第9話 建国記念大会への参加要請
「近々王都で、建国記念を祝うための御前試合が開かれるんや。題して女王杯。その大会にウチら《十三不塔》が呼ばれとるんや」
四人麻雀の結果、リンシヤとピープスを好きなだけぼこぼこにしたアヤは、ホクホク顔でそう説明した。
弟子の負け分は師匠持ちである。つまり俺はこのオカルト女に貸しができたことになる。占めて金貨四十枚。痛い出費だが仕方ない。
ジンクス少女のアヤは、あれこれ招待状の山をいくつか抜き取ってこちらによこしてきた。
それ以外は全部アヤの取り分ということになる。金持ち貴族相手のお遊び麻雀とかそういう美味しい案件は全部取られたと思っていいだろう。
まあ元々アヤが届けてくれなかったら俺の手元に届いていなかった招待状なのだから、あんまり損した気持ちにはならない。
というよりそもそも、俺宛の招待状が俺に届かないことがおかしいのだ。何で俺宛の手紙がわざわざ他人に届いてしまうのか。悪戯妖精に好かれているとこんなことばかりで少々困る。
《悪戯妖精の加護》――便利な加護だとは思うが、日常生活に支障が出るのは少々いかがなものか。
「なはは、金貨四十枚分の仕事はしてもらうで」
「……御前試合で、何をすればいいんだ?」
「裏で利権を賭けたやり取りがあるんや」
言うなりアヤは、懐から煙草を取り出して火をつけた。この世界では喫煙に対する年齢制限は設けられていない。少女が煙草を咥えている光景は少々背徳的な気がする。
「この度、薬種商※に対して王家の勅許が出たんや。ペン=サンマン辺境伯の手引きで薬種商への厳しい制限を緩和する方向に議論が進んどるんや」
※薬種商:
16世紀イギリスの医療では、内科医、薬種商、外科医が存在した。ヘンリー八世の勅許により、内科・外科行為は教会の監督範囲でのみ許されていた(≒教会の影響が強かった)が、庶民はもっぱら薬種商に掛かるほかなかった。
薬種商は立場が非常に弱く、食料品
このア・カドラ大陸においても、薬種商たちは似た境遇に置かれていた。
「……へえ。続けてくれるか?」
「簡単に言えば、食料品
見た目に似つかわず、アヤの話は非常に複雑できな臭い。はっきり言えば政治的な話になる。
リンシヤとピープスには席を外してもらった方がいいか、と俺は逡巡したが、「ええねんええねん、聞かせたり」とアヤは鷹揚であった。
どこか倦んだ表情のアヤ曰く。
今の法律案では、数年間の修行および試験の合格を持って、独立店舗を構える権利が認められることになってる。これを食料品
「他の《十三不塔》の連中は?」
「みんな自由や。薬種商側に立ってもよし、食料品
話が読めた。アヤとて暇なわけではない。
わざわざ王都まで足を運んで、この話を持ってきたのには訳がある。
つまりこれは――。
「ウチらの仕事は、女王杯のタイトルなんかどうでもええねん。ウチらは食料品
◇◇◇
「リンシヤとピープスは、そのまま普通に何も気にせず打てばいいよな?」
「せやなー。二人は無邪気にどこまで勝てるか実力試しでええんちゃう?」
女王杯の裏でそんな利権が絡んでいるだなんて、そんな話、聞きたくもなかったが。
どうせリンシヤとピープスはこの話に絡むことはないだろう。馬鹿勝ちしてくれてもいい。
俺とアヤにとって大事なのは、裏の取り決めのほうだ。
「ほなロナルドはんはペン=サンマン辺境伯に顔通しせなあかんと思うわ。近々晩餐会が開かれるから、ちゃんと出て挨拶しとき」
「そうだなあ」
まあこんなものだ。
《龍使い》ともなれば、こういう話ばかりだ。
何も考えずに『へえー! 王都で女王杯っていう麻雀大会があるんだー! おもしろそー! 参加するかー!』って無邪気に暮らしてたら、とんでもない話に巻き込まれたりするわけだ。
こういう時に良くないのは、格好をつけることだ。
例えば『いや、ダメだ。俺は誰とも組まない。麻雀を打つ時はね、誰にも邪魔されず、自由でなんというか救われてなきゃあダメなんだ。独りで静かで豊かで……』みたいに、俺はどこにも属さない一匹狼なんだみたいな顔をすること。
そんなことをする方がよっぽど周囲に迷惑なのだ。そもそも代打ち稼業なんて一匹狼みたいなもの。
あ、今回はそっちの派閥なのね――で終わりなのだ。
だから俺は長いものに巻かれる。今回はペン=サンマン辺境伯だ。
きっと俺の身辺警護もお願いしたら引き受けてくれるだろう。
「まあ……金貨四十枚分は頑張るよ」
「せやね」
まあ、大義はこちらにあるだろう。
庶民の味方。
既得権益に胡坐をかいて、私腹を肥やす食料品
(世の中ってそんな単純じゃないけどね)
これがもっと、ヤクザ連中が絡んでくるみたいな話だったら分かりやすかった。
食料品
しかし現実はそうではない。
おそらく食料品
(ま、仕事は仕事だ。しっかり
かくして。
全くワクワクしない麻雀大会の予定が入ったわけである。
リンシヤとピープスと違い、俺やアヤには最初から優勝はないと思っていい。
別に取りたければ優勝を取ってもいいのだが、裏でこんな利権麻雀に噛んでいる身なので、わざわざ目立ちたいとは思わない。
名誉はない、あるのは報酬のみ。
(うーん、因果なものだよなあ)
聞いているだけで疲れる話だった。アヤの隣で俺も煙草を一服ふかすことにした。
何というか、俺は純粋に、無邪気に麻雀に打ち込みたいのだが――。
何も考えずにただ勝ち上がればいいだけのリンシヤとピープスが羨ましい、と俺は思った。
◇◇◇
■何切る問題1:
九九56678①③③④⑤⑤⑥
→打③筒。
①③④⑤⑤⑥の部分が、よく見る
■何切る問題2:
56678①③③④⑤⑤⑥發發
→打①筒。
今度は頭が發なのでポンが効くのと、發・③筒の
―――――
※薬種商について
参考[1]:https://www.ipss.go.jp/syoushika/bunken/data/pdf/sh200207.pdf
実際の中世ヨーロッパを参考に、『なんか利権をめぐったずぶずぶがありそうだなあ……』という題材を選びました。今回は街の薬屋さん、こと薬種商に関する利権にしました。
最近のMリーグなどを見ると、麻雀はクリーンな頭脳競技として定着してきたと思います。その一方で、こういうダーティなマネーゲームに脇役として出てくる、ピカレスクロマン的な匂いも感じます。
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