第4話 初バトル!異能力者との闘い(前編)

 あくる日の夕方ごろ。

 リンシヤ嬢を伴っていつものように大衆酒場の雀卓に向かう。

 今日も今日とて特打練習。初心者であるリンシヤは、まず半荘の数をこなしてどんどん麻雀に慣れていく必要がある。

 強くなるにも順番があるというわけだ。そしてリンシヤには圧倒的に経験が足りていなかった。だからとにかく今は、試合をこなすことが肝要であった。






(……ん?)


 いつも通りに麻雀をしてもらいながら。

 俺が違和感を覚えたのは半荘二回目ぐらいからであった。

 一回目の半荘でリンシヤがラスを引いた。これ自体は別に仕方がないことなのだが、その過程が少々妙だった。


(リンシヤの上家、少々絞りすぎだな……。それにリンシヤが親の時だけ全員鳴いてさっさと流そうとするし、ちょっとリンシヤにからいな)


 二半荘目。今度はリンシヤがトップ争いの二着目にいた。


 25000点持ちの30000点返し、ウマが10-30ワンスリーでオカが2万点、つまりトップ取りが大きい(1位:+45 2位:+5 3位:△15 4位:△35)ルールでやっているので、先ほどのマイナスを帳消しにするチャンス。

 だが、結果は二着のまま。

 三着目が三着よしの確定和了あがりをしたのだ。

 これは非常に不自然な動きである。何せこのルールでは、三着確定の和了あがりは何も嬉しくないのだから。


(……ははあ、なるほど。こいつらもしかして、初心者っぽいリンシヤをカモにしようとしているのか)


 少々不穏なものを感じた俺は、「二半荘目も終わったし、そろそろ代わろうか」とリンシヤにこっそりと耳打ちした。

 だが――。


「ちょっと待ちなよ、お兄さん。この子との勝負はまだ終わっちゃいないんだよ」

「? さっき半荘終わったばかりだろう?」

「ラス半コールもなしに勝手に抜けようってのか? さっき二着目を取ったからと言っていい思いをしたまま終わっていいのか?」


 何を勝手なことを言ってるんだ、と俺は眉をしかめた。

 ラス半コールとは、「これで最後の半荘にします」という宣言である。確かに先ほどの試合中リンシヤは最後の半荘のコールをしていなかった。


 だが、これはもうあやを付けにいってるようなもので、ただの言いがかりに他ならない。初心者がラス半コールを忘れたからと言って、もう一半荘を強要するほうがよっぽどのマナー違反である。

 そもそも――。


(トップが見えてたのに二着目にさせられた・・・・・んだよ、お前らのせいで。なのに『二着目は勝手に抜けるな』なんて、勝手すぎる言い分だ)


 釈然としない。

 だがリンシヤは「……ではもう一回やりますわ」と、渋々それに応じるようなそぶりを見せた。人が良すぎる。こんな奴らの言い分なんて聞かなくてもいいのに。


 辞めておけ、と俺が口を挟む間もなく「じゃあ今度はレートが点5だな」と勝手に話が進む。

 流石に仲裁にはいるべきだろうか、と少しだけ逡巡したが、俺は結局諦めることにした。


(……まあ、所詮は点5のレートだし、いい経験だろう。リンシヤもガラの悪い連中に慣れておく必要がある。大衆酒場は客層も様々だからな……)


 後々リンシヤにはこういう経験も必要になってくるだろう、と俺は考えを改めた。






「先に言っておくが」


 三半荘目の開始早々、ガラの悪い男が、理牌をしながら釘をさすように口を開いた。


「点5ってのは、1000点あたり銀貨・・5枚ってことだぜ」

「えっ!」


 リンシヤは驚いて俺の方を見ていた。俺はより一層眉をしかめた。

 もちろん、これもまたいい経験である。

 予想より悪かったが、まあ、ありえなくはないと思っていた。


(……まあ、これもまたいい経験だ。ガラの悪い連中ってのはどこにでもいるからな)


 1000点あたり銅貨5枚ではなく、1000点あたり銀貨5枚。

 銅貨数枚でパンが買えて、銀貨数枚で一泊できると考えたら、相当大きなレートの麻雀だが――まあ、この程度なら仕方ない。

 他人を簡単に信じてあっさり承諾すると、こういう痛い目を見るといういい例だ。高レートの麻雀にあっさり誘い込まれたリンシヤには、後でお説教をしないといけない。


(今日はリンシヤの人生勉強の日だな……)


 どうせ後で俺が取り返す・・・・・・からいいのだが――。






 ◇◇◇






 この世界では、一度成立した半荘勝負は、同卓者の合意がない限り破棄されない決まりになっている。

 精霊たちがそのように契約で縛るのだ。


 そして、これを悪用して初心者を嵌める有名な方法がある。

 すなわち、一旦勝負を成立させておいて、想定以上のレートで吹っ掛けるというもの。

 もちろん契約内容に同意がない場合は破棄できるのだが、そこは言葉の綾を上手く突くというもので、今回のように『点5で同意 ※点5の解釈は不一致』という場合は、一旦同意してしまった手前、少々怪しくなってくる。

 確か法的手続きを取れば破棄できるはずだが――。


(まあ、そんな手間もお金もかかる面倒なことをする奴なんてそうそういないわけで。これで美味しいカモの出来上がりだな)


 リンシヤには申し訳ないが、彼女には一旦カモになってもらう・・・・・・必要があった。

 その経験から学んで強くなってほしいと俺は思っている。


 もう少し言えば、俺の予想では、さらにリンシヤを嵌めるための手が打たれていると思われた。

 俺の見立てによると、あの同卓者たちはおそらく――。




「――能力発動、『裏ドラ確認』」

(……やはり能力者か)




 初心者を嵌めるもう一つの有名な方法。

 それは、『一旦無能力者を装って平和な試合を行い、レートを高めてから能力で狩り殺す』というものだった。

 まさにリンシヤは今、この典型的なパターンで嵌められていた。




「俺の能力『裏ドラ確認』は、配牌直後、供託を支払うことで裏ドラを事前に確認することができる能力……!」


 ガラの悪い男は、目の前に供託の1000点棒を1本おいた。きっとあの供託が能力の発動コストなのだろう。

 供託1000点に見合う効果なのかどうかはさておき、裏ドラを事前に知れるというのは少々面白い効果である。リーチ手順の手作りの運要素を大幅に削れるのは大きい。

 特にリーチ手順で進めたい手牌であれば、裏ドラ情報はなおのこと気になることであろう。


「運が悪かったな、お嬢ちゃん。この辺りで《透かし見》のピープスで名の知られている打ち手と言えばこの俺のことだ。……覚えておくんだな」


 ガラの悪い男は、そんな決め台詞をドヤ顔でほざいていた。

 二つ名持ち。その名も《透かし見》のピープス――と。




 信じられないぐらいダサい。

 徒党を組んで、しょうもない屁理屈で素人を嵌めておいて『ワイは凄い打ち手なんやで(ドヤ』は群を抜いて小物であった。


 ……小物ではあったが、今のリンシヤの状況は決していいとは言えなかった。 

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