第6話 賑やかな朝とほのぼの日常回

「 ウ チ が 来 た っ た で ー っ !!」


 朝っぱらからニワトリよりも響くクソデカ大声。

 最悪の目覚めを届けてきた女は、あろうことか部屋の扉まで勝手に開けてきた。この世界の防犯意識はかなり低い。だが俺も正直油断していたところがある。

 宿屋の扉って、外から案外簡単に開くんだな……と学んだのはこの時が初めてであった。


「よーう、ロナルドはん! あんた、ウチが来たからにはゆっくりできると思ったらアカンで! な、な、早速ウチと麻雀一緒に……」


 やかましい声が急に止まった。

 時間が凍ったみたいであった。のそりと身を起こして、ぼんやりする頭でしばし考える。

 見れば隣で寝てるリンシヤも、何だかとろんと眠そうな感じで、今の状況が分かってない様子であった。


 遅れて気付く。そういえばこの状況ってどうなのだろう。

 年若い少女と一つ屋根の下で一緒に寝てるのって、結構まずいのでは。


「――――――」


 金魚のように口をぱくぱくさせた少女が、そのまま次の言葉を探そうとして、ずっと固まっていた。

 俺も、何て言えばいいだろう、と次の言葉がとっさに出てこない。弟子です、と説明するのが一番だろうか。でも弟子を取ってることを言ってなかったしなあ、とどうでもいい方向に思考が発散する。


「……あら、お客様ですの?」

「……勝負やで、お嬢さん」

「?」


 急に何かが始まりそうになってる。

 何だこれ。






 ◇◇◇






 ジンクスのアヤ。

 経験知の魔術師オカルト使い


 "么九ヤオチュウロリババア"とか、

 "クソ鳴きメスガキ"とか、

 "裸単騎サムライガール"とか、

 "デッッッかい食いしん坊"とか、

 "客風オタかぜオタク"とか、

 "親の七光りチートイ王子"とか、

 "振聴フリテンツンデレ姫"とか、

 "ゼンツッパギャル"とか、

 "闇聴ヤミテンヤンデレ"とか、

 "三味線ヤニカス"とか、


 そんな人間辞めてる個性的な連中ばかりいる『十三不塔シーサンプータ』の連中だが、その中でも《ジンクス》のアヤは、まだまともな部類に入る。多分。あまり自信はない。


 彼女の渾名は“オカルト方言っ娘”。

 古文書マニアであり、異界の魔術書をたくさん所持しているという彼女は、そこから学んだ独特な麻雀を打つ。


 彼女は加護持ちであり、『ジンクスを守る限り裏目を引きにくくなる』という効果を持っているらしい。詳細は知らないが、便利なような不便なような、判別のつきにくい能力である。


「ロナルドはん、あんたきっと地獄に落ちるで」

「なんでだよ」


 登場早々、ジンクス少女は卓の上にありとあらゆる挑戦状を叩きつけるなりぶーたれてしまった。へそを曲げられても困る。

 しかも「トップ総取りやで」とか意味不明なことを言いながら早速麻雀をしようとしてる。ここは俺の部屋なのに自由気ままである。自分の欲望に素直というべきか。


 じゃらじゃらと混ぜられる牌の音。


「トップ総取りだァ……?」

「せやで、ピープスはん。ここにあるカモどもから叩きつけられた美味しい美味しい挑戦状、これをかけて勝負やで」


 遅れてやってきたピープス(※俺が呼びつけた)が、ジンクス少女の言葉に反応した。麻雀を止めるつもりはないらしい。何だかんだで彼も麻雀好きである。


 それにしてもカモどもって。

 言い方があまりにも直球過ぎて流石に俺は口を挟んだ。


「言っておくが、こういう挑戦状はそんな甘いものじゃないぞ。そりゃあ確かに金持ちの道楽も一部混ざっているが、とんでもない能力を持ってるやつが道場破りのような感覚で挑んできたり、裏に組織を味方につけてる筋モノとかが挑んできたりすることもあるんだ」

「なはは! そういうのがカモなんや!」


 けらっけらと明るく笑うアヤとは裏腹に、ピープスは眉をひそめていた。

 素直なリンシヤは「そうなんですの?」ときょとんとして真面目に俺に尋ねてきたので、全然違うよと訂正しておいた。教育に悪い。

 何でそんな連中が簡単に勝てるカモだと思うのだろう。


「リンシヤはんにピープスはん、あんたら、ロナルドはんがえげつない男やってこと知らへんやろ?」

「おいアヤ」

「ロナルドはんな、相手が悪党であれば悪党であるほどアホほど強いんやで。遠慮なく叩き潰せるカスであればカスであるほど容赦ないんや。鬼やで」


 快活そうに笑うアヤと裏腹に、一度痛い目を見たピープスは押し黙った。

 リンシヤ嬢はくすくす笑ってた。可愛い。


「……昔の話だ。今は全然違うよ」

「せやな、昔話やな! 今の最強はこのウチや!」


 相変わらずジンクス少女は減らず口を叩いている。

 いい加減そろそろ、この女に『分からせる』必要があるかもしれない。

 俺も洗牌に遠慮なく参加する。お遊びの麻雀なら、ちょっといたずら・・・・してやってもいいかもしれない。


「お勉強させていただきますわ」


 リンシヤもひょっこりと洗牌に入った。これでちゃんと四人である。


 そういえばリンシヤは、ここのところよく笑うようになった気がする。

 実家から追放されたときはちょっと気の毒な有り様だったのに、最近は明るい表情も増えてきた。

 希望が見えてきたからであろうか。あるいは自分が少しずつ成長しているような実感があるからだろうか。いずれにせよ彼女が前向きになったのは喜ばしいことである。






 ◇◇◇





 ■今日の何切る その1:

 牌姿:1345667四五六⑦⑦⑧

 ツモ:3索

 ドラ:八萬


 →打⑦筒。

 理牌すると下記のとおり。

 13345667四五六⑦⑦⑧

 打1索とすると完全一向聴だが、実は正解は打⑦筒。

 3索⑦筒ツモの縦受け聴牌4枚を捨てる代わりに、2索受け4枚を残すと、平和ピンフがつく。


 13345667の部分が、両面嵌張の亜種、あるいはウイング形の亜種のようになっている。

 ツモ2索で

 123345667……打7索で2面子1雀頭になる。

 ツモ58索で

 133455667 or 133456678……打1索で2面子1雀頭になる。

 ツモ⑥⑨筒も同様に58索待ちになる。




 ■今日の何切る その2:

 牌姿:四五六345677②④⑥⑥

 ツモ:4索

 ドラ:七萬


 →打⑥筒。

 理牌すると下記のとおり。

 四五六3445677②④⑥⑥

 聴牌までに最も広いのは打4索や打7索だが、456三色が2面子できており三色寄せが期待値高くなる。

 良形聴牌率が高く平和ピンフがつきやすい②④⑥の両嵌固定となる。

(※打②筒の④⑥⑥の形にする打ち方は、77と⑥⑥の対子を両面変化させる打ち筋になるので、三色が崩れやすくなる)


 ※筆者コメント:

 三色がない形(七八九2334566④⑥⑧⑧)で何切るシミュレータを使って比較すると、

 七八九2334566④⑥⑧⑧:打6索や打3索

 七八九2334566④④⑥⑧:打⑧筒や打④筒(打6索や打3索と微差)

 なので、聴牌速度を追う打3索・打6索がより有力に近づく。でも好形聴牌MAX手順ではないので、感覚的には馴染まない。

 NAGA等はどう判断するのだろう?

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