第7話 先手と後手、安牌と余剰牌(前編)

 俺とアヤ、そしてリンシヤとピープスを含めた四人麻雀は、中々酷い結果になった。


「なあロナルドはん。あんたらの弟子、ホンマにちゃんと麻雀勉強しとるんかいな」


 ジンクス少女アヤは、半ば呆れたようにこぼした。

 愚問である。ちゃんと勉強しているのは間違いない。何となれば、この世界でも類を見ないほど打ち込んでいると言えよう。

 それでも結果はすぐ出るものではない。打てるやつと卓を囲んだら、多少の上振れ下振れは出るもののきっちりと結果が出てしまうわけで。


「ピープスはん、それロンやで」


 あっさりと牌を倒したアヤの手は、隠れ役牌暗刻の役1ドラ2。5200点の手だった。

 34556二三四八八發發發 ロン4


 黙っていても大した変化がないので、もうリーチを打ったほうがいいように見えるが、この世界の麻雀の常識で言えば『黙聴で出上がり5200点のところをわざわざ供託1000点支払って他家から警戒を買う理由がない』として黙聴多数派になりそうな牌姿でもある。

 俺ならばリーチを打ちそうだ。


「なっ……」

「オカルトジンクス No.50『目のない時にこそしっかり打て!』やで。そのヤケクソ国士、ちゃんと序盤で10種類あったんやろな?」


 こう見えてアヤは押し引きに厳しい。凡百の適当なオカルト雀士ではないのだ。

 今回はたまたまピープスが振込に回ったが、リンシヤの方も「あんた、6巡目超えて0面子やのにそれはぶくぶくにし過ぎやで」と注意を受けていた。


「押し引きの判断が甘いなあ……高打点ルートだけ残してスリムに構える練習しといたほうがええんちゃう?」


 ジンクス使いのアヤ曰く。


「なあ聞いてや。リンシヤはんもピープスはんも、例えばこんな配牌もらったらいいと思う? 悪いと思う?」


 牌姿:

 23367二四五八③④⑦⑧


「……いいと思いますわ」

「……いいと思うぜ、両面五つで頭候補あってターツ足りてるから、好形聴牌ほぼ確定だ」


 ちなみに俺もいいと思う。

 タンピンを見据えてリーチにも行けるし、いざとなれば鳴きも出来るので、打点も望めて柔軟な牌姿だ。


「せやろせやろ、でも二人ともこれが7巡目も似たような形やったらどないや? 二人共を見てると、最初がなまじ素敵な形やからって、7巡目でも相変わらず強気に行ってるように見えるんやけど」

「……違うのか?」

「……7巡目はまだ真ん中より前ではなくて?」


 なるほど。いい指摘だと思う。

 ピープスとリンシヤは、7巡目をまだ前半・・だと思いこんでいるらしい。というよりこの世界の大半の人がそう思っているかもしれない。

 この辺の基準は俺も追々教えようと思っていたが、ちょうどいい機会なので説明しておくのがいいだろう。

 アヤの講義に相乗りする形で、俺も補足を入れた。


「それは違うぞ。四人麻雀の平均和了巡目は12巡目ぐらいだから、7巡目はもう後半だと思ったほうがいい」

「えっ」


 リンシヤは虚を突かれたような声を出していた。

 初心者と上級者との大きな違い、それは感覚の差。こういう状況判断一つをとっても、感覚がずれていることがある。


「まだまだこれからだと思ってましたわ……」

「言っておくが7巡目に入ったら、95%の確率で、最低でも誰か一人は聴牌か一向聴になってるぞ。平均リーチ巡目は9〜10巡目だ」


 よく7巡目からは安牌を持ちましょう、という麻雀指南を見かけることがある。その理由は先程述べた通り、7巡目以降の危険性である。

 無論この世界では、そんな基準さえ公に認知されていないのだが――。


「元々麻雀ってのは四人でやってるんだから、流局率も含めたら和了率が25%以下になるのが当然なんだ。4回に1回しか和了が出来ないんだ。だから守りを覚えるのが大事になる」


 それが押し引き。

 押せる手のときは押して、引く手のときは引く。

 どの巡目から手をスリムにするか考える。

 それこそが麻雀の根底にあるものだ。


「押し引きが重要……前回も仰ってましたわね」

「そうだ。麻雀は押し引きが重要なんだ。何度も繰り返すがシャンテン押しの中に麻雀の極意があるんだ」


 翻って。

 先程の牌姿である。


 牌姿:

 23367二二四五③④⑦⑧


「さっきの牌姿から少し進めたで。これで7巡目、どないや?」

「……そんなに悪くねえように見えるが」

「……。嵌張も辺張もない、良形ターツの手に見えますわ。でも先程の話を総合すると……」


 そう、この手で七巡目を迎えたらもう危険なのだ。

 ターツオーバーでゼロ面子の三向聴。有効牌を立て続けに三つ引かないと聴牌出来ない。残り巡目は9巡ぐらい。三回に一回は有効牌じゃないと間に合わない。


「安牌を抱えたら、もちろんそれだけ和了にくくなる。だが既に後手に回ってるようなこの状態で、相手からリーチが飛んできて太刀打ちできるのかと言ったら、きっと厳しいだろう」


 補足すると、聴牌から近くても遠くても、安牌を抱えるのはそう悪い話ではない。

 後手に回っている感じがあれば、スリムな牌姿にして安牌を持てば、相手からリーチが飛んできても牌姿をそれほど崩さなくて済む。

 大して早くもないのにぶくぶくに構えると、相手のリーチには手を崩さざるを得なくなる。もしくは遅い手でリーチ相手に無駄勝負する羽目になる。


 手が遅いなら、後手を踏むことを受け入れて、変な余剰牌を持たずに構える。

 それだけで無駄押しも無駄オリも少なくなるのだ。


「質問ですわ。その先手、後手を判断するにはどうすればよろしくて? 何か推理する手掛かりがございますの?」

「いい質問だ」


 相手の速さを読むコツ。

 これは押し引きに関わってくる重要なポイントである。

 早速俺は、具体的に河を作って説明を始めた――。

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