第6話 初バトル!異能力者との闘い(後編①:透かし見のピープス)

(リンシヤには悪いことをしてしまった。狩りごろの初心者丸出しで大衆酒場に何度も何度も足を運んでいたら、いつかこういう目に遭うって分かりきってたのにな)


 洗牌シーパイに参加しながら、俺はひっそり心の中でリンシヤに詫びを入れた。


(こういうごろつき連中が、カモを狩ろうと躍起になって襲ってくる……ってことぐらい、俺にも分かっていた。分かっていたけども、俺はあえてリンシヤをにして遊ばせたんだ)


 リンシヤに経験を積ませたいという気持ちは確かである。半荘の経験を数こなすこともだが、いろんな手合いと戦って、たまにこうやって質の悪い連中にぶち当たるのも『一つの経験』として身に染みてほしいと思っていた。


 だが、その一方で俺は――リンシヤをちょっとした餌にしていた。

 すなわち。


(カモを狩ろうと舌なめずりしているあくどい連中を狩るのが、一番効率がいいのさ――!)






 ◇◇◇






 優男のような風体の男を目の当たりにして、《透かし見》ピープスが思った感想は(こいつもカモだな)というものだった。

 覇気がないというべきか。あるいは修羅場を潜り抜けてきた男特有の険しさがないというべきか。

 平穏な環境でぬくぬくと過ごしてきたようなぬるさを感じる。要するに張り詰めた空気がないのだ。


 そんな男から「よろしく頼むよ、《少し目》くん」と小馬鹿にするような言葉を耳にしたピープスは、自分でも想像していなかったほどの怒りを覚えた。


 代打ちとしてまだまだ青二才、とはいえそれでもいっぱしの雀士。

 今までこれほど侮辱されたことはない。


(絶対に狩り殺してやる。搾り取ってやる。この俺を舐めたことを後悔させてやる)






 だからこそ、ピープスは容赦なく決めに行くことにした。


「『裏ドラ確認』だ」


 東一局、ドラは④筒。

 ピープスは南家で、あの優男(ロナルドとか言う名前だった)は西家。

 上下の関係にあるということは、進行次第では牌を絞ることもできるということ。この優男相手にキー牌を鳴かせない進行ができる。

 簡単に言えば、ピープスは絞り役に徹して、残り二人が和了あがり役になれば、それで簡単にこの優男を封殺できるだろう。

 だが、これだけコケにしてきた相手なのだから、是非とも自分の手で勝ちたいという気持ちもある。《透かし見》ピープスの強さを、その身をもってみっちり味わってもらう所存である。


 供託1000点を出したピープスは、そのまま流れるような手付きで裏ドラを見た。

 裏の牌は八萬。つまり裏ドラは九萬ということになる。



 配牌時、ピープスの牌姿は、

 二四五五七①③⑥⑧345北白

 と、まずまずの形の手。

 ドラの④筒引きも積極的に狙える。裏ドラの九萬も拾いたいので七萬はしばらく引っ張る。北白の処理から手を進める。



 3巡目。

 二四五五七①③⑥⑧⑧345 ツモ⑤

 形で打二萬か、断么九の①筒。ピープスは迷わず打二萬を選んだ。裏目の三萬ツモは裏目にならない。



 4巡目。

 四五五七①③⑤⑥⑧⑧345 ツモ九

 裏ドラのツモ。五七九の両嵌が出来上がる。元より塔子ターツオーバー気味なので、ドラそばで出上がり期待しにくく打点にも寄与しないただの愚形の①③筒を払いたくなる。ドラ④筒は①③筒がなくても拾える。

 三色を少しだけ見て①筒から切る。



 7巡目。

 四五五七九③⑤⑥⑧⑧345 ツモ三

 ついに難しいツモがやってくる。

 打③筒で最も広い一向聴。しかしピープスはここからが違う。

 打五萬がピープス流なのだ。


(タンヤオ三色を見据えた打九萬は、嵌六萬の待ちになったときにクソほど弱え。

 最も広いタンピン含みの打③筒は、両嵌が先に埋まったとしてもメンタンピンかメンピンドラ1で打点3900点止まりが濃厚。両面が先に埋まったらただの愚形2600手だ。

 最弱の待ちの嵌六萬を拒否して、引っ掛けの嵌八萬を残しつつ、三色も最大に見るこの一手、裏ドラが見えるこの俺様オリジナルの天才の一手――)

 ピープスの牌姿ぱいし

 三四五七九③⑤⑥⑧⑧345



 8巡目。

 三四五七九③⑤⑥⑧⑧345 ツモ③

 これは無駄ヅモ。さっさと切って『ドラ④筒受け要らないのかな?』と思わせて④筒を出しやすくしたほうがいい。


(いや、ここは空切りしてを読ませるか……)


 空切り。手元の③筒を出して、ツモって来た牌を手牌にしまって、あたかも手が進んだように見えるフェイク。こうすると、五萬切りの嵌八萬がぼやける。普通は五七九を最後まで引っ張るはず――と読む。だからこそ嵌八萬の引っ掛けに気付かない。




 9巡目。

 三四五七九③⑤⑥⑧⑧345 ツモ3

 これも無駄ヅモ。空切りのチャンスである。

 手元の3索を出して、すでに完成しているはずの3索周りをちょっときな臭く見せる。




 10巡目。

 三四五七九③⑤⑥⑧⑧345 ツモ④


(は、そうだよ! これでこそ俺様! このツモが最強なんだよ――!)


