第5話 一向聴のターツ選択は、多少の変化より最終形重視

 それはある日のことだった。

 いつものように何切るの練習をしていると、ピープスが俺に突っかかってきたのだ。






 牌姿その1:

 ①②③⑦⑦1335六七東東東


「なんで1335から5を切るんだよ! 両面変化があるのは5だろ?」

「一向聴だろ? 聴牌から遠いなら変化を強く見て1切りだが、聴牌に近いときは最終形の意識が強くなる。例えば平和が付くときはリャンカン固定の3切り、断么九が付くときは1切り、どちらも付かないときは双ポンや引っ掛けを強く見て5切りが優位だ」


 説明を聞いてもピープスは全く納得のいかない様子であった。


「……双ポンの相方も両面変化があるし、リャンカンの中張牌も両面変化があるし、変化最大の打1索じゃねえのかよ」

「打5としても双ポンの相方(⑦⑦)の両面変化は残っているさ。1335のどれかを切るということは、ツモ2、ツモ4、ツモ双ポン3⑦の、シャンテンが進む受け入れ3つのうちいずれかを捨てるんだろ? その3つを同価値と見るなら、2索・3索を釣り出しやすく和了率を高くする打5索が有利なんだ。ツモ6の両面変化一つを捨てるに値するぐらい、和了率に差がある」


 1335から5を切る――。

 確かに、わかりやすい好形変化(ツモ6)を一つタダで捨てるようなものだから、感覚的に受け入れにくいというのは分かる。しかしそれでも、たった一種類しかない好形変化を残すより、嵌2索の引っ掛けや双碰シャンポン釣り出しを睨んだこちらのほうが和了率が高く期待値が上なのだ。






 牌姿その2:

 123③④⑤⑦⑧六六八八九九


「じゃあこの牌姿ぱいしも……」

「打六萬だな。六萬を対子で残せば、ツモ五萬で完全一向聴になる……という理由で八萬九萬に手をかけたくなる形だが、双ポンになったとき強いのは八萬と九萬だ」


 俺の解説を聞いて、ピープスはいよいよ顔をしかめた。


「俺が学んだ麻雀とは全然違ぇぞ……慣れねえ……」


 だろうな、と俺は思った。

 牌効率MAXに打つなら、それぞれ打1索と打九萬(※裏ドラ期待値と遠くの断么九タンヤオ振り替えで微差で打九萬>打八萬)になる。


 しかしそれでも。

 5索や六萬で他家にロンされる危険性や、相手に先制リーチを取られたときの5索と六萬の通しにくさ(あるいは手を崩す機会損失)、そして残った待ちの和了あがり率。

 それらを加味すると、打5索や打六萬が局収支で勝るのだ。


(まあ、麻雀の統計を取ってるやつなんてこの世界にはいないだろうし、ましてやこういう打牌別の局収支を計算してるやつなんて存在するはずがない)


 俺が説明を尽くしても、ピープスは全然納得がいかないようであった。

 彼は彼なりの打ち方というか、スタイルがあるのだろう。「俺にはちょっと出来ねえ打ち方だな……」と顔をしかめている。


 逆にリンシヤは素直なもので、俺の説明を熱心に聞き入っていた。






「なるほど……。一向聴なら多少の変化よりも和了形の上がりやすさ、ですのね」


 ならば、とリンシヤが作った牌姿も面白かった。


 牌姿その3:

