第2話 麻雀の基本中の基本、それは牌効率(良形・愚形)

『よろしければ、今の私がどの程度の実力なのかを見てくださるかしら?』


 そう言われた俺は、早速リンシヤの打ち筋を後ろで見ることにした。


 大衆酒場には雀卓がたくさんある。そこでは冒険者たち、市民たち、商人たちなどが雑多に集まって、わいわいと麻雀を行っている。賭けられるレートも大体低いことが多く、打ち手の技量もピンからキリまで。まさに大衆の遊ぶ麻雀、という様相である。


 大衆酒場の雀卓は場代も良心的である。

 諸々含めて、今のリンシヤの技量を測るにはうってつけであった。






(見たところ、麻雀の基本は知っているようだが、複合塔子ターツを見落としたり、完全イーシャンテンを理解してなかったり、良形・愚形の判断はまだまだちょっと不安が残るな……)


 平民に扮したリンシヤは、思ったよりも周囲に馴染んでいた。貴族らしくお高く留まった態度をとる素振りが出ないだろうか、と冷や冷やしていたが、全然そんな様子はなかった。

 だがそれはそれ。

 麻雀の技術に関しては、結構目に付く場面があった。


 しばらく見て気付いたが、どうやらリンシヤは、麻雀始めたての初心者そのものであった。

 例えば、


 ・和了形(14枚で4面子1雀頭 ※特殊役を除く)と何かしらの役を作る

 ・面子は三枚ペアで構成され、順子シュンツ刻子コーツの二種類がある

  順子:①②③、345、六七八、などの連続する数字の三枚ペア

  刻子:②②②、北北北、555、などの同じ数字の三枚ペア

 ・雀頭は同じ種類の牌二枚ペアで構成される

 ・面子(三枚ペア)になる一歩手前の二枚ペアを塔子ターツという

 両面塔子ターツ、嵌張塔子ターツ(※間が抜けてるターツ 24、⑤⑦など)、辺張塔子ターツ(※端っこなので両面になれないターツ 12、八九など)、対子、など

 ・複合塔子ターツも存在する


 ……という麻雀の基本的な知識はある。

 要するに、平和ピンフ断么九タンヤオ混一色ホンイツ七対子チートイツ、などの役を覚えたぐらい、のレベルであった。


 麻雀をまるきり知らないというわけではない。

 だが一人前とは言い難い。


 なので、このレベルの人にいきなり「手出しツモ切りで手を予測しよう」とか「相手の河から危険牌を読もう」なんてことを要求するのは土台無理な話である。


 つまりは基礎。

 リンシヤには、まずは麻雀における良形・愚形から覚えてもらうのがいいだろう。






「――ツモ、えっと……リーチ、ツモ、裏1で、1000-2000!」


 リンシヤがツモ上がるのを背後で見ながら、俺は何だか勿体ないものを見たような気持ちになった。


(例えば今回の手作り、ちょっと道中で勿体ないことをしているんだが、リンシヤは気づいていないみたいだな……)


 少し前にさかのぼって、彼女の牌姿ぱいしを振り返ると下記の通りだった。

 6巡目のリンシヤの牌姿:

 35678四五③⑤⑤發發南 ツモ7

 →リンシヤ:打3索


 この牌姿、理牌すると

 356778四五③⑤⑤發發南

 となる。

 ここからリンシヤは安牌の南を大事にして3索を先に払ったわけだが、もしかしたら単純に356778の両面嵌張リャンメンカンチャンに気付いていなかった可能性がある。


 両面嵌張リャンメンカンチャン

 複合塔子ターツの一種で、文字通り両面リャンメン嵌張カンチャンの合体した形である。


 356778を分解すると、

(1)357+678

(2)3+567+78

 のように分割することができる。

(1)の方は、357の部分で、4索と6索を引けば順子しゅんつが出来上がる。

(2)の方は、78の部分で、6索と9索を引けば順子しゅんつが出来上がる。


 一見不要に見える3索だが、これを一個持っておくことで通常の両面リャンメン(=69索)に+αして4索を拾うことができるため、受け入れが単純計算で1.5倍程度に増えることになる。

 両面嵌張リャンメンカンチャンは初心者が気付きにくい良形なのだ。


 結局リンシヤはこの手を

 56778三四五③④⑤發發

 でリーチをかけたのだが、道中で4索をツモっていたので、345の出来上がり三色同順さんしょくどうじゅんを上がり逃している。


(安牌を大事にして3索を先切りしたというのであればミスではない。だが、両面リャンメン嵌張カンチャンに気づいておらずにうっかり3索を切ったのならミスだな……)






 他にもまだ、リンシヤは細かなミスを犯していた。






 ◎細かなミスその1

 246③③④④⑤二四八八東白

 →リンシヤ:打6索 おすすめ:打東or打白

 これは素直に東、白のどちらかでよい。

 恐らく彼女は、234の三色同順さんしょくどうじゅんを見て、6索の方が要らないと判断したのだと思われるが、両嵌リャンカンに気付いていない可能性がある。


 246は両嵌リャンカン。通常の嵌張カンチャンの拡張型であり、3索と5索を拾える。通常の嵌張カンチャンよりも強い複合形であり、半荘の中で頻出する形なので、初心者は真っ先に覚えておいた方がいい。