 三色確定のドラ④筒引き。当然、打⑥筒でリーチに取る。


「リーチだ。震えろ」






 ◇◇◇






 ピープスの河:

 北白二①9南五③3⑨ リーチ⑥


(……手出し③筒のあと、手出し⑥筒切りリーチか)


 しばし逡巡する。

 ドラ表示牌の③筒を切っているのに⑥筒を最後まで引っ張っているなら、⑥筒は確実に関連牌であろう。問題は③筒も手出しだったというところ。


 手出しの二萬→五萬が曲者で、二萬→①筒→五萬→③筒→3索→⑥筒の手出しなので、①筒と③筒が変である(①筒が二萬より後になったのはなぜか? ③筒を残したのはなぜか?)。

 よくあるパターンで言えば、①③③⑥⑥⑦みたいな③⑥筒を縦受けフォロー牌にした牌姿ぱいしで、ドラ④筒引いたから①筒子切った、みたいな感じに見える。


(パターンがいっぱいあるから断定はできないが、①③筒落としの間に他の牌が挟まっているのは、③筒周りに何か塔子ターツがあったから)


 理牌リーパイ読みをすると、確かに③筒が出てきた場所と⑥筒が出てきた場所の間にちょっと牌があるように見えたから、ドラ④筒かドラ受けぐらいは持ってそうである。


 ※理牌リーパイ読み:相手が手牌を綺麗に並べていると仮定して読む技術。手出しした場所から(あの辺は萬子ゾーンで、あの辺は筒子ゾーンだから……)と読む。滅茶苦茶疲れるし理牌リーパイを崩されると何が何だか分からなくなる。


 見たところピープスは、萬子→筒子→索子で揃えてるように見える。

 萬子も、二萬と五萬の出てきた場所と筒子の①筒が出てきた場所が離れていたから、1面子は持ってそう。索子の3索が出てきた場所が結構端なので、筒子で2面子ぐらいはありそうである。


(きちんと理牌リーパイしてるなら、索子の8とかは通しやすそうだな)


 萬子の下、筒子の下、索子の上、あたりは攻めやすい。だがタンピンドラ1っぽい相手にそこまで突っ張っても損であろう。

 読みはあくまで推理であって、絶対ではないのだ。


(なんか、二萬切って五萬切ったあとそこに牌が入ってるから、萬子は二四五五を二五切って、三萬引いたっぽく見えるんだけどな。三四五っぽい)


(索子も3索は面子に関連してるんだよな、あんなに引っ張ってたし。3索切ったとき同じ場所にしまってたから、334→234とか、345→456のスライドとか、345からの3索の空切りとかか?)


(流石に345の三色警戒しておくか? ③筒→⑥筒の手出しが③④⑤絡みなら、例えば③③⑤⑥から③筒→⑥筒打ちそうだし)


(萬子は五萬が早かったな……。四七萬待ちより六九萬待ちのほうがありそうだな。萬子の五萬~筒子の①筒の間に何か牌があったから、二四五五七八とかありそう)


(筒子は分からん。パターンが多いけど、打点が高い三色のパターンを警戒するならドラそばは切りたくない。③筒→⑥筒の手出しが普通に三色関係なく手なりのメンタンピンドラ1進行の可能性もあるしな。⑤⑧筒と④⑦筒は触りたくないな)


(索子は端から三番目が手出し3索の場所だったから、ほぼ234、345、456、444だと思うけどな)


(リーチ宣言して、最終の牌の入り目はどこだった? 確か筒子エリアだったと思うが……)


(わざわざ供託1000点出して裏ドラ確認してるから、多分良形の速い手なんだよな。だいぶ六九萬打ちづらい。多分ド本命。勝負するとして切れるのは索子ぐらいか? 最後の入り目が筒子っぽいからって筒子勝負するのはやりすぎか?)


