第11話 対決! 辺張殺しのペンバー(その②)

 辺張ペンチャンに制約がかかると、麻雀は途端に駆け引きが変わる――。

 地元では負け無しの大男、ペンバーはそう考えている。

 王都に出稼ぎに来た今も、その考えは変わっていない。確かに王都ほど人の多い場所であれば、多少骨のあるやつはいたが、それでも村一番の実力を誇ったペンバーは上手く渡り合ってきた。


 近頃、王都のこの辺りでちらほら名を聞く野良雀士と言えば、『透かし見』のピープスと、この『端牌の番人』ペンバーであろう。まだどこぞの商会や貴族のお抱え代打ちにはなっていないものの、そろそろお誘いが来てもおかしくはない――。


(そろそろ俺も、二つ名で呼ばれたいと思ってるんだがなあ……。『端牌の番人』ペンバー、いや、『端牌の門番』とかのほうがいいか……?)


 たかが辺張ペンチャン、されど辺張ペンチャン

 このペンバーの能力は、麻雀初心者には侮られてきたものの、麻雀上級者とやり合うときにその強い制約を発揮するのだ。






 ◇◇◇






(う、これは混全帯么九チャンタが見える手ですけども……)


 リンシヤの牌姿:

 一二七九①①④⑦⑨139西


 早速嬉しくない配牌が入る。ドラは6索。使いやすいドラだが、この手には少々馴染まない。

 真っすぐタンピン三色みたいな手であれば分かりやすいのだが、毎回そうはいかないのが麻雀というものである。


 この手、普通であれば混全帯么九チャンタ三色同順さんしょく純全帯么九純チャン三色同順さんしょくを見据えつつ、スリムに構えるのだろう。


 しかしここがペンバーの能力の肝。

 相手の能力は、辺張ペンチャンに対する制約をかけるというもの。


 辺張ペンチャンでロン・ツモ和了したとき、ペンバーに罰符1000点。

 辺張ペンチャンでチーをしたときも、ペンバーに罰符1000点。

 その代わりペンバー本人が辺張ペンチャンでロン・ツモ和了したときや辺張チーをしたとき、全員に罰符1000点を支払う。


(つまりこの手に下の三色同順さんしょくどうじゅんはありませんわね。普通の局進行なら、一二萬の辺張ペンチャンや七九萬⑦⑨筒の嵌張カンチャンは鳴いていくのでしょうけど、辺張ペンチャンを鳴くと流石に罰符が重いですわね……)


 ペンバーの能力はチーにもかかる。

 基本的にポンやチーは愚形をさばいて上がりやすくするための選択。辺張ペンチャン捌きは特にその槍玉に上がる。


 こういったチャンタ含みの手は、『自然と字牌や端牌を抱えるため防御力も高く、かつ鳴いて作れる』というのが利点である。

 遠い混一色ホンイツと同じである。

 遠い混全帯么九チャンタも、防御力を担保しながらも、万が一上がれたら打点になりうる……という進行ができるのだ。


 しかし、辺張ペンチャンチーに1000点罰符が入るとどうなるか。


(この手を普通に鳴いても、おおよそ1000点〜2000点程度。そのために罰符1000点を払うのは馬鹿らしいですわね……。そうなると、一二萬は鳴かずにそのまま払うべきですわね)


 リンシヤの牌姿:

 一二七九①①④⑦⑨139西 ツモ發


(字牌は重ねたい……筒子の混一色も見つつ、一萬縦重なりも見て二萬から……)






 しかし、しばらく進んで。


 リンシヤの牌姿:

 七九①①②③④⑦⑨13發發 ツモ三


(……う、普通に④筒から切っていればこの三萬は拾えていましたわ)


 混全帯么九チャンタ・三色・役1を望めた牌姿。しかし全ては後の祭りである。

 辺張ペンチャンぐらい、自分でツモることもある。だから辺張払いをすればこんな裏目を引くこともたまにはある。


(気にしてはいけませんわ。そんなことを気にしても結果論に過ぎませんわ。ここは筒子の伸びを見て混一色ホンイツ本線に構えましょう……)


 八萬の二枚切れを見て、打七萬から。

 リンシヤは何とかこの手を伸ばせないかと考えを巡らせていた。






 リンシヤの牌姿:

 ①①②③④④⑦⑨13 發發發 ツモ④


 道中で發をポンしたところ、④筒を暗刻にすることができた。こうなればもう混一色ホンイツ一気寄せである。

 打3索で脇目をふらず。混一色ホンイツ役1で3900。

 先程の跳満の失点を少しでも回復したいところである。


 しかしこの次、上家から打③筒が出た。


(③筒……?)


