第10話 対決! 辺張殺しのペンバー(その①)

『リンシヤとピープスは、そのまま普通に何も気にせず打てばいいよな?』

『せやなー。二人は無邪気にどこまで勝てるか実力試しでええんちゃう?』


 その言葉に、悪意はなかったのだろう。

 だがしかし、今のリンシヤには『お前は蚊帳の外だ』と言われているように聞こえた。


(……もしかして、私は)


 お荷物なのだろうか。

 そんな詮無い疑念が頭をもたげる。


 師匠であるロナルドと、それに匹敵するほどの打ち手のアヤ。

 二人の会話は、どこか二人の世界のようなものがある。強者だけが立ち入ることが許された空気感というべきか、あるいは長年のパートナーだけが醸し出す雰囲気というべきか。

 それをどこかしらに感じ取ってしまったリンシヤは、胸の内にもやもやした気持ちを抱いた。


(……強くなりたいですわ。今よりうんと強くなって、あの二人の間に割って入れるようになってみせますわ)


 焦りと向上心は似ている。

 現状に満足していない気持ちと、目指す場所がほぼ同じだからである。そしてそれらを明確に分ける線はない。だからこそ人は容易に焦りの沼に嵌ってしまうのだ。


 師匠であるロナルドがペン=サンマン卿との食事に出かけて不在であるその日、リンシヤは一人で勝負に赴いたのだった。






 ◇◇◇






「お嬢ちゃん、この俺が『辺張ペンチャン罰符』の能力者、ペンバーだって知ってたかい?」


 辺張ペンチャンでロン・ツモ和了したとき、ペンバーに罰符1000点。

 辺張ペンチャンでチーをしたときも、ペンバーに罰符1000点。

 その代わりペンバー本人が辺張ペンチャンでロン・ツモ和了したときや辺張チーをしたとき、全員に罰符1000点を支払う。


 自己紹介代わりにそんなことをのたまったハゲ頭の大男は、「人呼んで『端牌の番人』とは俺のことよ」と誇らしげに語っていた。

 何だか懐かしい光景である。

 確かピープスにも似たようなことをされた記憶がある。


(もし師匠がいたら、どんな反応をなさるのかしら)


 リンシヤの心は、極めて平静であった。

 否、平静ではなかったが――相手が能力者かもしれないという心の準備はできていた。能力者上等。むしろ待ち望んでいた展開である。

 強くなるには、こういう能力者相手を乗り越えていかないと行けないのだ。

 多少の焦りが、リンシヤを前のめりにさせていた。


「まあ、名のしれた打ち手様ですのね。一手ご指南願います。お手柔らかにお願いしますわ」

「はは、構わねえよお嬢ちゃん。だが手は抜かねえぜ?」


 気を良くした大男は、そのまま酒をがばっと飲んで大笑いしていた。

 だが――リンシヤは気を抜くつもりはなかった。

 学んだことを試したい、とリンシヤは強く思っていた。






(東一局、ドラは⑥筒、早速選択の場面ですわね)


 牌姿:

 1122345④⑧⑧六七八九


 リンシヤはこの手を眺めながらしばらく考えこんだ。

 役なしドラなし、ピンフや一盃口をつけたい。真っすぐ行けば④筒と六九萬の比較だろうか。

 浮き牌の強さは④筒と六萬は同じぐらいで、安全度の観点では打④筒だろう。


(……④筒にくっつけば断么九タンヤオですわ)


 1236索と⑧筒引きで聴牌。聴牌受け入れが広いので、この形の1122の並び双ポンは普通の並び双ポンよりやや強い。

 ④筒か九萬か。断么九タンヤオ変化を見るなら打九萬。

 ④筒にくっつけば打1索で断么九タンヤオに向かえて、対子落とし切るまでの瞬間36索引きでも聴牌を取れる。一方で六萬にくっついても何もならない。同じく1索2索に手をかけることになるが、こちらは1索落とし切りでも断么九タンヤオが付かないので純粋に損である。


(昔の私なら、この段階で打1索で愚形を解してましたけど……今見ると、シャンテン戻しが温く見えますわね)


 ちなみにスリーヘッド最弱ではない。

 牌理としては、孤立牌切りのほうが並び双ポンを柔らかくほぐすより強い。

 打九萬――これを選んだリンシヤは、自分が少し強くなっていることを実感した。打牌を選ぶ理由が自分の中で少しずつ言語化できている、そんな実感があった。






 牌姿:

 1122345④⑧⑧六七八 ツモ6


(ん……)