 しばらく逡巡する。

 確かあいつは「リーチだ、震えろ」とか言ってた。これがもし2000点程度のクソ手だったらそんな格好つけたセリフを吐くとは思えない。多分満貫ぐらいはあるはずなのだ。

 リーチ断么九タンヤオドラ1赤1、等色々考えられる。

 三色目は結構ありそうで、全然侮れない。


(……うーん、素直に震えとくか)


 あれこれ読んだが、これで意味不明な両面リャンメン待ちや、よく分からない愚形待ちだったら目も当てられない。理牌リーパイしてるかどうかは分からないし、牌効率通り捨てているとも限らない。

 考慮すべきなのは『打点高い確率はそれなりにありそう』ということ。


 自分の牌姿ぱいし二向聴リャンシャンテン

 二向聴リャンシャンテンはほぼオリ。ベタオリ手順で丁寧に降りていく。


(まずは相手の手作りのレベルを見るか……)






 ◇◇◇






「ちっ、直取りしたかったが仕方がねえ。ロンだ。リーチ、三色同順さんしょくどうじゅん、ドラ1、裏1で満貫だ」


 14巡目。

 脇のやつが筋を追って八萬を出して放銃となる。満貫の横移動。ピープスが一歩走った形になった。


(うーん? それはどうなんだ? 俺はベタオリ気配濃厚なんだから、もう少しツモ番回して跳満ツモに賭けて様子見してもいいと思うが……)


 8000点の移動を横目で眺めながら、俺は何だか勿体ないものを見た気持ちになった。

 通しローズをしているのなら、八萬を好きなタイミングで確実に出してもらえるのだから、ここはもう少しツモ抽選、あるいは俺の放銃抽選を狙うチャンスだったと思うが。


 それともこの三人は、そこまでしっかりと通しが出来てないのだろうか。符牒合わせができてなかったり、あるいは本当にフェアにヒラで打ってるのかもしれない。


(……いや、あんまり露骨にやると通しを疑われるから、ほどほどにやってるのかもしれないな)


 確かに露骨に最終巡目まで伸ばしてロン、というのも変に目立つ話である。


 自信満々そうに見えたピープスのリーチ。

 こうして冷静にみるとただの引っかけリーチなのだが、確かにまあまあいい手だとは思う。多少手順に違和感があるものの、まあ俺の読みはそんなに間違っていなかったこともこれで証明された。


 モブ① :17000

 ピープス:33000

 ロナルド:25000

 モブ② :25000


(……底が割れたな。まあ、多少打てる程度の奴だってことが分かった。次からは遠慮なく食う・・か)


 悦に浸っているピープスを横目で眺めながら、俺は腹の内で暗い計算を立てていた。






 ――――――

 ※作者コメント:

 7巡目

 四五五七九③⑤⑥⑧⑧345 ツモ三


 ピープスは五萬を切りましたが、筆者は意見が異なります。

 六萬受けを消して⑦筒受けを残しても、愚形2600ルートが増えただけで、果たしてそれに満貫確定ルートの受け入れを狭めるだけの価値があるのか? と思います。

 満貫確定の高打点ルート(リーチ三色ドラ1+α)を最大化するため、両嵌を狭める打五萬よりも、両嵌を残す打⑥筒のほうが上でしょう。

 何となれば、どのみちドラ④筒引く前提の計算なら打③筒でも良くて、リーチタンヤオピンフドラ1 もしくは リーチピンフドラ1裏1の高打点の目を残せます。


 ■受け入れと打点:

 打五萬

 - 八萬(愚形8000)

 - ④筒(引っ掛け8000)

 - ⑦筒(引っ掛け2600)

 打九萬

 - 六萬(愚形8000)

 - ④筒(愚形8000)

 - ⑦筒(愚形2600)

 打③筒

 - 六萬(両面3900〜7700)

 - 八萬(両面3900〜7700)

 - ④筒(引っ掛け5200)

 - ⑦筒(引っ掛け2600)

 打⑥筒

 - 六萬(愚形8000)

 - 八萬(愚形8000)

 - ④筒(愚形8000)



 何切るシミュレーターで同様の牌姿ぱいし(&ピープスの能力を再現するため、表ドラ④筒九萬、裏ドラなし)で計算したところ、打③筒が最有力でした。

 https://pystyle.info/apps/mahjong-nanikiru-simulator/


 ## 場況

 東一局0本場 東家 7巡目 ドラ: 九萬,四筒

 345579m35688p345s 1向聴 (一般手: 1向聴 七対子: 4向聴 国士無双: 12向聴)


 ## 計算結果

 打: 三筒, 受入枚数: 4種15枚, 有効牌: 68m47p

 期待値: 2613点, 和了確率: 23.27%, 聴牌確率: 80.81%


 打: 六筒, 受入枚数: 3種11枚, 有効牌: 68m4p

 期待値: 2509点, 和了確率: 14.09%, 聴牌確率: 69.81%


 打: 九萬, 受入枚数: 3種12枚, 有効牌: 6m47p

 期待値: 2497点, 和了確率: 19.44%, 聴牌確率: 73.50%


 打: 五萬, 受入枚数: 3種11枚, 有効牌: 8m47p

 期待値: 2124点, 和了確率: 16.30%, 聴牌確率: 69.87%







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