 もしかしたらリンシヤは、初心者にありがちなミスで、役牌の東や白を大事にしようとした可能性もある。

 孤立役牌の白や東は、2~8の孤立数牌より手牌価値が上回ることは滅多にない。

 混一色ホンイツを目指す手や、悪すぎる手の時以外は、普通に役牌を切ったほうがいい。




 ◎細かなミスその2

 1368三四四五七八②②白發

 →リンシヤ:打四萬 おすすめ:打白or打發

 これも役牌を大事にしすぎで、白發切りが正解である。


 三四四五は中膨れ形と呼ばれる超良形で、三四、四五の両面リャンメンの合体とも見れる。

 二萬を引いても、三萬を引いても、五萬を引いても、六萬を引いても面子+両面リャンメン塔子ターツに進化する。

 特に今回のように、13、68のような愚形塔子ターツを処分したいときは、中膨れ形は一向聴イーシャンテンまで引っ張った方がいい。

 ※ちなみに、関連牌が3枚以上捨てられてしまった場合は中膨れは捨ててもいい。




 ◎細かなミスその3

 三四五②②④④⑥⑥22267

 →リンシヤ:打②筒 おすすめ:打④筒

 打④筒の方が強い。②②④④⑥⑥のような飛び対子形は真ん中を切れという格言があり、これはまさにそのパターン。

 断么九タンヤオ手なので真ん中に寄せているつもりなのだと思われるが、受け入れ枚数が違う。


 打: ④筒, 受入枚数: 6種20枚, 有効牌: ②③⑤⑥58

 牌姿:三四五②②④⑥⑥22267

 打: ②筒, 受入枚数: 5種16枚, 有効牌: ③④⑥58

 牌姿:三四五②④④⑥⑥22267


 比較をすると一目瞭然である。

 頭で考えるのが難しければ『113355、446688のような飛び対子形は真ん中を切れ』と覚えておけば問題ない。




 ◎細かなミスその4

 124679③③⑥⑥⑧三四五

 →リンシヤ:打⑥筒 おすすめ:打1索

 これは索子の一気通貫を見ているならともかく、124679のほぐし方を知らないだけなら間違いである。

 打1索、打9索の比較で、打1索の方がいい。


 差は5索、8索を引いたときに出る。

 ■5索引き

 24679:245679は、3索と8索を受けられる離れ両嵌リャンカン

 12467:124567で、124がただの辺張ペンチャン嵌張カンチャンにしかならない

 ■8索引き

 24679:246789は、246の両嵌リャンカン

 12467:124678で、124がただの辺張ペンチャン嵌張カンチャンにしかならない


 そもそも

 124679③③⑥⑥⑧三四五

 で索子の一気通貫を作ろうとしたら、三面子を索子でつくらないといけないので、⑥⑥⑧(or③③⑧)を全部捨てる必要があり、ちょっと手間がかかる。






 ――等。

 両面リャンメン嵌張カンチャン両嵌リャンカン、中膨れ、飛び対子、そして124679(134689)。

 これらの形は、1回知っておけば今後かなり牌効率が改善される。


(他にも、完全一向聴イーシャンテン、ヘッドレス形、くっつき聴牌、ウイング形……などなど、色々と覚えてほしい形はあるものの、だな)


 もちろん、ここで言う『細かなミス1~4』等は、麻雀初心者にはいきなりハードルが高いものである。

 本当に麻雀初心者で初めて間もないです、というレベルの人であれば、まずは麻雀の手役を覚えるところからで十分であろう。

(※そもそも麻雀は、手役がたくさんあって覚えるのが大変なのだ)


 楽しくわいわい遊びながら、友達と一緒に適当に打って、どんな役が作りやすいのか、どんな役が強いのか――などを肌感覚で覚えていくのが一番上達する。


 何度か打ち込んで、今よりもっと強くなりたいと思いはじめてから、ようやく、良形や愚形の勉強をするのがいいのだ。


(さて、リンシヤにはどこから教えていこうかな……)


 まずは超基本の基本、完全一向聴イーシャンテンからであろうか。

 それとも実践的な知識である、押し引きの基準からであろうか。

 目の前の手牌にあくせくとして必死に考え込んでいるリンシヤを背後で見守りながら、俺はそんなことを考えていた。




 ――この時はまだ、彼女にイカサマ技術を教えるつもりは微塵もなかった。

 そう、この時はまだ。





 ――――――

 解説:

 麻雀の基本は両面率80%以上でリーチ!

 ……ですが、そう毎回両面待ちになることはないです。

 嵌張カンチャン辺張ペンチャンという愚形をいかにフォローするかが大切になってきます。


 要は愚形部分の受けを増やして愚形解消を早めるわけですが、フォローする方法は

 ・嵌張カンチャン両嵌リャンカンに広げる(例:四六→四六八など)

 ・嵌張対子カンチャントイツ辺張対子ペンチャントイツなど縦に引いても面子になるようにする(例:③⑤→③⑤⑤、12→112、など)

 ・中膨れやノベタンを残して、そっちで両面が出来たら愚形を切り捨てる(例:3456①③→34456になったから①③捨てる)

 の3つを知っていれば、初心者は大体何とかなるでしょう。


 ここで扱っている牌姿は、更に一歩進んだものです。

 両面リャンメン嵌張カンチャン、飛び対子、そして124679(134689)あたりは、牌効率の勉強をしていたらよく見かけますが、実戦ではたまに見かける程度のものです。

 ※でもそういう、たまに見かける程度の場面の精緻な回答を追い求めるのが、麻雀の牌効率ですけどね!



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