塔》たちにとある手紙を流していたのだった。


 曰く、可愛らしい弟子を取ったと。

 曰く、その弟子と同じ部屋で同棲していると。


 そしてロナルドは知る由もなかったが――《十三不塔》の面々の中には、ロナルドにクソデカ感情を抱いている連中も少なくはなかった。


 “クソ鳴きメスガキ”もその一人であった。

 幸か不幸か、運命のいたずらはかくの通りであった。まるで悪戯妖精が手を引いたのではないかと思うような出来すぎた顛末であったが、真実は精霊のみぞ知る――。

 

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