 一二六八⑤⑥⑨⑨234999


「これは打一萬二萬の辺張ペンチャン払いではなく……?」

「正解だ、打八萬だ」

「馬鹿、これは辺張払いだろうが」


 これも俺とピープスで意見が割れる。


「六萬の両面変化があるだろうが」

「打八萬も瞬間的には六萬の両面変化がある。次に中張牌をツモってくればそちらに入れ替えて、そっちの両面変化も見れるしな」

辺張ペンチャン払いきって六八萬と何かの中張牌の2つ両面変化の同時並行だろうがよ」

「その何かの中張牌ちゅうちゃんぱいってなんだ? だから辺張残してその『何かの中張牌』を残してもいいんだって」


 これも1335の例と同じである。

 両面変化一種のみのロス(ツモ五萬)なので和了あがり率の高い待ち優位(※筋引っ掛け)となるケースだ。

 もし仮に7索ツモったとして


 一二六⑤⑥⑨⑨234999

 一六八⑤⑥⑨⑨234999

 ↓

 一二⑤⑥⑨⑨2347999

 六八⑤⑥⑨⑨2347999


 みたいになっても、一二萬残しの俺と六八萬残しのピープスどちらでも、ツモ6索、ツモ8索の好形変化の恩恵に授かることができる。


 やはりピープスと俺の差は、ツモ五萬のみなのだ。

 それよりも、先に④⑦筒ツモったときの待ちの強さが圧倒的に違う。


「言っておくが、辺張ペンチャンには最終形がないんだぞ? 愚形固定してどうするんだよ」

「その手はほとんどの確率で、筋引っ掛けが最終形なんだよ。変化する五萬引くより先に④⑦筒引く確率が高いからな」


 噛み合わない。

 無論、ピープスの意見もわかる。

 ターツの強弱で比較すれば一二萬よりも六八萬のほうが両面変化があるので強い。それが引っかかってこの回答に辿り着かないのだろう。

 実は俺も長年この罠に引っかかったままであった。


「駄目だ、掘り下げても分からねえ……」

「だろうな。『一向聴のターツ選択は多少の変化より最終形重視』……と、言葉にすればそのとおりなんだが、実際に牌姿を見ると抵抗がある人が多いだろう」


 全ては和了率の差によるものである。1種類多い良形変化を残すか、その1種類を捨てて和了しやすい受けを残すか――麻雀は和了あがりの価値が大きいゲームなので、期待値の計算がどうしてもこうなる。






 ■立直の待ち牌 和了あがり率データ(残り枚数別)

 ※「まほ公のミクシィ日記」より東風荘超ラン卓 6巡目~10巡目 データ


 ■待ち種類  4枚  3枚  2枚  1枚

 無筋19 : ――  50.1  41.6  26.3 

 無筋28 : 42.0  38.2  31.7  19.2

 無筋37 : 36.8  32.0  25.5  14.8

 無筋456: 31.0  26.7  20.3  11.8

 片筋456: 35.4  30.9  24.7  12.9

 筋19  : ――  67.9  60.0  36.1 

 筋28  : 56.5  51.2  42.7  24.9

 筋37  : 48.9  43.5  33.1  17.2

 両筋456: 50.0  45.4  35.5  16.5


 ※字牌待ちは筋28よりあがりやすく筋19よりあがりにくい程度






 これを見ると、56索への両面リャンメン変化とか、五六萬の両面リャンメン変化が、筋引っかけ等の和了あがりしやすい待ちと比べてどの程度優位なのか断言できないだろう。


 例えば。

 筋37待ち(残り3枚)なら、43.5%の和了あがり率。


 これは、両面リャンメン待ち(※両面リャンメンリーチは平均5枚待ち)の和了率と比べると、『この比較的良い愚形を捨ててまで、手代わりをMAXにする』ほどの優位性がないのである。


 ■両面リャンメン待ちの和了率(※残り待ちが 外側2枚、内側3枚)

 - 無筋37×無筋456: 45.4%

 - 無筋28×無筋456: 49.9%

 - 無筋19×無筋456: 57.2%


 ※筆者解説:

 愚形が残り3枚、両面リャンメンが残り5枚(外側の牌が多めに捨てられている)という設定なのは、筆者の好みです。

 - 愚形立直の平均待ち枚数 2.8枚

 - 両面リャンメン立直の平均待ち枚数 5枚

 ……というデータを見かけたことがあるので、多くのケースに当てはまるように数字を置いています。






 牌姿その1:

 ①②③⑦⑦1335六七東東東

 牌姿その2:

 123③④⑤⑦⑧六六八八九九

 牌姿その3:

 一二六八⑤⑥⑨⑨234999


 牌姿ぱいしその1の打5索。

 牌姿ぱいしその2の打六萬。

 牌姿ぱいしその3の打八萬(次は打六萬)。


 いずれにも共通するのは、『1種類の両面リャンメン変化 vs 残る愚形が和了率高い(切る牌が将来の危険牌)』という点。


「愚形を嫌う気持ちは分かるんだが――」


 と俺は前置いた。

 これは、少しずつ麻雀を覚え始めたリンシヤや、ある程度慣れてきたピープスにとって重要なことである。


「データを見ないで感覚だけで打っていると、案外愚形待ちの良し悪しに気付かないものなんだ。大体みんな、良形MAXを追いかける手順は得意なんだが、一向聴イーシャンテンのどの辺でMAXぶくぶくにし過ぎなのか、という点についてはあまり意識してないことが多い」


 だから、肌感覚で「これは案外悪くないんだな」というのを覚えてもらう他ない。

 俺の説明にピープスはまるっきり当惑しているようであったが、リンシヤは「信じますわ」と返事が早い。

 ちゃんと分かっているのか不安になったが、まあ、今はそれでいい。


(まあ、こういうのを繰り返して、少しずつ目に見えづらい期待値を徐々に高めていくしかないんだよな……)


 麻雀において、一気に強くなる簡単な方法はない。

 こういう愚直な積み重ねが重要なのだ。今はその愚直な積み重ねを続ける時期である。収穫の時期はいずれ来る。

 今日も今日とて、そんな細かな麻雀講義が続くのであった。






 ――――――

 参考:

「読むだけで上級者!麻雀が強くなる即戦力講義」

「令和版 現代麻雀技術論」



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