 リンシヤの牌姿:

 ①①②③④④④⑦⑨1 發發發


 普通ならチーして打1索である。

 ……しかし、どの形でチーするかという問題が残る。


 ①②チー:①③④④④⑦⑨ ①②③ 發發發

 ②④チー:①①③④④⑦⑨ ②③④ 發發發


 一向聴イーシャンテンとして優秀なのは上の形である。

 ③筒縦引きで聴牌になるのは上の方であり、⑧筒ツモで三面張になるのも上の方。⑦筒や⑨筒縦引きしたときの形も強い。

 下は①④筒ポン聴がとれるが、④はチーで1枚使っており弱く、基本的には上の形の一向聴イーシャンテンのほうが優れている。

 何より、上で鳴くと、辺張鳴きの罰符が発生してしまう。


(……いや、でも下でも悪いわけではありませんわ……)


 少々の逡巡。「……チー」と発生して打1索。

 もちろん、この形の一向聴イーシャンテンとて悪いわけではないのだ。

 悪いわけではないのだが。






 ――そろそろ周囲も煮詰まってきた11巡目。


 リンシヤの牌姿:

 ①①③④④⑦⑨ ②③④ 發發發 ツモ⑧


(……あの悪い配牌から何とか聴牌……しましたわね)


 しかし、④筒は他家にもやや危険な牌。

 これを切れば流石に、聴牌だとバレてしまうかもしれない。


(うう……①②の辺張でチー出来ていれば……)


 今更の後悔である。そもそもそんなことを言い出せば、最初は混全帯么九チャンタ三色に向かっていたはずなのだ。

 この混一色にはなっていなかったはずなのだ。


(でも、この3900点の両面聴牌は④筒押しですわ……!)


 ――打④筒。


「ロン」

「!」


 倒された牌は、またもや大男ペンバーのもの。


断么九タンヤオドラ1赤1で5200だ。悪いな嬢ちゃん」


 ペンバーの牌姿:

 二三四七七七④④⑥⑥r567 ロン④


 打点がそれなりにあり、リーチしてしまうとほぼ出てこない④⑥筒待ち。

 しかも染め手のリンシヤに危険な④⑤⑥筒をツモっても出ていかない手組(※ツモ⑤筒は打七萬で一盃口に切り替えられる)。

 大男の見た目にそぐわない、冷静な黙聴であった。


(……なるほど、辺張ペンチャンを払っていく能力者がいるんですもの、他家ターチャは自然と断么九タンヤオ手になっていく、ということですわね)


 ただ単に、辺張ペンチャンで罰符を払うだけの能力と高をくくっていたが――。

 こうして相手にすると意外と厄介なものである。


(今までみたいな混全帯么九チャンタの使い方がちょっとやりにくくなりましたわ。それに、まさか混一色ホンイツも制約がかかるなんて……)


 罰符ぐらい大したことはない――という簡単な話だとおもっていたが、その認識は甘かったようである。

 辺張ペンチャンに罰符を課すことで、1000点や2000点のかわし手にブレーキをかけつつ、満貫に届かない程度の混一色ホンイツにも制約をかけられるのだ。


(……そうですわね、かわし手が減ると駆け引きが全然変わりますわね……!)


 この麻雀は、リンシヤの知っている麻雀とは少々違う。『かわし手不利』だと押し引きの感覚も変わってくる。

 この特殊な麻雀を打ち慣れてきた大男だけが、その微妙なバランスに長けている――。


「能力者と戦うってことはな、こういうことなんだぜ、お嬢ちゃん?」


 場を支配されるのさ、と大男は不敵に笑った。

 それは、侮ってくる獲物を返り討ちにする狩人の表情――。

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