 第二の選択、辺張ペンチャンの一盃口でリーチを打つかどうか。

 現在6巡目。

 しかしこれは、自分で1枚使いの辺張ペンチャンである。しかも河に1枚既に出ている。


(待ち牌2枚の愚形聴牌……これはリーチせずでしたわよね……)


 中盤で残り待ち枚数2枚以下の愚形はほぼ曲げないほうが良い。中盤以降で和了率三割以下。

 今回は一盃口という役ありダマに取れるので、なおのことダマ有力である。


 問題は聴牌とるかとらずか。

 普通に考えると、打2索として聴牌取らずにしても、手変わりが基準を満たさない。嬉しい変化がツモ147索、③⑤⑧筒。良形一向聴変化含めたらツモ⑦筒も入るが、それでも足りない。




 ■巡目と手代わり基準(※再掲)

 序盤(4巡目):打点二倍が6種、良形変化が9種。

 中盤(7巡目):それぞれ7種、11種。

 中盤(10巡目):それぞれ9種、11種。

 終盤(13巡目):手変わりを待たず聴牌テンパイ維持 or 即リーチ。




 気になる点は、この手が辺張ペンチャン待ちというところである。

 ――辺張ペンチャンのロンは罰符1000点。


 リンシヤは少し迷い、結果この手から打2索とした。


(どうせこの手、オリ濃厚ですわ。それなら聴牌とらずで一旦崩して、良形変化したときのみリーチで押し返しが理想……)


 罰符回避の手順。

 しかしこれがまずかった。


(……あ、上家から3索)


 直感的にリンシヤは、自分の選択が過ちであることに気づいた。

 リンシヤの手にドラがないということは、他家の手は相対的に高い可能性が上がる。こういう場合は多少損でも、罰符覚悟で局を潰したほうが偉い――。


 牌姿:

 1123456④⑧⑧六七八


 この手、良形変化したとしてツモ147索、⑧筒の場合はピンフが付かない。しかも④筒のくっつきは約半分が愚形。


(しまった、ですわ! この手、明らかに④筒がお荷物……! 1索と④筒のくっつき一向聴に147待ちが合わさった形ですけども、手が安く愚形含みで押し返せない……!)


 安牌を引いてきたら入れ替えるか、と思うや否や、リーチが入る。


「悪いな、お嬢ちゃん。こいつはリーチだ」

「……っ」


 例の能力者、ペンバーのリーチ。最悪のタイミングである。

 手元に安牌なし。

 万事休す。この④筒が明らかに足を引っ張っている。


(……このあと何を引いても打1索で、④筒にくっつけるしかありませんわね)


 リンシヤは歯噛みした。選択が完全に裏目に出ている。だがそれでも何とか立て直すしかない。

 3索三枚見えにより、ワンチャンス牌となっている1索が比較的通しやすい。対子落としで連打も効く。もちろん通るという保証はない。


 ――しかし、次のツモが1索。


 牌姿:

 11123456④⑧⑧六七八


(……147索と⑧筒の変則4面張)


 リーチのみだが待ちが強い。確かに④筒は両無筋で危ない牌だが、聴牌なら押し返せる。

 ――押すべき。

 師匠からそう習った場面。


「……通らば」


 目を瞑って牌を出したリンシヤだったが。


「おいおい、そりゃ通んねえぜ」


 大男ペンバーは笑いながら牌を倒した。

 牌姿:

 56788⑤⑥三四五五六七 ロン④筒


「無筋のドラそばが出るなんて、ぶんぶんだなぁお嬢ちゃん。そいつは安めだ。リーチ、一発、断么九タンヤオ、ピンフ、ドラ1……裏1、で跳満だ」


 12000の出費。非常に大きな一撃。

 気を良くした大男が、「この俺様がリーチするってことは辺張ペンチャン待ちがないってことだ。つまりゴツい良形リーチが多いってことよ」と自分を指さして講釈を垂れていた。

 甚だどうでもいい内容ではあったが――リンシヤはこの振込を前に、しばらく言葉を失っていた。


(……この手は和了じゃなくて形テンでも十分でしたわ。当初の予定通り、1索の対子落としか暗刻落としで回って、④筒くっつき期待すれば、形テン取りも可能性が残っていたはず。147の三面張はチーも効くし、⑧筒ポンから④筒を頭にすることだってできましたのに……!)


 8巡目を超えて、自分にドラが0枚ということは、他人にドラが平均1.4枚入っていてもおかしくない。

 この振込みは防ぐことが出来た。高い授業料になってしまった――とリンシヤは、内心で焦りを大きくした。








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